片平里菜デビュー5周年企画『60分一本勝負弾き語りライブ』

片平里菜に感情を引き出された60分間 5周年記念弾き語りライブを下北沢SHELTERで見た

 今年メジャーデビュー5周年を迎える片平里菜が、これを記念した企画ライブ『60分一本勝負弾き語りライブ』の東京公演を3月6日、下北沢SHELTERにて行った。このライブは5月10日から東名阪3会場で予定されている2部構成のツアー『「愛のせい」アルバム全曲再現ライブ&シングル全曲ライブ』を前に、片平自身が「ツアーまで待ちきれない」という思いから3月2日の大阪・南堀江knaveを皮切りに、愛知・名古屋HeartLand、東京・下北沢SHELTERの3会場で、タイトルどおり“60分の弾き語りライブ”を行うというもの。どの会場も200人前後のキャパと、彼女の弾き語りライブを堪能するには最高の環境なだけに、チケットも全公演即ソールドアウトとなった。

 開演10分前に会場に到着すると、場内はすでに居場所がないほど観客でパンパンの状態。定刻通りに場内が暗転すると、トレードマークとなっていたロングヘアをバッサリと切り、ショートヘアにイメージチェンジした片平が登場。ギターを抱えて簡単な挨拶を済ませると、そのまま「最高の仕打ち」から淡々とライブをスタートさせる。髪を切ってリフレッシュしたかのように、この日の彼女の歌声はいつも以上に強弱を巧みに使い分け、特にこの規模感だからこそよりダイレクトに伝わる繊細な表現でこの曲を歌い上げていく。どこか肩の力が抜けたこの歌唱法により、「最高の仕打ち」という曲が今まで持っていた強さに儚さが加わったと感じたのは、きっとこの日会場にいた多くのファンが思ったことではないだろうか。

 片平はMCを交えることなく、60分という限られた時間の中で歌とギターのみで自身の世界を作り上げていく。筆者は彼女の弾き語りライブを、それこそデビュー前から何度も観てきているが、この日は過去の弾き語りライブにあった歌とトークで作り上げるアットホームさとはひと味違った、歌で緊張と緩和を表現しようとする彼女の「新たな高みへと進もうとする」挑戦心が強く感じられた。だからこそ、ステージで歌いギターを弾き、曲間にうつむいてチューニングを続ける彼女の一挙手一投足から目を離せずにいた。このレポートのためのメモをとることさえ躊躇われた、そんな60分だったのだ。

 また、この日の弾き語りライブがそれまでの同スタイルのライブと異なっているように思えたのは、昨年12月発売の最新アルバム『愛のせい』の楽曲が加わったことも大きい。ライブ序盤に披露された「山手通り」や「デイジー」といった楽曲は同アルバムの中でも比較的ポップな部類のナンバーだが、過去の楽曲と交わったときにそのポップさにどこかオルタナティブなものを感じるのだ。個性的なアレンジが施されたアルバムバージョンではそのオルタナティブ感は顕著だったが、装飾を削ぎ落とした弾き語りバージョンでもその印象が変わらないというのは、そもそも「山手通り」や「デイジー」といった楽曲のメロディや歌詞、片平の歌唱が『愛のせい』以前とは変化しているという証ではないだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、アルバム『愛のせい』の中でも特にダークでアグレッシブなナンバー「wash brain」「Howling wolf」が立て続けに披露される。演奏の強弱ではなく、声のみで感情の起伏をあらわにするその表現方法はただただ驚かされ、先に書いた「新たな高みへと進もうとする」挑戦心はこういったところにも遺憾無く発揮されていた。また、それまで曲が終わるごとに静かに拍手を送り、時々「里菜ちゃーん!」と声援を送っていた観客も、アップテンポの「Howling wolf」で場の空気がヒートアップしたことを受け、エンディングでは大きな声援と拍手が惜しみなく送られた。

 繊細さがより強調された「そんなふうに愛することができる?」、終盤が盛り上がるにつれて感情をむき出しにしていく「ラブソング」を経て、片平がこの日のラストナンバーに選んだのは最新作『愛のせい』のタイトルトラック「愛のせい」。この曲でもクライマックスに近くにつれて、彼女は自身の感情を爆発させ、曲をぶった切るかのようなエンディングを迎える。そして肩で息をして一呼吸置いたあとに、「ありがとうございました」と挨拶をして淡々とステージをあとにした。

 アンコールで再びステージに戻った片平は、この日のライブは実質61分と1分オーバーだったことを素直に告白。「60分ぴったりで終わるまで、もう一回やる?」と冗談で観客を沸かせた彼女だったが、最後は「東京にちなんだ曲」として大阪や名古屋でも披露されなかった「からっぽ」を歌唱してこの日のライブを締めくくった。

 

 正直、この日の60分はあっという間にも感じられたし、もっと長く続いているようにも感じられる、不思議な60分だった。観ている側も片平の歌によっていろんな感情を引き出され、気持ちがぐちゃぐちゃになるような……でも、「愛のせい」で60分におよぶライブが幕を下ろしたとき、そのぐちゃぐちゃな感情は決して嫌なものではなかったし、どこか清々しさすら感じられるものだった。MCがなかったことも大きいが、ここまで彼女に歌声に気持ちを動かされまくったのは5年間の中でも初めてだったのではないだろうか。そんな感情を怪作『愛のせい』リリース後に、しかも彼女の原点である弾き語りライブで味わうことができたのは正直嬉しくてたまらなかった。

 片平はこの3公演で得たものを、今度は5月の『「愛のせい」アルバム全曲再現ライブ&シングル全曲ライブ』でさらに濃くして見せてくれることだろう。デビュー5周年という節目を機に、シンガーソングライター片平里菜がこの先どんな変革期を迎えるのか、ぜひこれから1年の動向に注目してもらいたい。

(写真=nishinaga "saicho" isao)

■西廣智一(にしびろともかず) Twitter
音楽系ライター。2006年よりライターとしての活動を開始し、「ナタリー」の立ち上げに参加する。2014年12月からフリーランスとなり、WEBや雑誌でインタビューやコラム、ディスクレビューを執筆。乃木坂46からオジー・オズボーンまで、インタビューしたアーティストは多岐にわたる。

■セットリスト
片平里菜 デビュー5周年企画『60分一本勝負弾き語りライブ』
2018年3月6日(火)東京・下北沢SHELTER

01. 最高の仕打ち
02. ながれぼしのうた
03. 山手通り
04. 大人になれなくて
05. CROSS ROAD
06. 姿
07. デイジー
08. wash brain
09. Howling wolf
10. そんなふうに愛することができる?
11. ラブソング
12. 愛のせい
<アンコール>
13. からっぽ

片平里菜オフィシャルサイト

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