『イマジン:アルティメイト・コレクション』発売記念
ジョン・レノン『イマジン』が今なお絶大な影響力を持つ理由 青木優の10000字ロングレビュー
あけすけなジョンの姿が投影されたアルバム『イマジン』
ここからは、アルバムとしての『イマジン』のことに戻ろう。
本作には、ビートルズを離れて活動した初期の頃のジョンのエッセンスが詰まっている。また70年代初頭は、音楽シーンの趨勢がバンドからシンガーソングライターに移った時代で、そうした動きとジョンの作品性とがリンクしたタイミングとも捉えられる。前年の1970年作の『ジョンの魂』に続くソロということで、この2枚には兄弟作のような趣もある。ただ、『ジョンの魂』は「マザー」や「ゴッド」に象徴されるように、彼個人の生々しい叫びが綴られた、壮絶な作品だった。重たいサウンドにはザラリとヒリつくような質感があり、その張りつめた空気もアルバムのキモのひとつであった。
対して『イマジン』は、音の面ではあえてカドを削り、聴き心地をポップにしようとした作品である。ジョンの最高傑作とするファンも多いアルバムだ。心をむき出しにするジョン自身のスタイルは貫かれてはいるものの、曲のテーマにいくらかの広がりがあって、彼という人のさまざまな部分が表現されている。そこで見えてくるのは、1曲目の「イマジン」での理想主義者/平和主義者としての像とは、また別の顔だ。
「クリップルド・インサイド」はカントリー調のポップな曲だが、〈歪んでしまったその心〉は隠せないと唄う歌詞には、ジョンらしい痛烈な批評性が浮かび上がっている。この時期の彼は「曲がったことなんか大嫌い!」とでも言いたげなほど正直な気持ちや真実を求めていて、それが最もよく出ているのがアナログ盤ではB面の冒頭に来る「真実が欲しい」だ。まさに物事の真理を欲しがる姿勢を見せるナンバーで、Pearl Jam、Primal Scream、Ashなどなどロックバンドによくカバーされる曲でもある。また、「ハウ?」は、そうした答えの出ない現実に対し、今度は戸惑う心理をそのまま唄った歌だ。
ジョンという人は、できるだけ正直に、ありのままに、物事を包み隠すことなく生きようとしたふしがある。おかげでそこに人間としてのほころびや無理が見えたりもするのだが、それもこのアーティストの魅力であり、面白さである。
そんな実直さが結実したのが「ジェラス・ガイ」で、これはタイトル通り〈嫉妬深い男〉としての自分を唄った美しいバラードである。Roxy Musicおよびブライアン・フェリーのカバー・ヒットでも知られていて、男のか弱い心模様をさらけ出したところが多くのファンに愛されている。ジョンにとっては、ヨーコに対する思いがあふれ出た歌と言えるだろう。
「イッツ・ソー・ハード」は面倒くさい義務やプレッシャーに囲まれて生きることのストレスを吐き出すような曲。これに続く「兵隊にはなりたくない」は、「イマジン」の反戦メッセージの部分をより押し進めたような歌で、ブルース・セッションが巻き起こす混沌が圧巻である。
「オー・マイ・ラヴ」はヨーコとの共作曲で、ふたりの愛の交歓を見るかのよう。彼女にまつわる作品としては、「オー・ヨーコ」も愛情に満ちた、しかも軽快な歌だ。ジョンがヨーコを唄った曲の中でもとりわけ無邪気で、〈僕の愛で最高の気分にさせてあげる〉と綴る彼がかわいく思えてくる。
そしてこのアルバムのひとつの山場は、ジョンが憎しみをぶちまける瞬間にある。「ハゥ・ドゥ・ユー・スリープ?(眠れるかい?)」がそれだ。ビートルズで運命を共にしたジョージ・ハリスンのスライドギターも冴えるこの歌は、レコーディングセッション時の映像も公開されているが、参加ミュージシャンたちには笑顔がまったくない。というのもこれは、同じくジョンの盟友であったはずのポール・マッカートニーをディスる、当てつけのような曲だからだ。
曲の中では、たとえば〈きみの傑作といえば/「イエスタデイ」だけだ/消えちまった今となっては/「アナザー・デイ」ってわけさ〉などと、ポールが書いた曲名を出して煽ったりしている。これ以前のビートルズの解散時のゴタゴタにより、ジョンとポールの間には大きな溝ができてしまっており、お互いを牽制し合うような状態が続いていた。そしてこの1971年、ポールがソロ作『ラム』でジョンをはじめとしたメンバーを批判したことを受け、今度はジョンのほうがやり返したわけだ。まさにマジギレ。よほど腹に据えかねていたのか、もともと皮肉屋だったジョンの攻撃性が全開になっている。
ただ、ここで僕はもうひとつのエピソードを思い出してしまう。「イマジン」を作ることができた時、ジョンは「やっと「イエスタデイ」みたいないい曲が書けたよ」とひどく喜んだというのだ。そう、やはり彼はポールの才能を認めていたのである。ちなみにジョンとポールが仲直りするのはこの3年後のこと。そして後年、ジョンは「(「ハゥ・ドゥ・ユー・スリープ?」は)ポールじゃなく、自分を攻撃する曲だったんだ。彼を攻撃する曲だと思われて残念だ」なんて弁解している。あまりに都合のいい言い訳で、もう笑うしかないのだが……ジョン・レノンとはこういう人なのである。
このアルバム『イマジン』の全曲に加え、今回の再発では同じ年のシングル曲である「パワー・トゥ・ザ・ピープル」「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」など、反戦的/社会的な歌もボーナストラック的に追加されている。これでこの時期のジョンがより理解できるはずだ。
こんなふうにアルバムを聴き、曲のエピソードを追っていくだけで、ジョンという人間が感じられるような気持ちになってくる。実直で、正直で、あけすけ。そこかしこに見える、まるで子供のようなナイーブさ。それは純粋でキレイな心というだけでなく、時には荒れ狂ったり、怒ったり、あるいは少し情けなかったりもする。誠実と言えば誠実だが、脇が甘すぎるようにも思える。デコボコしていて、アラが見えまくりで、いろんなことが紙一重。そんなジョンは、“愛と平和の伝道師”でも、ましてや聖人君子なんかでもない。ついでに言うなら、プライベートで付き合うにはすごく大変そうな奴である(事実、この後のアメリカでの「失われた週末」の時期には呑んだくれたりで多くのトラブルを起こしてしまう)。
ちなみに今回は、ジョンのふたつの映像作品『イマジン』と『ギミ・サム・トゥルース』もレストアしたものがリリースされる。このうち映画『イマジン』は200時間以上の素材を使って作られたドキュメンタリーだが、この中にジョンの性格を象徴する場面がある。当時彼とヨーコはロンドンから離れた広大な土地であるティッテンハースト・パークの白亜の大邸宅に住んでいたのだが、その庭には毎日やって来る狂信的なファンがいた(なんと家に警備はつけていなかったのだそう)。そこでジョンはその男と対面することにして、彼からの歌詞についての質問にひとつずつ答える。その上、しまいには家に入れて、一緒に食事をするのだ。この時にかぶさるヨーコのナレーションは「ジョンはこうした人に責任を感じていました。自分の曲が生んだからと考えていたからです」というもの。世界的なロックスターだったジョンなのに、なんて馬鹿正直なんだろう。