『Heisei Free Soul』インタビュー
Free Soul 25周年記念特別企画 『Heisei Free Soul』(平成フリー・ソウル)橋本徹インタビュー
時代を彩った名曲をさまざまな思い出を胸に聴く『Heisei Free Soul』
――それでは選曲の話に戻りましょう。今回、楽曲の許諾を含めバランスを取るのがけっこう大変だったということでしたが。
橋本:そうですね。メジャーなものもあり、知る人ぞ知るものもあるけど、このくらいのバランスがFree Soulだなというところを大事にしました。野球で言うと「ストライクゾーンを意識して外角低めに2球いったら、内角高めに外す」という感じですね。ストレートで押した後はスライダーで誘ってみるとか。そういうことをいろんなコンピレーションで常にやっているんですが、今回はより大きなスケールが求められたので、「この名前は絶対に欲しいよな」っていうアーティストがいるんですよね。例えばジャミロクワイとか。今回はタイミング的に入れられなかったんですけど。
――入れるなら何だったんですか?
橋本:「Virtual Insanity」。1996年ですね。
――MVも含めてオーバーグラウンドヒットしましたよね。『Ultimate Free Soul 90s』(2016年)には、コーク・エスコヴェード「I Wouldn't Change A Thing」を連想させる「If I Like It, I Do It」が収録されていましたね。
橋本:あとはジャネット・ジャクソン。「Got 'Til It's Gone」や「Someone To Call My Lover」も候補にあったんだけど、最終的には2010年代の「Broken Hearts Heal」を入れることができて、彼女によるマイケル・ジャクソンへのオマージュという意味でも意義深い選曲になりました。
――橋本さんは『Free Soul 90s』シリーズ(1995年)のライナーで、『janet.』を90年代ベストアルバムの一枚に挙げていたのが印象的でした。当時の僕はジャネット・ジャクソンを単なるメガスター的な存在に捉えていたので。
橋本:メジャー/マイナー、新しい/古いといった価値観に捉われず、リスナーとしての自由な感覚を大切にしていくのがFree Soulのフィロソフィーなんですよね。あと絶対入れたかったアーティストを挙げるとしたら、フランク・オーシャンとケンドリック・ラマーはいくつかの年の候補に挙げてましたね。2010年代の音楽を振り返るうえで、ファレル・ウィリアムスの名前も欲しかったから、皆さんご存知の「Happy」を。選曲の仕事をしていると、ついつい最初のコンセプトを忘れがちになってしまったりするんですが、これは文句なく有名で世界中に笑顔を届けてくれた曲だから、コンピのコンセプトを代表する曲のひとつだと思って。
――さっきの野球のたとえで言うと、ど真ん中の快速球ですね。ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャンなど許諾の苦労がありつつも、橋本さんがライナーで挙げられているリストを含めると物凄い並びですね。よくこれだけ揃ったという(笑)。
橋本:そうですね、逆に許諾状況を踏まえながら再考したことで、ベタになりすぎなくて良かったのかも(笑)。Free Soulは、自分と同年代の音楽ファンで、今はあまり熱心に新しい音楽を追えていないという人たちに向けて目配せしたいという気持ちもあったりするので。
――こうやって聴くと90年代前半はキラキラしてますね(笑)。スウィング・アウト・シスターの「Am I The Same Girl」は、意外なことに橋本さんのコンピには初収録です。
橋本:当時は雑誌の編集の仕事をしていた頃で、ファッション担当だったのでロケバスに乗ってJ-WAVEをつけると常に流れていたイメージです。Free Soulを始めるという気運に満ちていた、その年を思い出しますね。
――ディー・ライト~レニー・クラヴィッツ~スウィング・アウト・シスターはJ-WAVE感があリますね。当時はいちばん高感度なFM局というイメージでしたから。で、90年代半ばのTLCあたりで風向きが変わります。
橋本:“渋谷系”的なものからヒップホップ~R&B的なものへ、という感じですよね。SPEEDや安室奈美恵にも影響を与えたってライナーで書かれていたけど(笑)。
――そうですね(笑)。実際、ヒップホップ~R&Bファッションは女の子の間でも流行りましたし。そして、ディアンジェロやエリカ・バドゥなどニュークラシックソウル勢が登場します。その後は4ヒーローなどウエストロンドンに行ったりという。僕は当時、橋本さんの編集されていたタワーレコードの『bounce』というフリーマガジンを愛読していたんですが、そういう流れを思い出しました。こうやって曲目を見ると、90年代と2010年代はけっこうメインストリームヒットのものが入っている感じを受けます。
橋本:Free Soulと時代がけっこうシンクロした感じですね。一方、2000年代初頭の東京はカフェブームで、独自の文化が花開いていて。アメリカのメインストリームは逆じゃない? サンプリングにお金がかかるようになって機械的なヒップホップが台頭してきたから。その意味では2000年代は東京に寄せていますね。シャーデー、ルーファス・ウェインライト、ノラ・ジョーンズあたり。候補にしていたクープやホセ・ゴンザレス、ベニー・シングスなんかも含めて、東京はカフェブームだった感じがするよね。
