キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第10回
野村達矢氏が語る、“チーム・サカナクションの挑戦”とHIPLANDが目指す次のステージ
「CDは石炭のようなものだと思っていて」
――山口さんのような、様々なカルチャーを貪欲に吸収していくミュージシャン像というのは、時代が求めているあり方だと思いますか。
野村:いや、彼が特殊なだけだと思います(笑)。もちろんそういう方は何人もいますけど、全体の10%に満たないでしょうし。山口の場合は、3~4年前から自分たちのやっていることがルーティーンになっていると感じて、新たなフォーマットやリスナーとの結びつき方を模索した結果、他のカルチャーと接続することや、一つの音楽がどのような経緯で成立しているかを伝えることが大事だという考えに至り、それを<NF>で表現しようとしているんです。
――その試みにおける野村さんの立場・役割とは?
野村:その考えをサポートし、環境を整えることだと思います。発信する行為自体は、表側に立つ1人の人間に委ねないと濁ってしまう部分もあると思うので、芯の部分に関しては、僕らは何も言わないようにしていますね。それを形として実現する時に、いかにサポートするかが重要だと考えています。
――「芯の部分を濁らせず、純粋に出す」というのは、他のアーティストにも共通することなのでしょうか。
野村:キャリアによって異なる部分もありますが、基本的にはそうですね。例えば、1年目から3年目ぐらいまでの新人だと、考え方についても話し合いながら、僕が持っている今までの経験値を踏まえて、細かくアドバイスをしていくと、アーティスト自身がそのやり方を覚えていくわけです。そうすると、以降は自分の持っている芯の部分、アーティストとしてのビジョンのようなものが独り立ちして、表に出すことができるようになっていくので、そこをサポートする体制に変わっていくわけです。イメージとしては子育てに近いと思うんですけど……子どもは何も話せない状態から、両親の言葉を一生懸命なぞって、言葉を覚えていくじゃないですか。で、言葉を覚えると、今度は自分の言葉で話すようになるわけで。そこからはもう、ある程度のサポートでいいんじゃないかと。
――子どもに例えるならば、例えば中学生くらいになって、非行に走る時期もあったり……。
野村:「思春期が来たな」とか「悪い友だちができたな」みたいなことはありますね(笑)。そのときはもう、無視しないで芯の部分に向き合っていくしかないです。だから、常に精神的なストレスは絶えない仕事です(笑)。
ーーそれくらい、常に緊張感があるということですね。最近では、ライブやフェスの活性化、ストリーミングサービスの本格化など、音楽業界を巡る状況は大きな変化を迎えています。野村さんはこれらの動きをどのように捉えていますか。
野村:僕は、いわゆる“CD擁護派”ではなくて、音楽の聴き方にたくさんの方法がでてきたことに、すごくワクワクしています。アナログレコード、CD、カセットテープ、ダウンロード、ストリーミング、聴きたい方法を選んでいける時代になったわけですから。だからこそ、音楽も「ここからここはやってるけど、ここからここは出しません」といった方法論は基本的に良くないと思っていて、全部出して、選ぶのはお客さんという状況にしたいんです。もちろん、権利にからんで発生するリターンの回収や、問題ある仕組みは是正しなければならない。課題もありますが、これだけのオフィシャルな手段が広がっている中で、音楽の出口を制限するのは良くない。もちろん、音楽業界にはCDを重視したり、それを求めるアーティストやリスナーもいることは理解しています。ただ、どこかCDは石炭のようなものだと思っていて。
ーー“石炭”とは?
野村:文明の進化とともにメディアも変化してきて、それをエネルギーに例えると「CD=石炭、ダウンロード=石油、ストリーミング=電気」といえるんじゃないかと。今、CDがどうやったら売れるかを議論するのは、石炭をどうすれば売れるのかと議論するのと同じくらい難しいと思うんです。自虐的になってしまいますけど、それくらいの自覚をもっていかないと、音楽を制作するアーティストに対して、正当なリターンを与えられないような気がします。「CDが売れなくなるからストリーミングやダウンロードをやらない」のではなく、「売れないのであれば、他の手段でどうカバーするか」という発想に向かうべきなんですけど、前者の思考で止まっている人が多いなと感じています。
――今年リリースされた、サカナクションの初ベストアルバム『魚図鑑』では、「プレイパス」サービスを採用されていましたが。
野村:「プレイパス」は、“石炭”をいかに良い形で“電気”にするか、という一つの形だと思います。CDという物品を持つ喜びと、スマートフォンで聴けるという利便性がセットになっているのは、純粋に良い試みだと感じます。サカナクションの利用者データを見ていると、「プレイパス」ユーザーの年齢分布で30代が多かったことが印象的でした。30代以降はCDに対する思い入れもありますし、「CDを買いたい」という気持ちは残っていながらも、再生する機器もリッピング手段も少なくなっているのが現状ですから。そんななかで、「プレイパス」のようなサービスがあったことで購入に繋がったのかもしれないなと思いました。特に、『魚図鑑』は“CDを持つ喜び”を重視してブックレットなどのデザインにも注力していたので、「CDを聴け」というのではなく、「CDを買ってくれてありがとう。でも、こういう聴き方もできますよ」という提案ができたことは、とてもよかったと思います。
ーー野村さんが、そのような「CD=石炭、ダウンロード=石油、ストリーミング=電気」という考え方を、はっきり意識するようになったきっかけとは。
