鈴木愛理がアイドルの新たな未来を照らす “異例”のソロデビュー作『Do me a favor』を考察

 オープニングを飾る「DISTANCE」は、今井了介が作詞作曲・プロデュースに参加した、アップテンポかつクールな楽曲。ボーカルやダンスのパフォーマンスには安室奈美恵や三浦大知といった先達からの影響がうかがえる。グループでの活動を経てソロでのポジションを確立したアーティストという点で、鈴木愛理は彼らに一つの理想形を見ているのだろう。<いつかは誰かが私の背中を追うようになるかも それでもペースは落とさずにRun to you, Baby>という歌詞には、憧れの存在の後を追い、自身も後進に道を示そうとする彼女の決意が刻まれている。

 バンドサイドの1曲目である「未完成ガール」と8曲目「君の好きなひと」、10曲目「いいんじゃない」で作曲とサウンドプロデュースを務めているのは井上慎二郎。彼はBuono!の「Kiss!Kiss!Kiss!」「ロッタラ ロッタラ」といった人気曲を作曲した音楽家で、Buono!路線のバンドサイドでは彼の端正なポップロックが一つの軸と言えるだろう。「未完成ガール」は作詞面でもBuono!の楽曲でお馴染みの岩里祐穂が参加。

 アルバムはダンスサイドとバンドサイドが交互に展開される構成になっているが、その音楽性はバラエティ豊かだ。ジャズボーカルテイストのメロウな立ち上がりからエレクトロスウィングへと展開する「Good Night」、トランス的なシンセサウンドとブレイクビーツで構成されるミドルテンポのEDMポップ「Be Your Love」、Jazzin’ Parkの手によるJ-POPバラード「Moment」、音数の極端に少ないクールなR&B「perfect timing」など、特にダンスサイドに並ぶ楽曲はエレクトロニックなサウンドが基調にしながらも、多彩なサウンドが揃っている。

 統一感よりも多彩さが優先されているのはおそらく意図的なものだろう。ソロキャリアのスタートとなる本作で、彼女のシンガー/アーティスト像を無理に一つの型にはめる必要はない。実際、彼女自身もこのアルバムを「カメレオンのよう」とも言っている。

 多彩な音楽性とも関連するもう一つの特徴は、鈴木愛理と公私で親交の深いアーティストの参加だろう。「光の方へ」でコラボしているバンド、赤い公園はハロプロ好き、℃-ute好きとしても有名で、特にメインソングライターである津野米咲(Gt)はこれまでにモーニング娘。、こぶしファクトリー、つばきファクトリーにも楽曲を提供している。また、「STORY」のコラボ相手であるSCANDALは2016年10月に開催された『日テレ HALLOWEEN LIVE 2016』で鈴木愛理と共演し、今ではプライベートでも仲が良いという。それぞれの提供楽曲もバンドの個性が存分に発揮されたロックチューンとなっている。その他、慶応義塾大学の先輩でもあるシンガーソングライターの山崎あおいが「君の好きなひと」で作詞作曲を担当している。

 公私で繋がりを持ってきたミュージシャンが“今の鈴木愛理”をイメージして当て書きを行うことで、ソロキャリアの第一歩を踏み出した鈴木愛理の多彩な表情が立体的に浮かび上がってくる。本作は鈴木自身が初めて作詞に挑戦した「#DMAF」を経て、こちらも安室奈美恵を彷彿させる曲調の「start again」で締めくくられる。これまでの活動を支えてくれたファンへの思いを真っすぐに歌い、次なるスタートを力強く宣言するフィナーレは、まさしく“アイドルを全肯定しての再出発”というテーマに相応しい。

 アルバムの内容が力作になっているのはもちろんのこと、ライブ面やリリース形態においても鈴木愛理のソロデビューは異例の体制が取られている。まず、7月9日には、ソロとして早くも日本武道館公演を開催予定。チケットはアルバムデビュー前に発売されたが、全席即完売となった。また、この『Do me a favor』は、CDやデータ販売と並行してサブスクリプション型のストリーミングサービス・Apple Musicでも配信が開始されている。アップフロント系列でストリーミング配信が解禁されたのは史上初めて。鈴木愛理の作品は、アップフロントグループにとってもストリーミングサービスへの参加の可否を決める試金石と見られているのだろう。これが成功を収めれば、近いうちにハロプロやアップフロント所属アーティストの楽曲もストリーミング解禁ということになっていくはずだ。

 様々な点で異例尽くめとなっている鈴木愛理のソロデビューだが、最も重要なのは、彼女の成功が後進のアイドルに新たな可能性を示すことができるか否かという点だろう。ハロプロでは、来年春にアンジュルムを卒業することを発表している和田彩花が卒業後も歌やダンスで表現を続ける“アイドル”でいたいと未来の展望を語っている。復帰の目途は未定ではあるが、鈴木愛理と並ぶ2010年代ハロプロの絶対的エースだった元モーニング娘。の鞘師里保もソロデビューを待望される存在だ。さらに視野を広げて言えば、グループ卒業後のキャリアをどうするかは、ハロプロに限らず全アイドルが直面する悩ましい問題だろう。鈴木愛理のソロデビューは、全てのアイドルに新しい未来を指し示す、希望の光なのである。

■青山晃大
1983年生まれ、三重県津市出身。フリーランスの音楽ライター。「ザ・サイン・マガジン・ドットコム」「Qetic」「CROSSBEAT」他で執筆しています。

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