中島美嘉は“歌うこと”とどう向き合ってきたか 自叙伝『あまのじゃく』を読み解く
中島美嘉が初のCD付き自叙伝『あまのじゃく』をリリースした。「STARS」「WILL」「雪の華」といった代表曲35曲の詞を掲載。ノンフィクション作家の一志治夫氏の聞き書きによる本作は、これまでベールに包まれていた中島の半生を隠すことなく語りつくした内容になっている。大きな影響を受けたという母親との関係、深刻なイジメを受けた少女時代、シングル『STARS』で歌手デビューした2001年当時のビジョン、映画『NANA』をきっかけにした大ブレイク時の心境、耳の病気が原因となった歌の不調と休養宣言、バレーボール日本代表主将をつとめた清水邦広選手との結婚、そして、アーティスト活動の再開と未来への展望。まさに衝撃と呼ぶにふさわしいエピソードが並んでいるが、彼女の口調からはすべての事実を淡々と受け止め、自然体としか言いようのないスタンスのまま、さらに先に進もうとしていることを感じる取ることができる。どんなシリアスな状況にあっても、目の前の現実を直視し、自分自身の判断と行動で人生を選び取るーー周囲の目や常識に捉われなければいけない(もちろんこの原稿を書いている私も含む)人間にとって、中島美嘉の生き方は確かに「あまのじゃく」と映るだろう。そして、その媚びない姿勢はもちろん、彼女のアーティスト活動にも強く反映している。
デビュー当初から自分のスタイルを貫き、“アイラインとかメイクもほとんどしちゃダメで、衣装は白しか着ちゃダメ”という事務所の方針にも徹底的に反抗していたという中島美嘉。その独自の美意識は徐々にまわりのスタッフにも伝わり、その音楽性にも影響していく。抒情的なバラードのイメージが強い彼女だがーーそして、それはもちろん彼女の音楽の中心になっているがーージャズ、ラバーズロック、ブルース、ファンクなど、その音楽性はキャリアを重ねるたびに広がっていき、そのことが歌手・中島美嘉のオリジナリティを形成する大きな要因になったのだ。ダンスミュージック系のアイドルポップが主流を占めていた2000年代において、彼女が独自のポジションを手に入れることが出来たのは、彼女自身の際立った存在感、そして、そのスタイルを音楽と直結させたスタッフとのリレーションシップにある。なかでも重要なのは、本書にも登場する音楽ディレクター“コンディ”の存在だろう。今は亡きコンディ氏と中島の交流は、本書におけるひとつのポイントだと言っていい。
映画『NANA』(2005年)で一大ムーブメントを巻き起こした時期の記述も興味深い。彼女の友達が“「主人公が美嘉にしか見えない漫画あるんだけど、読んでみて」”というほどの原作との親和性、“7割ぐらいは自分の私服のヴィヴィアン・ウエストウッドでした”というファッションを含め「NANA」=中島美嘉というイメージは強烈に印象づけられたわけだが、彼女は「NANA starring」名義でリリースしたアルバムに『THE END』というタイトルを付け、「NANA」とのエンディングを自ら演出しているのだ。このエピソードにも、ひとつのイメージに定着するのを嫌い、常に興味が向いた方向に進もうとする彼女の生き方が如実に表れている。
そして本書の最大のハイライトはやはり、耳の病気の発症と休養、そして、そこからカムバックするまでを描いた「耳管開放症」の章だろう。当初はスタッフにも病気のことを隠していたというが、必死の治療も実らず、デビュー10周年を記念した日本武道館2公演、大阪城ホール2公演をキャンセル。さらにニューヨークでの長期休養(この時期の取材で彼女は「ロンドンは好きすぎるから、一度住んでしまうと帰ってこれなくなるかもしれない」とコメントしていた)、あるボイストレーナーとの出会いから立ち直るきっかけまでを描いたこの章からは、彼女のなかにある歌に対する強い思いがまっすぐに伝わってくる。じつは中島美嘉は、最初からシンガーを目指していたわけではない。自分に出来ることを探していた時期にドラマ出演のチャンスを掴み、たまたま歌手としてデビューしたのだ。しかし中島は作品とライブを重ね、自分自身の歌を求め、後押ししてくれるファンとの交流のなかで、自らの役割を自認することになる。それを端的に示しているのが“表現者として表現し、代弁するということを大事にしていきたい”という言葉だ。人々の悲しみ、苦しみ、つらさを引き受け、その気持ちを代弁するように歌うことで、また人生を歩き始めるきっかけにしてほしい。耳の病気と向き合い、その考えに至ったときに彼女は、歌うという使命を自らの身体に刻み込んだのかもしれない。
本書にはエッセイにまつわる14曲を収録したCDが付いている。特筆すべきは新曲「Alone」。“彼氏を失ったり、長年連れ添った夫婦がとか、いろいろな想像ができて、聴いた人がどうとでもとれるようにしました”というこの曲は、〈Aloneすぐに行くから/見つけ出すから/どこにいても〉というフレーズに胸を打たれるバラードナンバー。人はみんな一人であるという圧倒的な事実を見据えながら、それでも“ひとりじゃないよ。私が観ているよ”とメッセージする中島美嘉の歌はデビュー15周年を超え、さらに多くのリスナーから希求されているように見える。そう、これまでの半生を綴った「あまのじゃく」は、彼女の生き方と音楽が結びついていく過程、そして“代弁者としての中島美嘉”の誕生までを描いたドキュメンタリー作品なのだと思う。
(文=森朋之)
■リリース情報
『SONGBOOK あまのじゃく』
発売:2016年10月5日
価格:¥4,600(税抜)
DISC 1
1. Alone
2. 16
3. STARS
4. WILL
5. 蜘蛛の糸
6. LOVE NO CRY
7. 雪の華
8. A MIRACLE FOR YOU(No SE Ver.)
9. 僕が死のうと思ったのは
10. 声
11. ALL HANDS TOGETHER
12. Over Load
13. I DON'T KNOW
14. MY SUGAR CAT
『Forget Me Not』
発売:2016年11月2日
価格:¥1,165(税抜)
※2016年11月5日公開「ボクの妻と結婚してください。」主題歌
■オフィシャルHP
http://www.mikanakashima.com/