『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』インタビュー

桑原あい、ディズニーの名曲をジャズアレンジ 仲間とともに作り上げた公式カバーアルバムを語る

 9月4日、桑原あいのピアノを中心に、ゲストミュージシャン、ボーカリストを迎え、ディズニーの名曲をジャズアレンジしたカバーアルバム『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』がリリースされた。

 『アラジン』より「ホール・ニュー・ワールド」、「フレンド・ライク・ミー」をはじめ、『美女と野獣』『トイ・ストーリー2』『モンスターズ・インク』『塔の上のラプンツェル』『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』など、数々の名作の楽曲がジャズアレンジにより新たな魅力を引き出されている。

 「自分が大好きな人たちと演奏したかったんです」ーー目をキラキラさせながら真っ直ぐ語る桑原あいに、仲間たちとともに日本のジャズシーンを作り上げていくクリエイティブについて話を聞いた。(編集部)

桑原あい / マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ/アルバム ダイジェスト|ジャズを聴くならまずこちら。ディズニー名曲のジャズ・カバー・アルバム。

「桑原あいwithフレンズ」はディズニーの世界観との統一感を意識した

――『桑原あいソロピアノツアー「骨で弾く2019」 』を終えられたばかりですが、手応えはいかがでしたか?

桑原:ソロピアノは精神的に疲れることも多いですが、今回も自由にやらせて頂き充実していました。今年は制作が多くて忙しいので5月以降ライブができていなかったこともあって楽しかったです。

――その制作のひとつが新作『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』ですね。制作の経緯を教えていただけますか?

桑原:昔からディズニー映画が好きだったんです。小学生の頃はビデオテープを集めるくらい好きで。ディズニーにまつわる両親との思い出もあるし、お話をいただいたときは「やるしかない!」と思いました。収録曲に選んだのは、私がディズニーの中で好きな曲です。メドレーを入れるなど、アイデアを出しながらスタッフと相談して決めていきました。

――今作はあえて定番曲を外している印象がありました。

桑原:そうかもしれないですね。でもディズニー映画が好きな人には納得してもらえると思います。ジャズを知らない人にも楽しんでもらえるような作品にしたかったので。

――ジャズとディズニーといえば、ルイ・アームストロングやデイヴ・ブルーベックも取り組んでいますし、スタンダードになっている曲もあります。

桑原:たしかにジャズメンとディズニーには関わりがありますよね。でも、私は彼らと生きる時代が違いますし、今はスウィングだけがジャズではないから、スタンダードになった「星に願いを」など以外のものを取り上げたくて。そこはこだわった点でもあります。スタンダードを自分なりに演奏することにも興味はあるのですが、あまり知られてはいないけれどいい曲を伝えたいと思いました。

――メンバーの人選については?

桑原:自分が大好きな人たちと演奏したかったんです。本当に私の周りのミュージシャンは素晴らしくて、今回は私の自由に人選させていただけるということだったので、仲間であり友達でもあり、心からリスペクトしているミュージシャンたちを集めました。今作はジャケットに「桑原あいwithフレンズ」という表記にしています。ミッキーは、いつもミニーやドナルドたちと一緒にいますよね。そういったディズニーの世界観と統一感を出したくて。

桑原あいが感じる参加プレイヤーたちの魅力

――はじめて一緒にやるメンバーも?

桑原:パーカッションの岡本健太さんは玲くん(山田玲/ドラマー)に紹介してもらいました。ドラムとパーカッションが一緒に演奏することってバランスが難しいと思うんです。いかに音楽的にお互いが出し引きするかとか、グルーヴのキープの仕方、タイムの感じ方とか。その点もこのふたりは本当に素晴らしいと思いました。。自分が何をするべきなのかをお互いにわかりあっている感じで、私の一番好きなスティーヴ・ガッドとラルフ・マクドナルドのコンビを彷彿とさせました。

