渡辺志保の新譜キュレーション 第7回
ケンドリック・ラマーとドレイクのバトルはまだ続く? USヒップホップシーン賑わす新曲をレポート
まるで春の嵐のように、3月に入ってからホットな新譜ばかりが続くUSのヒップホップ・シーン。すでに本年の最重要作品ともいえる楽曲のリリースが相次いでいる。まず、数日前に発表されたばかりのホットな最新楽曲から紹介していこう。
日本時間の3月31日の朝、ケンドリック・ラマーが新曲MV「HUMBLE.」を発表した。
ジャケットに写っているのは、教会のような場所で聖教師のローブをまとったケンドリックの姿。「謙虚」という意味を表すタイトルに重厚な雰囲気を帯びたジャケットだが、本楽曲の内容は相当ハードなものに。「俺が左に打てばヴァイラル(口コミ)・ヒットに、右に打てば小さいベイビーたち(=実力のないラッパーたち)が渦に巻き込まれちまう」と実力をひけらかしながら、フックでは「ちっぽけなビッチ、待てよ。出しゃばるな(Be Humble)」と、他者を諌めるケンドリック。ヴァース2では「オバマだって俺に会いたくて、ホワイトハウスに呼び出した」と、実際に彼がオバマ前大統領にホワイトハウスへと招待された事実も織り交ぜながら鋭く攻撃している。
ここで気になるのが、一体誰を攻撃しているのか? という点。これに関しては、兼ねてより潜在的なビーフが噂されてきたビッグ・ショーンとドレイクという二人のラッパーにその焦点が合っていきそうだ。歌詞に登場する「A.M. to the P.M., P.M. to the A.M.」という箇所は、ドレイクが得意とする「AM-PMシリーズ」を想起させるし、フックで使用されている掛け声のような「Hol’ Up (=Hold Up)」、「Lil’ bitch」というフレーズは、ビッグ・ショーンが頻用することでもおなじみだ。「お前のやることには驚かねえ」というリリックも、サプライズ・リリースや次々と新しい手法を用いて楽曲を作っているドレイクに向けたものかもしれない。加えて、「フォトショップ加工にはもうウンザリ。アフロ・ヘアやセルライトがついたケツみたいに、もっとナチュラルなものを見せてみろ」というラインが。ここは、整形疑惑(とくに豊尻手術)も度々ウワサされるニッキー・ミナージュに向けたものか? と思わせる箇所でもある(ちなみにこの時点でMVに出て来る女性はニッキーそっくり!)。
ちなみに、本MVを監督したのはデイヴ・メイヤーズとザ・リトル・ホーミーズ。ザ・リトル・ホーミーズは、ケンドリックが所属するレーベル<TDE>の幹部であるデイヴ・フリーのことでもあるが、ともに名を連ねるデイヴ・メイヤーズといえば、これまでにジャスティン・ビーバーやノー・ダウト、アリーヤなどのMVも手がけてきた名うての映像監督。特にミッシー・エリオットとの好相性でも知られ、以前からかなりぶっ飛んだMVを数多く手がけてきた人物だ。
ミッシーとの作品には、もともとドキッとするグロテスクな描写も少なくなかったが、今回も映画『マルコヴィッチの穴』を想起させるような集団のシーンや、ケンドリックの頭に炎が燃えるシーン、そして「最後の晩餐」を模したシーンなど、強烈なシーンがいくつも散見される。また、本楽曲のプロデュースは、アトランタ出身の人気プロデューサー、マイク・ウィル・メイド・イットによるもの。ジェイ・Z、ビヨンセ、リアーナ、フューチャー、レイ・シュリマーといったアーティストたちにヒット曲を提供してきた、今、最も勢いのあるプロデューサーの一人だ。ケンドリックの前作『To Pimp a Butterfly』のプロデューサーとしては、馴染み深いサウンウェーヴの面々やサンダーキャットといったメンバーが名を連ね、ロバート・グラスパーやジョージ・クリントンらまでもが参加していたが、マイク・ウィルを起用するあたり、次作のサウンド面においては、同じく人気ヒップホップ・プロデューサーのヒット・ボーイやT・マイナスらも参加した『Good Kid, M.A.A.D City』に似た雰囲気になるのでは? とも推測できる。もしくは、その二作を凌駕するよりハイエンドなサウンドだろうか(もちろん後者を期待する)。マイク・ウィルといえば、多くのゲストが参加した彼名義のアルバム『Ransom 2』も発表されたばかり。ケンドリックも参加しているので、興味がある方は是非こちらも御一聴を。