――確かに。で、その後がアリシア・キーズ、コリーヌ・ベイリー・レイ、ロビン・シック、エイミー・ワインハウス、ジョン・レジェンド……。レトロスペクティブというか、ビンテージ感のあるオーガニックなR&Bが続きますね。
橋本:ジャズだけどノラ・ジョーンズもそういう感じはあるよね。ルーツと現在進行形を行き来できるような曲を選ぶのがFree Soulだから、2000年代はそうなっていますね。コリーヌ・ベイリー・レイが象徴的だけど、どこかにオーガニック感やアコースティック感があるものという。
――エイミー・ワインハウスも、60年代のモッドカルチャーへの憧れがベースなんだけど、今の時代のセンスに合わせてやってますしね。ジョン・レジェンド&ザ・ルーツによるハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのカバー「Wake Up Everybody」もルーツと現代性の両方を感じさせます。
橋本:フィラデルフィアソウルのクラシックであり、オバマの時代のメッセージソングでもありますね。これを皮切りとして2010年代のR&B~アーバンミュージックという感じがしてくるなあ。ジェイムス・ブレイク、ロバート・グラスパー、ライ……。
橋本:そういえば、2010年代にはマイケル・ジャクソンの影というのを強く感じることも多くて。マイケルは昭和の最後の頃、僕が高校生の頃にすごく流行ってたんですけど。
――『Thriller』以降という感じでしょうか。僕も小学生の頃に『Bad』がすごく流行っていました。1987年ですね。
橋本:彼の音楽が次の世代に種を蒔いていって、マイケル自身の「Love Never Felt So Good」が死後の2014年に陽の目を見てヒットしたり、クアドロンの「Neverland」やジャネル・モネイ&エスペランサ・スポルディングの「Dorothy Dandridge Eyes」やKINGの「Red Eye」など、彼の「I Can't Help It」の影響下にある曲が立て続けに発表されたり、カバーも多かったりと2010年代の音楽にそれがたびたび感じられるんです。だからジャネットも「Broken Hearts Heal」というマイケルの遺伝子を強く感じる曲を入れることができてよかったです。
橋本:あと、ソランジュの「Cranes In The Sky」は、コモンが「世界一素晴らしい」って言ったらしいんですが、今回この曲順で楽曲の良さにあらためて気づいて。マスタリングで聴いていて思わず涙が出そうになりました。
――未来のスタンダードになり得る曲ですよね。立ち位置としてはダニー・ハサウェイなどに通じると感じました。
橋本:本当に素晴らしいよね。この曲はオバマの時代を通過したからこそ生まれた曲だと思うし、そういう意味では「Wake Up Everybody」からつながる2010年代らしい曲だと思います。
令和になってもFree Soulというストーリーは続いていく
――2017年、18年のサンダーキャット、トム・ミッシュはFree Soulと親和性の高い音楽性を持っていますね。
橋本:この2曲を入れられたのも良かったですね。当初はドレイク、アンダーソン・パーク&ケンドリック・ラマーを予定していたんですけど、Free Soulならではのグルーヴ感や勢いを感じさせるし、DJパーティーでもよくかかってるから。サンダーキャットの「Show You The Way」はメロウな感じが昨今のシティーポップ~AORリバイバルとシンクロしていますね。トム・ミッシュは5月に来日してソロ公演を行ったり、『GREENROOM FESTIVAL』でヘッドライナーを務めていたりして、東京ではすでにかなりのスターになっているし、ますますビッグになっていくんじゃいないかと思いました。「Disco Yes」は昨年DJの現場で最も歓声が上がった曲のひとつかもしれません。
――ラストを締めくくるのは、ジョン・コルトレーンなどで知られるスタンダード「My Favorite Things」が引用されているアリアナ・グランデの「7 rings」です。
橋本:本当は亡くなったばかりということもあり許諾が下りなかったマック・ミラーと、アリアナを並べたかったんですが、マスタリング・スタジオで通して聴いていて最後に「7 rings」が流れてきたら、映画のエンドロールを観ているときのような気持ちになりました。コンピレーションを作るうえで、僕はドラマや偶然性というものを大事にしていて、最初期の何枚かは自分の思い描いたとおりに仕上がらないと嫌だったんですが、何枚も作っているとOKが来ないものは次回以降に温存して、ある基準をこえていればそのときのタイミングに任せて選曲しようと思うようになったんですね。そういうときにはちょっとした魔法というか奇跡が起こることも多くて。
――スウィートサプライズですね。
