オトナの女がUsherに惚れる理由ーー作家/コラムニスト LiLyが最新作『HARD II LOVE』を分析
Usherが、約4年ぶりとなる8枚目のオリジナルアルバム『HARD II LOVE』を10月5日にリリースした。全世界トータル・セールス6,500万枚以上、グラミー賞8冠、9曲のシングルと4枚のアルバムで全米No.1を獲得し、「ハリウッド殿堂入り」を果たしたキング・オブ・エンターテインメント=Usherの最新作である。同作は、米『ローリング・ストーン』誌の最新アルバム・レビューで、「R&B界で最も信頼できるスターとしての姿勢を貫きながらも、ポップスの新たな可能性を絶妙に取り入れたアルバムを作り上げた」と評された。本コラムでは、『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)で審査員も務める作家/コラムニストのLiLy氏が、Usherの『HARD II LOVE』における“ラブソングの妙”を分析した。(編集部)
「ラブソング」と一言でいっても無数にあって、耳に入れずに街を歩くことは不可能なくらいに、今日もそこらじゅうで流れている。でも、その時の自分にピタリとハマる一曲との出会いは、稀。
むしろ、不意にメロディに乗って耳に入ってきてしまった「恋」とか「愛」とかの言葉に、違和感を持つことも増えてきた。男と女の関係が細かく設定されすぎたラブソングの、その内容に幼稚さをみて「……は?」などととっさに思って、鼻白む自分……。
そんな風に、いつの間にか、流行りラブソングに対して、「ヤバーい♡ 超分かるんですけど☆」などとは叫べなくなった/シニカルさを合わせ持つオトナになってしまった女性に、是非、聴いて欲しいラブソングがある。
それらが収められているのは、R&B界のキングことUsherのニューアルバムで、タイトルは「HARD II LOVE」。(恋とか愛とかの、安易な使用を許さぬ“怖めな私たち”にピッタリな題名でもある)。
グラミー賞8冠レベルの世界トップアーティストの、4年ぶりのアルバムクオリティは、どこを切り取っても「圧巻」のひとこと。今の時代の“音の最先端”が、この1枚に詰まっている。Usherが、今のトレンドを丸ごと呑み干すように自分のモノにしていって(流行りを取り入れたところで芯はまるでブレない最強の表現者であることをみせつけながら)、次から次へと名曲を生み出してゆくような全17曲。
最強にカッコいい1枚なのだが、今回特筆したいのはーー、
#4「Bump」から#5「Let Me」への流れ。たまらない。
「今のこれがどう始まったのかも、わからない」、「これがどこへ向かうのかも、わからない」、「今のふたりの関係につけるナマエも、わからない」、「それでもーーーー」。
止めることのできない、男女の初期衝動。
描かれているのは、それのみだ。1曲をつかって、互いとの初めての「キスをしはじめたふたり」の熱を、音の中に完全に閉じ込める。時間にして、4分と7秒。曲の長さすら、赤面しそうになるほどリアル。
タイトル「Bump」は、ふくらみだ。女性の身体の曲線と男性自身を同時に思わせるとともに、「How about little Bumping? How about little Loving? 」。非常にエロすぎるわけだけど、友達と恋人の差とは、互いに発情するか否か。これがラブソングでないわけが、ないのである。(02年に大ヒットしたKhiaの“My Neck, My Back”をサンプリングしているのもまた、ヤバイ)。
そんなスパイシーな発情の次に耳に入ってくるのは、とろけるように甘い「Let me(Love You)」。
どこへ向かうのかも分からずに始まったキスが、ホンモノの愛へと移行しつつあることを香らせる、この曲順。「僕にあなたを愛させてくれ」と、語尾をひきずるようにしっとりと歌いあげるUsherのこの音楽に、打ち抜かれない女心などあるだろうか。(INOJの名曲“Love You Down”を下敷きに、しているどころか、最後の最後にはそのままに使われていて、同年代のミュージックラバーは震えるはず)。
「恋」をする気持ちや「愛」を感じる心は、エイジレスなもののはずなのだ。だから、好きだ/切ない/別れた/悲しい一色のようにもみえる最近のラブヒットソングに舌打ちする自分自身に、一周まわって、空しくなっていた。
最近のラブソングがチープなのではなく、いつの間にかオトナになりすぎて、たとえば十代の頃の淡い心を忘れているのが原因なのかもしれない、と……。
でも、そんなことはないと、確信させてくれるアルバムだった。
ラブソングに共感できない自分なんて、イヤだ。そんなの、ひどくつまらない。世の中に用意された、甘いデザートを食べずに生きるようなものだ。
もし、恋の甘さや愛の刺激に飢えているなら、Usherを是非に。この音の世界の中に閉じ込められた「恋」とか「愛」とかに、どうか丸ごと酔いしれて。
■LiLy
作家。81年生まれ。N.Y、フロリダでの海外生活を経て上智大学卒。在学中から音楽ライターをはじめ、25歳で作家デビュー。著書全20冊。最新刊は「ここからは、オトナのはなし〜平成の東京、30代の女、結婚と離婚〜」(宝島社)。『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)では審査員を務める。Twitter/Instagram @LiLyLiLyLiLycom
■リリース情報
『HARD II LOVE』
発売:2016年10月5日
価格:¥2,200(税抜)
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