“諦恋”が実は恋愛観のスタンダード? 『ヒカリトカゲ』が描くラブソングの新たなかたち

 「恋」は、いつの時代にも欠かせないポップミュージックを彩るひとつのテーマである。恋に落ちた瞬間、恋の成就、恋の悩み、恋の終わり……描かれ方はさまざまであるが、リスナーは自らの経験と重ね合わせ、その楽曲に共感を求める傾向にある。なかでも「失恋」をテーマにした曲は聴く者の心に寄り添い、長きに渡り親しまれる曲となることが多い。

 しかし、「失恋」といってもそのシチュエーションは千差万別だ。たとえば、いま若者の間では「諦恋(あきれん)」という言葉が浸透し始めている。思いを伝えることなく終わりを迎えた恋、それを「諦恋」と呼ぶ。はっきりとした結果が出ぬまま、自身の思いに終止符を打つことは誰しも一度は経験することのように思う。自尊心や立場を守るため、傷つくこと/傷つけることを恐れて諦めてしまった恋。そういった思いはいつまでも心のどこかに深く残り続けるものである。

 そんな恋のかたちをテーマにした“諦恋”をもとに制作されたWEBドラマがある。2人組ボーカルユニットC&Kが歌う「ヒカリトカゲ」を軸にしたWEBドラマ『ヒカリトカゲ』だ。これは、「宮崎一家」の4人(父:堀部圭亮、母:片岡礼子、娘:坂ノ上茜、息子:江﨑政博)のストーリーを1話ごとに描いた全4話からなるオムニバス作品。東京国際映画祭、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭などで受賞した映画『FORMA』で注目を集める女性映画監督・坂本あゆみ氏と、プロデューサー・谷中史幸氏のタッグで製作された。

C&K WEBドラマ『ヒカリトカゲ』第1話

 『ヒカリトカゲ』では、どこにでもある平穏な家族がそれぞれに「諦めた恋」を経験しながらも、日常を過ごす様子が描かれている。密かに思いを寄せる花屋の店員から結婚の知らせを受け、静かに恋心を終わらせた父。遠くへ旅立つ夫の後輩とあえて互いの気持ちの核心に迫らず別れの言葉を交わした母。話しかける勇気が出ないまま憧れの人に彼女がいることがわかり、自らの思いを閉ざした娘。好きな子に思いを告げることなく、拒絶されてしまった息子……。決してドラマチックではなく、誰にでも起こりうるささいな出来事だからこそ、そのせつなさがよりリアルに伝わってくる。監督を務めた坂本氏は今回の映像化に際して「人間は、恋愛においては特に複雑だと思います」とのコメントを寄せているが、このWEBドラマで描かれている父と母が「諦めた恋」には、特にその複雑さが表れている。

C&K WEBドラマ『ヒカリトカゲ』第2話
C&K WEBドラマ『ヒカリトカゲ』第3話
C&K WEBドラマ『ヒカリトカゲ』第4話

 思いが実りハッピーエンドを迎えた恋も、誰にも気づかれずに終わりを迎えた恋も、いずれにも異なった価値は存在する。恋は人生を充実させるためのひとつのエッセンスであり、その間に生まれた感情や葛藤が自らを成長させる。これまで「失恋ソング」が多くの人々の共感を集めてきたように、「諦めた恋」を歌う“諦恋ソング”もまた、心に残り続ける思い出と寄り添うことで共感を集める恋愛ソングとして、今後定着していくかもしれない。

(文=久蔵千恵)

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