中村佳穂、“特別な表現者”としての資質 興奮と開放感に包まれたリキッドルーム公演
「GUM」「アイアム主人公」と、バンドとしてのグルーヴ感が発揮されるオープニングの2曲だけで、会場にいる観客の気持ちを完全につかんでしまったように思える。即興のおもしろさ、ジェームス・ブラウン風のブレイクまで取り入れた演奏に、曲が終わるたびにとても強い歓声が上がる。続いて「Fool For日記」「get back」「SHE'S GONE」と少しずつテンポを落としていき、続いて中村ひとりのピアノの弾き語りとなる構成も実にいい。ミドルテンポ、スローソングとスタイルは変われど、どの曲にも中村らしさが刻印されている。その後「You may they」から、アルバム『AINOU』のリードトラックである「きっとね!」とふたたびアップテンポの楽曲へと戻っていくのだが、アルバムの長い制作期間を共にすごしたメンバーはどこまでも息が合っており、このバンドでなければできない演奏の妙味が随所に感じられた。
やや余談になってしまうが、先日下北沢へ行った時、おそらく大学生といった年齢の女性ふたりが、声を合わせて「きっとね!」を歌いながら歩いているのを見かけ、私はずいぶん驚いたものだった。中村の曲はたくさんの人に聴かれ、親しまれているのだなと嬉しくなったし、今後彼女は想像もできないほどたくさんの聴き手に恵まれるだろうと感じた。この日のライブであらためて「きっとね!」を聴きながら、その軽快さに胸が弾んだ。どのようなタイプの楽曲を歌っても、結果的にはポップで伝わりやすい曲になるユニークさが中村にはある。
この日のライブで特筆すべきは、新曲「LINDY」の演奏であった。ドラムンベース風の素早いテンポで展開されるこの曲は、中盤のアレンジで突如として和太鼓のビートに切り替わり、夏祭り到来といわんばかりの和風なリズムが飛び出してくるのが特徴だ。そして当日、単独公演ならではの試みとして、大きな和太鼓をステージ上に据え、3人の太鼓奏者を招いて「LINDY」を再現したのだが、これは目を見張るほどの大成功であった。まずはバンドが演奏を始め、和太鼓のパートが近づいたところで、法被を着たゲスト奏者3人がステージに現れる。中村の「お祭りタイム!」のかけ声と共に、バンドメンバー含む全員がドンドコドンと威勢のいい和太鼓や金物を鳴らしながら、ステージや会場を練り歩いた。この時に会場を包んだ開放感は、インターネットの配信では伝わりにくい、現場にいた聴き手だけが感じられた特別なものだったように思う。この日いちばんのケミストリーが発生した「LINDY」に、多くの観客が会場へ足を運んでよかったと感じたのではないか。
最後は「そのいのち」「口うつしロマンス」「AINOU」と演奏してライブは終了。バンドもすばらしかったが、来場していた観客もみな熱心で、貪欲に音楽を聴き、楽しむ姿勢を持っていた点がすばらしかった。何を歌っても納得させられる存在感や、どのようなスタイルで表現しても「これが正しいのだ」と思える中村のオリジナリティには、ジャンルは異なれど、たとえば佐藤伸治(フィッシュマンズ)や向井秀徳(NUMBER GIRL、ZAZEN BOYS)のような、特別な表現者の資質を感じることがある。5年後、10年後の中村佳穂はどのような領域に達しているのだろうと思わせてくれる、この日の演奏であった。
(写真=森建二)
■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。