『猛暑ですe.pファイナルスペシャルライヴ〜ハッピーエンドはドラマの中だけ』

ヒグチアイ、『まだまだ猛暑ですツアー』ファイナルで見せた“シリアスとコミカル”の二面性

「最近は、自分の幸せについて考えることが多いです。みなさんには、それぞれの幸せがありますか?」

 そう言ってピアノ1台で歌い出したのは、前回のワンマンでアンコールに披露した新曲「わたしのしあわせ」。幸せのあり方と家族について歌った曲だ。続いて、再びバンドメンバーとともに名曲「まっすぐ」。この曲も「誰かの幸せは僕の不幸せ」と同様、ヒグチのタイム感とバンドのそれとが融合した、唯一無二のグルーヴを生み出していた。

 衣装チェンジして後半へ。<うらめばうらむほど わたしはきれいになる>という歌い出しがセンセーショナルな「やわらかい仮面」は、哀愁漂う旋律がナタリー・マーチャント(元10,000 Maniacs)を思わせる曲。地声とファルセットを巧みに使い分けるボーカルは、静と動、光と陰、聖と俗といった相対立する要素を内包する彼女の音楽性を象徴しているかのようだ。続く「猛暑です」のアンサーソング「残暑です」は、エレクトロニカ風のリズムパターンをドラムパッドで再現。そして、ミラーボールがきらびやかに回り始める中、新曲「ほしのなまえ」を初披露。マーチ風のリズムパターンと、伸びやかなピアノが印象的なミディアムテンポの曲で、まっすぐにオーディエンスを見据え、真剣な面持ちで歌う姿に心打たれた。

 もはやヒグチアイの代名詞的な楽曲となった「備忘録」は、音源と同じくピアノ1台で歌い切るのかと思いきや、後奏から突然バンドの演奏が加わりフロアは熱狂の渦に。そのままなだれ込むように、疾走感溢れる初期の名曲「ココロジェリーフィッシュ」からラストスパート。変拍子を駆使したプログレッシブなアレンジが、スリリングかつ躍動感あふれる「黒い影」、ハンドマイクで最前列のオーディエンスとハイタッチしながら歌う「ツンデレ」と、息もつかせぬ怒涛のパフォーマンスを繰り広げる。本編ラストは、高校生ダンサーのめぐ、あっかも加わり「猛暑です」。プロモーションビデオで見せた難易度の高いダンスをオーディエンスにも要求するなど、なかなかSっ気の強いヒグチに面食らったが、ファンはファンで、それにちゃんと応えようとしていて感動的だった。

 アンコールは、ファン投票で最も人気のある曲「わたくしごと」をバンドで演奏した後、新曲「橙色の日常」をピアノの弾き語りで披露しこの日全ての公演は終了した。10月20日に行われる長野 LIVE HOUSE Jでの公演を皮切りに、また新たなツアーが控えているというヒグチ。この日、バンドメンバーともファンとも固い絆で結ばれた彼女が、次のステージで何を見せてくれるのか、ますます楽しみだ。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。

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