ハナレグミは“新たな光”を掴もうとしていた 『SHINJITERU』ツアー最終公演

 『SHINJITERU』。これは10月25日に発売されたハナレグミのニューアルバムのタイトルなのだが、12月6日に行われた同名タイトルのツアー最終公演では、その言葉の意味を、せつなく、あたたかく、そして、大げさではなく、静かにアツく感じられるライブだった。

 満員の東京国際フォーラム ホールA。5000人を収容する同会場のステージには、角田純による線画で描かれたニューアルバムのジャケットイメージが大きく掲げられていた。開演前、BGMにはニック・ドレイクの名盤『Pink Moon』が流れていたが、同作の内省的で手触りが残る音像に耳を寄せながら、「(『SHINJITERU』は)音を抜いて、抜いて、抜いていったあとに残る気配、生々しさーーその美しさや強さのようなものを深めてみたい、手にしてみたい、感じてみたいと思っていましたね」とインタビューで言っていた永積 崇の言葉を思い出していた。

 そして、いよいよ幕が開くと、バンドのメンバーに続いて、永積は最後に登場し、真っ暗なステージの中、アカペラで「線画」を歌いはじめた。『SHINJITERU』の1曲目、アルバムのど頭に響く、このアカペラは肝だが、線というもっともシンプルな表現に、繊細な表情が現れてくるように、何の飾り気もない、ごまかせない、永積のそのままの声、息づかいが、少しの緊張感とともに、優しく会場中に響いた。ピアノの音がゆっくり重なっていくと、オレンジの明かりが照らされ、ステージの線画に永積の影が重なる。その影も静かに表情を変えていき、なだらかに「ののちゃん」へ移っていった。なんて、かわいらしい曲だ。また、甘酸っぱいポップナンバー「ブルーベリーガム」やエキゾチックでキュートな「君に星が降る」ではブラスセクションも入り、「My California」では乾いた音を聴かせるなど、序盤からニューアルバムの曲を披露。過剰な演出は何もないのだが、さまざまな音の色彩が広がっていく。

 中盤は、デビューシングル「家族の風景」などのヒット曲をはじめ、軽快に手拍子が起きた「Wake Upしてください」など、過去曲を披露するが、プライベートな空間に連れて行かれるように歌われた「光と影」がすばらしかった。自身の音楽的ルーツを探しに行ったという、ニューオリンズ〜メンフィスへのあてのない旅で得たフィーリングが詰まった「フリーダムライダー」。刻むシンセの音が心地よい「Primal Dancer」、踊れるスカナンバー「太陽の月」、カントリー調の「明日天気になれ」など、本編ラストに向かって会場はどんどん温まっていく。その盛り上がりに永積は「ありがとう!」を伝えた。

 そして、ポロポロとアコースティックギターを弾くと、「今、世の中(のスピード)が速くなって、今までやってきたことが何もなくなってしまうような、この先どうなるのかわからない不安……そういう中で、変わらず自分たちにあるのは言葉の手前にある(ざわざわする言葉にならない)感情、遠くのものを思う気持ち。自分の音楽は、そういう確かな時間の中に立ち上がってくるような音楽」「『SHINJITERU』っていうのは、前作の『What are you looking for』でハナレグミの第1章が終わって、閉めた扉の前に立っているようなアルバム……だから、今ワクワクしているんです」と正直な気持ちを語った。そして、「知っていくこと、知らされることが増えているけど、消していくこと、何を消していくのか?って、この先大切なんじゃないかなって」と添え、次の扉を開くための曲でもあったのだろう、内省的な「消磁器」を弾き語りで、彼のテンポで披露した。本編ラスト「深呼吸」まで、ひとときも聴き逃せない、会場全体が息をのみ、ひとつになる瞬間だった。

 アンコールでは「Spark」「旅に出ると」が披露されたが、いよいよ幕を下ろそうとしていたところで、もう1曲やりたいと、アルバム制作とツアーの成功を支えてくれたメンバー、そしてスタッフに向け「きみはぼくのともだち」を弾き語りで歌い、心からの感謝を表した。

 永積 崇は、当たり前にそこにある(いる)ものが無くなってしまった時の、心の置き所がわからない……そんな時にも、一瞬にして心を奪ってくれる音楽を奏でる存在でありながら、この日のライブは、彼自身、ひとつひとつ自分に問いかけるようなライブだったのではないかと思う。ひとつの時代が終わり、次へと向かう、狭間の時。抜け出して、新しい光を掴もうとする、確かな熱があった。

(文=古城久美子/写真=田中聖太郎)

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