――そのときに演奏したい人を呼ぶのはジャズメンらしいですね。

桑原:直感で「この人だ!」と思うことが多いです。ベースの鳥越(啓介)さんも『東京JAZZ 2006』でオースティン・ぺラルタのトリオで弾いているとき、(私は)目の前で観ていたんですよ。オースティンとドラムスのロナルド・ブルーナー・ジュニアがすごく自由に演奏してる間でグルーヴをキープし続けていて。当時高校生ながら「この人ヤバいな」って思いながら観ていました。時を経て、鳥越さんが山中千尋さん(Pf)のバンドで弾いているのも観ていたんですが、たまたまある時Shihoさん(ex:Fried Pride)のライブで一緒になったんです。一緒に演奏してもすごかったですね。「想像していた通りの人だった!」って王子さまに出会ったような瞬間でしたが、一緒にやりたいと私の愛を伝えたら「いいよ、一緒にやろう」と言ってくれたんです。ピンときた人は追いかけるタイプなんですよね(笑)。

――やはりリズム隊(ピアノ/ベース/ドラムス)にはこだわっていますか。

桑原:まずはリズム隊ですね。鳥越さんは正直もう鉄壁です(笑)。鳥越啓介じゃないとできない、という領域がありますから。例えばピッチカートももちろんだけど、弓が死ぬほど上手い。音色も艶があって色気もある。

 もうひとりのベース・勝矢匠は同じ年なんですけど、彼のベースを知らない人も絶対に聴いたほうがいいです。本当にびっくりしますよ。ウィル・リーを尊敬しているそうなんですが、私は「ウィル・リーを超えてくれ」と思っています。外見はチャラいんですけど(笑)、ピュアな音を出すんですよね。スウィングしても重いし、「(拍の)1」がちゃんとしている。

――山田玲さんは前作にも参加されていましたね。

桑原:玲くんは最高のドラマーです。音楽のコアの部分、エンジンになってくれます。やっぱり彼も「1」との向き合い方が素晴らしくて。今回はアレンジもディレクションもたくさんあって私はてんやわんやしていたので、「このグルーヴはこうした方がいいね」とリズム隊の3人がそれぞれ提案してくれて助かりました。

――なるほど。

桑原:あとはみんなクリック(録音時に使うメトロノーム)に強かったです。ジャズ奏者ってクリックが嫌いな人が多いんですよ。鍵盤奏者のリチャード・ティーが言っていた「クリックは友達だから」という言葉が大好きなんですが、クリックがある上で音楽を展開していける人が私はプロだと思っていて、先ほどの3人の演奏からは誰もクリックを聴きながらやっているとはわからないと思います。ずっとぴったり、というかちょっと遅いくらいなので。

 前作の『To The End Of This World』では(クリックを)使った曲とそうでない曲がありました。ウィル・リー、スティーヴ・ガッドとご一緒した「Somehow,Someday,Somewhere」のときはバラード以外全曲で使ってます。私はクリックに対して元々苦手意識があったのですが、スティーヴやウィルと演奏するようになって自分のグルーヴ感が劇的に変わったんですよね。だから新作は今までのなかでベストな演奏になったと思っています。

――たしかにソロピアノでの「みんなネコになりたいのさ」のグルーヴは今までとは違う印象でした。

桑原:リズムをかなりゆったり感じるようになりましたね。同じ「1」でも、打点だけを意識しているとリズムに対して走ってしまうので、「1」の余韻を感じながら次の「1」に進むことが大切なのでは、と考えています。スティーヴの体の動きを見ていて感じたのは、あの人も「1/2/3/4/」ではなく全部「1/1/1/1/」で(リズムを)とらえていて、円運動みたいな感じ方なんですよね。彼と話していて、1から次の1に行くまでの余白がめちゃくちゃ大事なんだということがわかりました。そう考えると、全体的なリズムの感じ方がゆったりしてきます。音楽の三大要素(ハーモニー/リズム/メロディ)の中で私はリズムが一番大事だと思っています。どんなにメロディがよくても、前に進まない、ノれない音楽は個人的には好きじゃなくて。ドラムはエンジンで、それをプッシュしていくのがベース。私は幸運なことに素晴らしい方々と演奏させていただいてきたので、リズムやタイム感、グルーヴに対して考える機会は今までもとても多かったです。

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