橋本:まさに。結果としていい方に出ることがすごく多かったので。「7 rings」には平成が終わっていって、また新たな時代を迎えるという感じがあって、『Heisei Free Soul』の出来には100パーセント満足しています。平成とともにFree Soulは歩んできましたが、さまざまなところに伏線が用意してあったのが、今回けっこう回収されてるんですよね。
――このインタビューの話で言うと、ATCQのサンプリングソースみたいな感じですね。ナイトフライトを聴いてから「がんばりましょう」を聴くと「なるほど!」と(笑)。
橋本:そうそう、そういうのも含めてね。だから、リスナーの方々がそういった意味づけや仕掛けに気づいてもらえたらとても嬉しいです。また、さっきのソランジュの話のように、僕自身も自分のコンピレーションを聴き返して意図していなかったストーリーや意味を発見することがあるので、2010年代に置いた楽曲たちの意義というのがこれからわかってくる部分もあると思います。
――令和の時代になっても、Free Soulという長編ドラマは続いていくわけですね。僕もこの先の展開を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
橋本:こちらこそ、ありがとうございました。
(取材・文=waltzanova)
■商品情報
『Heisei Free Soul』
発売:8月7日(水)
<2CD>
価格:¥2,400(税抜)
DISC 1:
1. Soul II Soul / Keep On Movin’
2. Deee-Lite / Grooves Is In The Heart
3. Lenny Kravitz / It Ain’t Over ‘Til It’s Over
4. Swing Out Sister / Am I The Same Girl
5. A Tribe Called Quest / Award Tour
6. TLC / Waterfalls
7. The Pharcyde / Runnin’〈Smooth Extended Mix〉
8. Mary J. Blige feat. LL Cool J / Mary Jane (All Night Long) 〈Remix〉
9. Erykah Badu / On & On
10. 4hero / Star Chasers
11. D’Angelo / Untitled (How Does It Feel)
12. Sade / By Your Side
13. Rufus Wainwright / Across The Universe
14. Norah Jones / Don’t Know Why
15. Madlib feat. Medaphoar / Please Set Me At Ease
16. Alicia Keys / If I Ain’t Got You
DISC 2:
1. Corrine Bailey Rae / Put Your Records On
2. Robin Thicke / Lost Without U
3. Amy Winehouse / Love Is A Losing Game
4. Q-Tip feat. Norah Jones / Life Is Better
5. Nujabes feat. Giovanca with Benny Sings / Kiss Of Life
6. John Legend & The Roots feat. Common & Melanie Fiona / Wake Up Everybody
7. James Blake / Limit To Your Love
8. Robert Glasper Experiment feat. Erykah Badu / Afro Blue
9. Rhye / The Fall
10. Pharrell Williams / Happy
11. Janet Jackson / Broken Hearts Heal
12. Solange / Cranes In The Sky
13. Thundercat feat. Michael McDonald & Kenny Loggins / Show You The Way
14. Tom Misch feat. Poppy Ajudha / Disco Yes
15. Ariana Grande / 7 rings
■イベント情報
『Heisei Free Soul』リリース記念パーティー
日時:8月30日(金)19時から22時半まで
蔦屋書店 3号館 2階 代官山 Session : イベントスペースにて入場無料
出演:橋本徹(トークショウ&DJ)、山下洋(トークショウ&DJ)、松田岳二(トークショウ&DJ)、Flight Free Soulクルー(DJ)
■橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』『Good Mellows』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは340枚をこえる。USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。http://apres-midi.biz