柳樂光隆が選ぶ、「生演奏とプロダクション」の2項対立を超えたジャズ新譜5枚

ジェフ・パーカー『The New Breed』

 そして、生演奏と編集の関係と言えば、00年代からポストロックの代名詞的グループのTortoiseで散々追求してきたギタリストのジェフ・パーカーまでもが覚醒したのはうれしい誤算。シカゴのレーベル<International Anthem>からリリースしているドラマー/ビートメイカーのマカヤ・マクレイヴンに触発されたという本作では、JディラやATCQが好きだったというジェフの志向が爆発していて、ザラッとした音色から、60年代的なソウルフルなサウンド、Jディラ的なヨレヨレのビートなどが融合した極上のサウンドがすばらしい。それもそのはず、その中ではジェフのギターはもちろん、ドラマーのジャマイア・ウィリアムスが演奏していたりと、編集される前の生演奏素材はすべて一級品だ。そして、それをノラ・ジョーンズなどを手掛けるポール・ブライアンがエンジニアリングを行い、Jディラ『Donuts』を手掛けたデイヴ・クーリーがマスタリングしている。悪いわけがない。ただ、ここでの聴きどころはそういったプロダクションだけではない。ジェフが自身の理想のサウンドを追求した結果、ジェフのギタリストとしての個性が素直に出てしまったのが何ともうれしい。Tortoiseだけでなく、世界最高のジャズドラマーのブライアン・ブレイドのバンドのメンバーでもあり、ハイレベルなジャズギタリストでもあるジェフだが、参加作のサウンドに完璧に溶け込み貢献する一方で、ギタリストとしての自身のルーツがなかなか見えないのも特徴だった。ここでは彼が愛するギタリストからの影響が自然に見えているのが面白い。ジェフがグラント・グリーンのようにソウルフルなギターを聴かせる曲は、グラント・グリーンのギターをサンプリングしたATCQ「Vibes and Stuff」(『Lowend Theory』)のようにも聴こえたり。シャイだったジェフが本音を語ってくれたような気がして、なんだかうれしい作品でもある。2016年にリリースされたギターソロアルバム『Slight Freedom』と併せて聴くとさらにジェフのことがわかる。

カート・ローゼンウィンケル『Caipi』

 そんな流れで最後に紹介したいのが00年代のジャズシーンの最重要人物であり、ジャズギターの歴史を変えた皇帝カート・ローゼンウィンケルのアルバム『Caipi』だ。圧倒的な演奏力と超絶テクニックのギタリストのカートが、ミルトン・ナシメント的なブラジル・ミナスのサウンドを思わせる楽曲を、自身がドラムやベースやキーボードなどを演奏し、重ね合わせた多重録音の疑似バンドサウンドで生み出したこのアルバムは、彼が00年代から何度も関わっているヒップホップ・プロデューサーのQティップから得たものを結実させたものだろう。ジャズギタリストとして、マーク・ターナーやエリック・ハーランドらとジャズの最高到達点を更新してきたカートをイメージして聴くと、一見拙いドラムやベースに違和感を感じる人もいるだろう。「個」が集結してぶつかり合いながら調和するように音楽を創造していくこれまでの作品とは違い、ここでは全てが「楽曲」に対して奉仕するように奏でられていると思えばいい。

 これまでギターを弾きながら、声でユニゾンし、メロディーを強く奏でようとしてきたカートが、全ての楽器をメロディーに集約させるように奏でることで、カートの中にあったメロディアスな歌ものに対するセンスが最大限に発揮されている。ここでは、世界最高峰のドラマーではなく、あのカート自身が叩いた(一見拙い)リズムこそが必要だったのだ。あのリズムだからこそ、マジカルな魅力が生まれているのだ。ちなみに、このアルバムの最大のヒントになったのはATCQ『We Got It From Here... Thank You 4 Your』や『Amplified』で豪華なジャズミュージシャンに演奏させるだけでなく、ドラムやベース、キーボードなどを自身で演奏して、それをエディットし作品に使っていたQティップだったのだろう。Jディラがロバート・グラスパーを刺激したのとは別の意味で、ヒップホップはここでもジャズを刺激している。

 生演奏、バンド、トラック、ポストプロダクション。今や、ジャズミュージシャンたちは、それらを自由に選択し、自由に組み合わせ、新たな音楽を作り出している。こんなに刺激的な時代はこれまでにあっただろうか。引き続き、ジャズミュージシャンたちのチャレンジから目が離せない。

■柳樂光隆
79年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに寄稿。カマシ・ワシントン『The Epic』、マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー『Everything's Beautiful』、エスペランサ・スポルディング『Emily's D+Evolution』、テラス・マーティン『Velvet Portraits』ほか、ライナーノーツも多数執筆。

 

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