香月孝史が新作『SPOT』を分析

lyrical schoolが更新するアイドルラップ最前線 ニューアルバムで見せた音楽的成長を読む

 ライブ会場のアンコールの声をフィーチャーしたスキット「-8 p.m.-」を挟んで、アルバム終盤は再び色を変える。「CAR」、「月下美人」、そしてアルバムのリード曲になったtofubeatsによる「ゆめであいたいね」へと続く終盤の3曲が綴るのは、ステージの高揚から一歩降りたメンバーたちの夜のワンシーンを切り取ったようなメロウな情景。シングル表題曲に多く見られるパーティーチューンとは対照的なメロウな楽曲もまたlyrical schoolがかねてから特徴にしてきた一側面だが、ここでもメンバーたちの成熟がうかがえる。勢いで畳み掛けることができないスローなラップに対してはこれまで、こなれた歌い方をするのに苦労しているような局面も少なからず見られた。今作のメロウパートもまた模索の跡は感じられるが、各メンバーがそれぞれ自らのフロウを見つけながら、要求されるスキルが決して低くないこれらの楽曲にきちんと対応している。

 今作『SPOT』はこれまでのアルバムに比べても、序盤、中盤、終盤をはっきりと色分けし、それぞれにlyrical schoolが持つ様々な顔を見せている。それらが独立した三つの顔ではなく、アルバム総体として確かな統一感を持っているのは、そのいずれの側面も、グループおよび各メンバーの地に足の着いた成長の結果、自然に引き出されたものだからだろう。だからこそ、lyrical schoolはどんな曲を発表しても、趣向の妙よりも彼女たちの日常とも繋がったキャラクターの方が強くにじむ。アルバム一曲目の「I.D.O.L.R.A.P」は、ともすれば「アイドルがHIPHOPを意識すること」という趣向に埋没しかねない曲である。RHYMESTERのアンセム「B-BOYイズム」を引用した「イビツに歪む私たちイズムのイビツこそがリ・リ・ス・ク!」というフレーズから、細かな単語レベルに至るまで、ALI-KICKのリリックは日本のHIPHOPからの参照をあえて多く織り込んでいる。しかしこの曲は、近年ますます強くなってきたように見えるメンバーたちのHIPHOPへの敬意は活かしながらも、トータルとしてHIPHOPというジャンルへのあからさまな目配せといった感は不思議と薄い。むしろ、昨年の「PRIDE」から繋がったグループの現在地を示す、ごくナチュラルな楽曲に仕上がっている。堅実にレベルアップしてきた彼女たちが、ALI-KICKの課したハードルを見事に超えてきたということだろう。ALI-KICKが捧げた詞の通り、「借り物だったヒップホップ」が「借り物」でなくなった瞬間が垣間見える。その成長は、アルバムのラストを飾る既発曲の再録音、アコースティックアレンジの「わらって.net」および「S.T.A.G.E take2」での自由度の高くなった各メンバーのラップで、最後に今一度確認できる。とりわけこの一年で力強さを幾重にも増したayakaのラップに驚かされる。

 LITTLEやイルリメなど、他にもバラエティに富んだ顔ぶれが『SPOT』には参加している。こうした楽曲提供陣のバラエティもまたlyrical schoolの作品の楽しさではあるが、最後にここではグループのスタッフとして欠かせない岩渕竜也に一言触れておきたい。ステージ上でメンバーと細やかに呼吸を合わせるlyrical schoolが誇る唯一無二のDJ岩渕だが、同時にメンバーにあててもっとも古くからリリックを書いてきた人物でもある。スタッフとしてオン/オフのメンバーを見守りながら詞を紡ぐ岩渕の視点は、lyrical schoolが身の丈にぴったり合ったラップを続ける上で非常に重要な役割を果たしている。現在の彼女たちのステージ上での力強さを象徴する「PRIDE」も、ステージを降りて帰路につく車中のメンバーを静かにスナップしたような「CAR」も、その優れた詞は岩渕の手によるものである。ラッパー本人がリリックを書いているかどうかに拘泥せず、ラップという歌唱法の楽しさを浸透させることができるのもアイドルラップの大いなる美点だが、この時リリックを担当する者がこれだけメンバーに寄り添うことができるというのはやはり大きい。lyrical schoolが、アイドルラップの旗手という前例のないポジションを自ら開拓しながらも順調にその存在感を増してきたことには、メンバーとスタッフとのこうした幸せな歯車のかみ合わせも不可欠だったはずだ。昨年、恵比寿リキッドルームでのライブが発表された時、メンバー、スタッフ、ファンの誰もが、集客できるのかどうかに不安を抱えていたに違いない。気がつけばその高みをクリアしてしまったlyrical schoolは今年、7月25日にZeppダイバーシティ東京でのワンマンライブ開催を発表した。昨年リキッドルームのワンマンを発表した時同様、現段階では集客に不安を感じるのが正直なところだろう。目標はさらに飛躍度的に高い場所に移った。しかし、メンバーとスタッフが互いに実力を引き出し合うような連携で支持者を獲得してきた現在のlyrical schoolならば、それさえ杞憂にしてしまうのではないか。そんな希望を抱かせるのが、今の彼女たちなのだ。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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