野村:The fin.の活躍が大きいと思います。彼らは、海外でのリアクションが良くて。ヨーロッパやアメリカだけではなく、中国を含むアジアでの人気も獲得できています。中国は13億人規模のマーケットで、東京レベルの1000万人を超える都市が13カ所もありますし、The fin.はそのうち10カ所でツアーを行ったんですが、1000人キャパの会場が全てSOLD OUTでした。僕は10年前にも中国に行ったことがあるんですが、当時はライセンスの概念なんて全然なかったですし、平気で海賊版が横行して、それを野放しにしている国でした。最近、久しぶりに行ってみたら、その変化には驚くばかりで。まず、メインで業界を動かしているのが30代の若者で、こちらの提案することにも柔軟に返してくれたり、ライセンスの話を事細かにしてくれましたし、ITリテラシーに関しては日本よりも圧倒的に先へ進んでいると思わされました。テクノロジー面でも、電子決済が圧倒的なシェアを持っていて、現金なんて、ほとんどの人が持ち歩いていなかったり、タクシーも全部Uberだったり。
ーーそのマーケットへいかに食い込んでいくかは、今後アジアを拠点にするうえでより重要になってきそうですね。ここ数年の音楽業界は、マネジメントの特色や姿勢が、アーティストの音楽性やクリエイティブに反映している度合いが大きくなっている印象がありますが、HIPLANDさんもその好例ではないでしょうか。『MASH A&R』を含めて様々な施策を打っているように見えますが。
野村:僕らは比較的セグメントされた、ロックバンドを中心とした専門店のようなものだと思っていて。自分が高校生や大学生の時に聴いていたロックバンドの人たちに、ずっと頑張っていてほしいという気持ちがずっとあるので、ロックバンドをやっている新しい才能が、夢を見られる受け皿として機能していければ、という考えが第一にあります。その夢を叶える大きなものの一つがロックフェスで、ここ数年はさらに盛り上がり続けていて、『VIVA LA ROCK』『JAPAN JAM』『METROCK』と、先日行われた春フェスも、各日SOLD OUTする盛況ぶりでした。いまだ、ロックフェスに対する需要は下がっていないし、うちの所属アーティストは、それらの場で活躍させてもらっているのは事実なのですが、とはいえ、この現状がいつまでも続くとは思っていなくて。
ーーそれはなぜでしょう?
野村:海外のフェスを見ると、とくに大きな規模のものには、最近、ロックバンドがあまり出ていないし、出たら出たで違和感を感じるくらいのものになってしまっているんです。ですから、そうなる前に次の新しい何かを発見していかないといけないと思っていて。サカナクションが『NF』のようなカルチャーイベントを始めているのは、その試行錯誤のひとつなんです。The fin.のように、新しいグローバルなプラットフォームの音楽サービスや配信サービスがあって、世界に出ていくチャンスがさらに増えている中で、それらの動きに順応できるアーティストをどう育成していくかというのは、これからチャンスを掴むうえで大事だと考えています。
個人的には“メディアアーティスト”と言われているような、コンサート演出のところで視覚演出ができる人たちがこれからもっと求められるようになると思います。今までのPA・照明・楽器みたいなチームのように、必須になっていく時代が来るんじゃないかと。今までは完全に作られた映像を再生するだけでしたが、現場で何らかのアルゴリズムを使って、プログラムを稼働させながら映像を出すーーいわゆるVJ的なメディアアーティストも多く出てくるのではないかと。
――LITEのライブにおけるKezzardrixさんのような。
野村:そうです。Kezzardrixも弊社所属なんですが、いまは「INT」というチームに入ってもらっていて。そのチーム全体をマネジメントしているのですが、彼らがさらに大きな舞台に立てるようにマネジメントしていきたいと思っています。これからは、ロックバンドに投じてきた育成のノウハウを、メディアアーティストにも施していくフェーズに加わっていくのかなと。Rhizomatiksの真鍋大度さんはもう大スターになりましたが、彼以降のスターはまだ登場していない。でも、彼の背中を追ってメディアアートに挑戦している人が多いのも事実ですし、需要もしっかりあると思っているので、そんな盛り上がりの一端をサポートしていけるといいなと考えています。
(取材=神谷弘一/構成=中村拓海/撮影=三橋優美子)
■リリース情報
『SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around』
発売:7月25日(水)
※プレイパス対応
価格:完全生産限定プレミアムBLOCK(Blu-ray・音声 Surround / Stereo / 96k24b)¥10,000+税
完全生産限定プレミアムBLOCK(DVD・音声 Stereo / 48k24b)¥9,000+税
通常盤(Blu-ray・音声 Surround / Stereo / 96k24b)¥4,900+税
通常盤(DVD・音声 Stereo / 48k24b)¥3,900+税
概念盤プレミアムBLOCK(Blu-ray・音声 Surround / Stereo / 96k24b)30,000+税(ファンクラブでの抽選販売のみ)
<収録内容>Blu-ray、DVD共通
新宝島
M
アルクアラウンド
夜の踊り子
Aoi
シーラカンスと僕
壁
ユリイカ
ボイル
『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
夜の東側
三日月サンセット
SORATO
ミュージック
アイデンティティ
多分、風。
ナイトフィッシングイズグッド
サンプル
ネイティブダンサー
目が明く藍色
<特典映像>
Behind the scenes of SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around
※特典映像は「完全生産限定プレミアムBLOCK」、「概念盤プレミアムBLOCK」のみ収録
■関連リンク
サカナクション公式HP