兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第25回

サポート降格、週末だけ活動……各々のスタイルを軸にバンドと就職問題を考える

 カステラ。現在のTOMOVSKYこと大木知之がボーカルだったバンドです。早稲田大学の音楽サークルGECで結成、1989年6月にメジャーデビューするが、福田健治(Dr)が就職したため、活動は基本的に週末だけ。しかも福田の最初の赴任地が確か神戸だったので、土日のたびに東京まで戻って来る、という活動だった。

 当時はバンドブームの真っ只中であり、「なんじゃそれ」「プロをなめるな」みたいに批判を浴びることもあったが、だからこそ当時の僕には「おもしろい!」と、痛快に思えたのだった。この件に限らず、何かと「なめてる」とか言われがちなバンド、それがカステラだったのだが。それに対して当時、大木知之は「いいじゃん、自分の人生なんだから、なめたいだけなめても!」という名言を残している。ステージの上で自転車を漕ぎながら発した、というのが、その素敵さに拍車をかけていた。

 ただ、とは言え、メンバー3人にとってはかなり活動に制約ができるし、福田本人も身体もメンタルもしんどいだろうし、よくこの形を選んだなあ、とは思った。結局、4枚目のアルバム『よくまわる地球』まで在籍したところで、「もっと精力的に活動したい」というメンバーの申し出を受けて、福田は脱退することに。でも、今となっては、アルバム4枚まではそのまま続けた、という方がすごいと思う。

 ハンブレッダーズの話なのに、延々とカステラのことを書いてしまった。戻します。何を言いたかったのかというと、つまり、バンドの事情なんてそのバンドにしかわからない、ハタから見てどんなに「?」なことであっても、そのバンドがそれが最良と判断したのならそれでいい、ということだ。もっと言うと、それに納得できないファンとかがあれやこれや言うのは止められないし、どう思われてもしかたないけど、バンドはいちいちそれを憂う必要はない、という話だ。

 これ、解散とか活動休止とか、再結成とかにも同じことが言える。という事実を、2017年にSPARTA LOCALSが再結成した時に、思い知った。スパルタのライブに、フジファブリック山内総一郎と、活動休止中のgroup_inouのimaiが出るということで、その三者で鼎談を行ったのだ(こちらです。祝SPARTA LOCALS復活鼎談!7.22『AFTER BALLET』 出演者が大いに語る「SPARTA LOCALSの再生について」 前編)。

 そもそも、SPARTA LOCALSの復活というのは、ちょっと特殊だった。安部コウセイと伊東真一がスパルタ解散後に結成したバンド=HINTOって、途中でベースが卒業して、元スパルタの安部光広(コウセイの弟)が加入したので、4人中3人が元スパルタになった。そのHINTOを継続しながらスパルタが復活する、ということは、「ドラムだけ違う2バンドが存在する」という形になる。「はて? 何それ? ならHINTOでスパルタの曲もやればよくない?」みたいに思われてもしょうがない。そのへん、どう思います? ということを、山内総一郎とimaiに聞いたのだが、ふたりとも「そういうこともあるよね」というスタンスだった。で、「とにかく、スパルタが復活してライブを観れることがうれしい」と。

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