日本のポップス黄金時代を支えた“裏方”たちーー『ニッポンの編曲家』が伝える制作現場の熱気

「First Call~スタジオ・ミュージシャン列伝」という記事が『ギター・マガジン』2013年11月号に載っている(参考:http://www.rittor-music.co.jp/magazine/gm/13111011.html)。

 説明によれば「“First Call”とはミュージシャン用語で、アレンジャーやプロデューサーから真っ先にお呼びがかかるスタジオ・ミュージシャンのこと」で、フィーチャーされているのはギタリストの矢島賢。23ページにも及ぶ大特集で、詳細なレコーディングリストも掲載されていた。書店で雑誌の立ち読みをしていて「へー、こんな特集が」と開いたらすごい内容で驚き、そのままレジに持っていったのを覚えている。

 70年代、80年代の歌謡曲やニューミュージックを聴いていた人で、彼のギターの音を聴いたことのない人は絶対にいない。それくらい売れっ子だったギタリストである。長渕剛が一目置いていたことでも知られるが、しかし、矢島賢という名前に聞き覚えのある人はごく一部のマニアに留まるだろう。

 当時のレコードには演奏者のクレジットが記載されていないケースが多かった。特にシングルには何も書かれていないことがほとんどだった。スタジオ・ミュージシャンは署名性を求められない裏方であり、リスナーの大半も誰が演奏しているかなんて気にもしていなかった。

 だが今日、歌謡曲やニューミュージックはもはや歴史になった。相当なレア音源まで再発は進んだし、調査や研究、歴史自体の見直しを含めた再評価も、在野はもちろんアカデミズムでもやられるようになってきた。その一部はこのレビュー欄でも紹介した。

 一方で、資料からだけではなかなかわからない領域が残されてもいた。スタジオ・ミュージシャンもその一角で、それだけに『ギター・マガジン』のこの「First Call」は画期的だったのである。

 実はこの記事「新連載」とうたわれていたのだが、どうも第1回だけで立ち消えになってしまったようだった。「この内容を連載で毎回やるというのは大変なことだ」と思ったものだが、やっぱり続かなかったのだろう。

 それからしばらく経った昨2015年4月、矢島賢の訃報が流れてきた。訃報にあわせてDU BOOKSから、生前に収録できた矢島のインタビューを載せた書籍を制作中であるというアナウンスが出た。

 それが、先頃3月に発売されたこの『ニッポンの編曲家』である。

中心人物は早熟なマニア

 編曲家という存在も、事実の発掘や記録が遅れていた対象だった。ただしタイトルは「編曲家」となっているものの、大きく分けると3部構成になっていて、編曲家、スタジオ・ミュージシャン、エンジニアが扱われている。要するに歌謡曲やニューミュージックを支えてきた裏方全般が取り上げられているわけだ。

 まったく別の会社の別の企画なのだからこういう言い方はよくないかもしれないけれど、まるで「First Call」の意志を継ぎ完結させたかのような1冊なのである。

 各分野の重要人物たちのインタビューがメインコンテンツだが、それぞれの人物に関して、レコード会社ディレクターやマネージャーらの証言、当時関わった作家、歌手、アーティストたちのコメントやインタビューなども添えられている。矢島賢については野口五郎がインタビューに答えている。

 要所要所には内容を補足するためのコラムも挟まっている。音楽業界事情や用語などに不案内な読者はコラムから読むといいと思う。たとえば「インペグ」という用語があって本文にも頻出するのだけれど、業界外でこの言葉を知っている人なんてそういないだろう。

 各人の主要参加作品リストも作られている。巻末には特別付録として、参加ミュージシャンの判明した楽曲100曲のクレジットリストも収録されていて、これだけでも貴重な資料である。一例をあげれば、

■斉藤由貴「卒業」(85年)
(作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志)
Keyboard:武部聡志
Synthesizer Programmer:浦田恵司
Percussion:木村誠
Saxophone:ジェイク・H・コンセプション
Chorus:比山貴咏史、木戸やすひろ 他

という具合だ。

 4名の共著というかたちになっていて、川瀬泰雄、吉田格、梶田昌史、田渕浩久という名前が並んでいる。川瀬は、山口百恵、井上陽水などを手掛けた元ホリプロのプロデューサー。吉田は、南野陽子、原田知世などを手掛けた元CBS・ソニーのディレクター。梶田は(かいつまむのが難しいが)音楽研究家。田渕は本書の担当編集者である。編集者が著者にクレジットされているのが奇妙だが、取材文やコラムを書いているからか。

 本書の中心人物は、たぶん梶田だ。プロフィールにはこうある。

「1971年生まれ、東京都出身。小学生の時に聴いたYMOをきっかけにスタジオ・ミュージシャンに興味を持ち、ドラマー島村英二との出会いによって、中学生の頃から多くのプレイヤー、アレンジャーと親交を深める。80年代には担当ディレクターなどに自ら電話をかけ、参加ミュージシャンのリサーチ活動やスタジオ訪問、そしてプレイヤー視点での楽曲研究に傾倒する」

 早熟なマニアもいたものだと感心するばかりだが、爾来30余年の研究成果を集大成したのが本書ということになるのだろう。にわか仕込みとはモノが違うのである。

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