高橋芳朗が選ぶ、ニュージャックスウィング再評価の今聴きたい新作たち
最後は1990年代に一世を風靡したR&Bアーティストのカムバック作を2タイトル。まずは破産や難病を乗り越えてつくり上げたトニ・ブラクストン約8年ぶりのニューアルバム『Sex & Cigarettes』。第57回グラミー賞で最優秀R&Bアルバム賞を獲得したベイビーフェイスとのデュエット作『Love, Marriage & Divorce』での堂々たる復活劇、そして今年に入ってからのバードマンとの婚約発表など、ここにきてようやく運気が上がってきた印象の彼女ですが、この新作はそんなテンションがダイレクトに反映された快心の一撃。抑制を効かせたボーカルのなかに深い情念をにじませたベイビーフェイス&ダリル・シモンズ作のスロー「FOH」(タイトルは「Fuck Outta Here」の略)、出世作の「Another Sad Love Song」(1993年)を想起させる哀愁のミッドテンポ「Sorry」、そして文句なしのハイライトといえる90'sマナーなスムーズ・ミディアム「Long As I Live」(プロデュースを務めるのは2005年作『Libra』で2曲に携わっていたアントニオ・ディクソン)など、全8曲トータル30分強というコンパクトな内容ながら貫禄のパフォーマンスにぐいぐいと引き込まれていくこと必至。かつての「Un-Break My Heart」(1996年)のハウスリミックスの成功を踏まえたと思われるトリッキー・スチュワート制作のトロピカルハウス調「Missin'」も抵抗なく楽しめました。
もう一枚、こちらはオリジナルメンバーの分裂騒動を経てようやくリリースに漕ぎ着けたEn Vogueの14年ぶりのニューアルバム『Electric Café』。「Deja Vu」や「I'm Good」といったリード曲で立証済みですが、オリメンのシンディ・ヘロンとテリー・エリスにローナ・ベネットを加えた『Soul Flower』と同じラインナップ、そしてデビュー以来のメンターであるご存知デンジル・フォスター&トーマス・マッケルロイがエグゼクティブプロデューサーということで、長いブランクをまったく感じさせない磐石の仕上がり。アルバムの音楽的方向性についてシンディとテリーは「エレクトリックソウル」や「パンクソウル」といったフレーズを使って説明していましたが、スヌープ・ドッグが客演したモータウン調の「Have a Seat」やラファエル・サディーク制作のファンキーソウル「I'm Good」など旧来からのEn Vogueのイメージに忠実な楽曲はもとより、エレクトロ/ダブステップ(「Life」)、ディスコ/ブギー(「Reach 4 Me」)、ファンクロック(「Electric Cafe」)、ハイエナジー/ユーロディスコ(「Love The Way」)などが次々と繰り出されていくごった煮ぶりが実に痛快。もちろん、そんなバラエティに富んだ構成のなかでもレトロヌーボーなR&Bを標榜してきたグループのアイデンティティはきっちり提示できていて、どんなスタイルに挑んでもびくともしないEn Vogueの芯の強さを改めて思い知らされた次第。年内は新作をひっさげてのツアーも行なうとのことで、ここは9年ぶりの来日公演の実現もぜひ期待したいところ。
■高橋芳朗
1969年生まれ。東京都港区出身。ヒップホップ誌『blast』の編集を経て、2002年からフリーの音楽ジャーナリストに。Eminem、JAY-Z、カニエ・ウェスト、Beastie Boysらのオフィシャル取材の傍ら、マイケル・ジャクソンや星野源などライナーノーツも多数執筆。共著に『ブラスト公論 誰もが豪邸に住みたがってるわけじゃない』や 『R&B馬鹿リリック大行進~本当はウットリできない海外R&B歌詞の世界~』など。2011年からは活動の場をラジオに広げ、『高橋芳朗 HAPPY SAD』『高橋芳朗 星影JUKEBOX』『ザ・トップ5』(すべてTBSラジオ)などでパーソナリティーを担当。現在はTBSラジオの昼ワイド『ジェーン・スー 生活は踊る』の選曲も手掛けている。