アルバム『青春のエキサイトメント』インタビュー

あいみょんが目指す、音楽やカルチャーを通した“化学変化” 「新しいものを常に探っている」

「何かを作りたいと思ってエキサイトしてる状態は青春」


ーー聞く側をいい意味で裏切るだとか意表を突くようなことは、意識的に挑戦している部分ですか?

あいみょん:曲を作ってる時は特に何も意識せずに。でも、いざリリースってなるとやっぱり前作とは一味違うものにしたいと思ってますね。裏切るというよりは、新しい自分をちょこっと見せる、という感覚です。あと、やっぱり今はかっこいいクリエイターさん、アレンジャーさんと一緒にやらせてもらってるので、新しいサウンドを自分も覚えてるし、自然と全く違う曲を作っていってるんやと思います。

ーー楽曲ごとにイメージを変えることに躊躇いはない?

あいみょん:最初は、あいみょんっていう音楽を作る上で統一感のある方がいいのかなって思うじゃないですか。曲を聞いてもらって「いつものあいみょんがきた!」って思ってもらう方がいいのかなと。でも、ディレクターさんや周りのスタッフさんが提案してくるのは、むしろ私が「え? そこいくんですか?」ってなるような意見なので(笑)。それが面白いって純粋に思えるんですよ。だからそれに思いっきり乗っかって私も新しい音楽を作っていますね。「生きていたんだよな」が好きなリスナーが、次の「愛を伝えたいだとか」を嫌いでも全然いいです。それは、私がそういう風に何回もガラッと曲を変えてるから。だから、逆に「生きていたんだよな」は響かなかった人でも「愛を伝えたいだとか」は響くかもしれないし。

ーー「嫌いになってもいい」って言える潔さはすごいですね。

あいみょん:もちろん好きになってほしいですけど(笑)。「『〇〇』みたいな曲を作り続けてほしい」って言われたとしても、それはしませんって思ってますし、次はもっと新しいものはないかなと常に探っています。

ーー『青春のエキサイトメント』というタイトルはなぜ?

あいみょん:このアルバム自身が青春の興奮から生まれた曲たちやと思ってるんですよ。何かしら作品を生み出す時って、目に見えへん一種の興奮状態にいると思ってて。それはもう昔から変わってないんですよね。絵を描く時もすごい興奮してるし、いいフレーズが思いついて、今や! と思って録音するじゃないですか。何かを作りたいと思ってエキサイトしてる状態っていうのはめちゃめちゃ青春してるんやって思ったんですよ。たとえば、10代にピンポンダッシュしたりしてそれが青春だったのは、音楽をやってる今の感覚にも近いですね。

ーー1曲目の「憧れてきたんだ」は、あいみょんさんのいい意味ではみ出している部分が出ている曲だと思いました。

あいみょん:「憧れてきたんだ」は、絵本でいう“昔々あるところに~”っていう部分ですね。いろんな人に憧れて尊敬してきたから、私は音楽という芸術を選んでこういう風に曲を作ってますっていう前書きみたいな。

ーー「マトリョーシカ」では、女性をマトリョーシカにたとえている。こういう比喩の使い方も新境地ですね。

あいみょん:昔からこういう表現方法は好きだったんですけど、自分の作品にはあんまりなかったかもしれないです。たまたま家にマトリョーシカがあって、怖いなと思って(笑)。不気味、気持ち悪いなと思ったのがきっかけで。外しても外しても同じ顔で、裏の顔を持っているというか、脱いでも脱いでも別の顔が出るのは女性っぽいなと。それが人間の裏表を表現できる気がしました。

ーーアルバムの最後を「漂白」にした理由は?

あいみょん:アルバムを作っていて、最後の段階に入ってる時に1回通して楽曲を聞いてみようとなった時に「漂白」が、今までたくさん曲作ってきた中でもトップ5に入るぐらいいい曲やなって思ったんです。それで、「漂白」という言葉もちょうどよかったというか。歌詞でも、<ぶん殴りに行くからさ>とか<ふざけんな>とか言ってたりとか、強い口調で歌ってる曲もあってアルバム全体を通してエキサイトしてる感じはあるけど、最終的にはまた真っ白に戻して頭から聞いてくださいっていう風にも捉えられるかなって思ったり。

ーーあいみょんさんにとっても自信になる曲だったんですね。

あいみょん:初めての書き下ろし曲でもあったので。やっぱり10代の頃からいつか映画に関わりたいと思ってましたし。もちろんCDとして音楽は残っていくとは思うんですけど、一つの物語と一緒に音楽が残るってすごい素敵やなと思うんですよ。今回『恋愛奇譚集』の監督の倉本雷大さんに「あいみょんならこの映画を終わらせることができると思った」って言われて。撮影に参加してるわけではないのに、私が一つの作品を締めくくるんやと。全部を通して作品なんやって思っていただけることがすごい嬉しかったです。

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