『私たちが熱狂した90年代ジャパニーズヒップホップ』トークイベントレポ

YOU THE ROCK★×DJ OASISが語る、90年代ヒップホップの真実 ウラ話満載のトーク実録レポ

 しかしながら、日本語ラップを始めた当初はオーディエンスの反応が悪く、苦労も多かったという。「Naughty By NatureやRun-D.M.C.、House Of Painなどの前座をやったけれど、本当にひどい扱いだった。下北沢でNaughty By Natureの前座をやったとき、『俺のディックはビッグだぜ!』ってかましたりしたけれど、前の方にいた女性たちは『はぁ?』って顔していて」とYTR★が明かすと、OASISは「ヒデ(ZEEBRA)が、ちょっと英語でラップをすると、ブラパンみたいな人が来て『あなた、英語できるの?』って、見方がガラリと変わるんだよね」と続け、会場が笑いに包まれる。

 苦労の時代を振り返ると、昨今のフリースタイルブームは感慨深いようで、YTR★は「本当に嬉しい。20年間人生を捧げてきて、なにかの礎にはなれたのかなと思う」と語った。一方でOASISは、「フリースタイルが形になってきたけれど、ヒップホップはそれだけではないってことも、改めて認識してもらいたいタイミング」と続け、若手ラッパー・KOHHの名前を挙げ、「彼の場合は文体や言い回しはとても今風なんだけれど、ちゃんとK DUB SHINEの方法論を吸収しているのがほかの若手ラッパーと違う。何をどう伝えるかが粋というか、ウィット感がある。そういうラップはリスナーとして長く聞くことができて、言ってみれば作品に持久力がある。フリースタイルは瞬発力の勝負だけれど、持久力も鍛えないと作品は残っていかない」と指摘した。

 そのほか、SOUL SCREAMのE.G.G.MAN(イジジマン)の名前は、渋谷のライブハウス「eggman(エッグマン)」を読み間違えに由来していること、親にヒップホップを説明するのがとても大変だったこと、当時の練習やレコーディングの風景、2015年に永眠したDEV LARGEについての思い出など、数多くのエピソードが語られ、盛況のままにイベントは終了した。

 ジャパニーズヒップホップが興隆した90年代半ばから約20年、当時から活躍するアーティストから学ぶことはまだまだ多そうだ。

(取材・構成=編集部)

■書籍情報
『私たちが熱狂した90年代ジャパニーズヒップホップ』
発売:12月22日(木)
出版社: 辰巳出版
編者:リアルサウンド

《構成》
【CHAPTER. 1 90年代ジャパニーズ・ヒップホップシーンの創造】
●荏開津広の90年代シーン解説[PART.01]
●YOU THE ROCK★ 90年代ヒップホップの着火点
●K DUB SHINE×DJ MASTERKEY アメリカから持ち帰ったヒップホップ精神
●宇多丸(ライムスター) 日本語ラップの進化と〝B-BOYイズム〞の確立
●川辺ヒロシ LB系の〝空気〞を生んだ横のつながり
●DABO×サイプレス上野 ヘッズから見た、90年代ヒップホップシーンの輝き

【CHAPTER. 2 カルチャーとしてのジャパニーズ・ヒップホップ】
●荏開津広の90年代シーン解説[PART.02]
●CRAZY-A 元祖B-BOYが語る、4大要素の発展と分化
●DJ KENSEI×DJ YAS DJの視点から見たヒップホップシーンの変遷
●DJ YANATAKE 宇田川町が〝レコードの聖地〞だった頃
●KAZZROCK ヒップホップとグラフィティの交差点

【CHAPTER. 3 ヒップホップ・カルチャーの伝播】
●荏開津広の年代シーン解説[PART.03]
●BROOKLYN YAS 日本でヒップホップをビジネスにした男
●高橋芳朗×古川耕 ヒップホップ専門誌『FRONT』『blast』が担った役割
●加倉井純 オーガナイザーが見た、当時のクラブシーン
●森田太(TOKYO FM) 『ヒップホップナイトフライト』から次世代へ

【90年代ジャパニーズヒップホップディスクガイド50選】

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