キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第11回
FM802 栗花落 光社長が語る、“クラスメディア”としてのFMラジオと音楽の可能性
音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第11回目に登場するのは、民放FMラジオ局・FM802代表取締役社長の栗花落光(つゆり ひかる)氏。
今回リアルサウンドでは栗花落氏に、今や国内の音楽シーンで当たり前となっている「ヘビーローテーション」システムの導入、今年も10月6日からスタートする日本最大級のサーキット型ライブイベント『MINAMI WHEEL』の開催など、革新的な施策を次々と打ち出していったその経緯や、今後の展望などについて話を聞いた。(編集部)
「マスメディアではなくクラスメディアである」という発想
ーーFM802といえば「ヘビーローテーション」でこれまでに数多くのヒット曲を世に送り出しています。同システムを導入しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
栗花落:FM802の開局当初、まず「メディアとしてどのように影響力を発揮していこうか」と考えました。やはり、メディアというのは影響力がないとメディアとは呼べませんから。その上で、FM802という大阪のミュージックステーションから「アーティストが売れた」「楽曲がヒットした」という実績こそ、メディアとしてのパワーを証明する最良の方法だろうとなったわけです。また、純粋に自分たちが良いと感じた曲を世に広めたいという想いもあったので、アメリカにあったヘビーローテーション制度をアレンジして、テレビの主題歌、コマーシャルなどのタイアップではなく、無名の新人の曲を中心に邦楽1曲・洋楽1曲を選んで、毎月徹底的にかけていこうと決めました。
ーー日本流にカスタマイズするのであれば、邦楽のみを流すことも出来たわけですが。
栗花落:開局した1989年というのは、邦楽が洋楽にクオリティ面でまだまだ劣っている時代でした。当時の邦楽だけではミュージックステーションとしてFM802が届けようとする音楽の真意が伝わらないと感じたので、洋楽もかけることにしたんです。
ーーそういった事情があったのですね。あとはFM802のポリシーでいうと「アイドルや演歌を流さない」というのも知られています。
栗花落:FM802が音楽にこだわっているラジオ局だと、リスナーに理解してもらいたいという想いからそのような施策を始めました。そのため、開局したばかりの頃は、洋楽80%、邦楽20%の割合にし、その20%の邦楽も間口を狭めて、局の考え方を発揮できるような選曲をしたものです。またもう一つ根本的な話をしますと、FM802には「マスメディアではなくクラスメディアである」という発想があります。音楽を中心にしたミュージックステーションというだけでも、当時のラジオ業界の編成方針としてクラス化は十分出来ていたとは思うのですが、よりターゲット層を絞り込んでいこうということで、アイドルの楽曲や演歌を流さないという方針を取ったんです。
ーーなるほど。では、30年近く続くヘビーローテーションの歴史の中で、特に印象に残っているブレイクしたアーティスト・楽曲をいくつか教えてください。
栗花落:最初にヘビーローテーションからヒットしたということで注目されたのは、J-WALK(現THE JAYWALK)の「何も言えなくて…夏」(1991年)でした。当時、大阪エリアのマーケットシェアが15%~20%くらいと言われている中で、あの曲が売れ始めたの時は70%にまで達したんですよ。その後、全国区になるまで1年ほどかかって、「何も言えなくて…夏」じゃなくて「何も言えなくて…冬」になっていましたね(笑)。とまぁ、それくらい時間がかかってヒットした曲なので、思い入れがあります。あとは、Mr.Childrenです。彼らの1stシングル曲「君がいた夏」(1992年)をヘビーローテーションでかけたんですけど、桜井さんが何年か後に開催された『MEET THE WORLD BEAT』(FM802主催の野外音楽フェスティバル)のステージの上から「どこの放送局からも取り上げられなかった頃に、FM802が自分たちの曲をかけてくれた」というようなことを言ってくれて……その頃には、Mr.Childrenが大メジャーアーティストになっていましたから、非常に感慨深かったですね。それと、槇原敬之さんのブレイクのきっかけが、アルバムの中の1曲をヘビーローテーションでかけたことだったというのも印象に残っています。レコード会社から「この曲をプッシュして欲しい」と言われたわけではなく、うちのスタッフが「ラジオから聴こえてきた時に、一番響く楽曲なのではないか」と推して、火が付いたこともありました。
ーースタッフの方の熱意もヒットの要因だったのですね。
栗花落:そうですね。音楽を愛している人たちにとって、こういった音楽に携わる職業に就き、自分が良いと思って推薦したアーティストの楽曲がヒットする、つまり、多くの人に共感してもらえるということは、とてつもなく大きな成功体験ですから。自分も含め「もう一度、あの時のようなことを成し遂げたい」と、仕事への大きなモチベーションになっていました。
ーーちなみに、洋楽の中で、特に反響の大きかった曲は何でしたか。
栗花落:よく覚えているのは、ジュリア・フォーダムの「Happy Ever After」(1988年)という楽曲です。あの曲をかけた時に局内の電話が一斉に鳴り出して「今、かかっている曲はなんですか!?」という問い合わせをたくさんいただきましたね。
ーーそれでは、2018年現在のヘビーローテーション及びFM802でかけている曲の傾向は?
栗花落:バンドものが多いです。あとはヒップホップ系も出てきていますね。アメリカのラジオ局なんかだとヒップホップオンリーのところもありますけど、FM802は「ラジオから聴こえてくる音楽」ということを意識しているんですよ。ラジオから流れてきた時にどういう響き方をするかということをすごく大切にしているので、「歌を流す」ということは一つキーワードにしています。
ーーその「歌」の部分を担っているのが今はバンドであると。
栗花落:今の時代は「バンド」という形態で表現する歌が増えてきているのでしょうね。
ーー先ほど、『MEET THE WORLD BEAT』の話が出ましたが、FM802では様々なライブイベントを定期的に開催していていますよね。
栗花落:ラジオ局としてアーティストをプッシュしていこうという時に、番組で曲を流すだけでは、リスナーへの伝わり方がどうしても限られてしまいます。そこで、アーティストの実力・パフォーマンス含めた魅力をより立体的に伝えていきたいと考え、ライブイベントにも力を入れるようになりました。「ラジオで曲は聴くけど、ライブを観たことがない」というリスナーも大勢いるので、『MEET THE WORLD BEAT』は、そういう方たちにアーティストのライブを生で観てもらいたいと思い、毎年7000組を無料招待しています。