キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第3回

初音ミク生みの親=クリプトン伊藤博之社長インタビュー「今は“いかに狭く売るか”という試みが大事」

「『いろいろな価値』が数値化・相対化されれば世の中は大きく変わる」

――クリプトン社でボーカロイドソフトウェアの開発を中心に担った佐々木渉さんなどはメディアの登場機会も多いですね。他の方を含め、社内の雰囲気はどういう感じでしょう?

伊藤:個性豊かですね。佐々木は実際にすごく音楽好きで詳しいです。DJをやってるネットワーク管理者がいたり、バリバリのギタリストがプログラマーだったり。どんな部署でも「何かを作っていること」が入社条件です。弊社のお客さんはクリエイターであり、彼らが必要とするものを作るのもまたクリエイターですから。プログラマーや経理であっても、クリエイターが大事にするものを理解できないときちんとした対応ができないと思っています。

――ボーカロイドを中心とするムーブメントは、とても盛り上がった分、これがピークだと見ている人もいるかもしれません。今後も広がっていきそうですか?

伊藤:これからでしょうね。現在のクリエイティブな動きをさらに定着させるためには、クリエイターにお金を分配する仕組みが必要ですが、それがなかなか難しい。例えば、iTunesで2012年にビートルズの配信が始まったときには、サンフランシスコの街中の看板が全てビートルズになりました。こういった動きをみると、「今のアーティストは過去のアーティストとも競争しなければいけない」と思う。有名になった過去のアーティストは、すでにブランドが出来上がっているので、それだけである程度のパーセンテージが売れていきますから。コンテンツが積み重なる量に応じて人々の収入が増えていけばいいのですが、そうはならないので、1アーティストあたりの期待値が下がっていくことになってしまう。こうしてお金という価値ですべてのものを評価してしまうと、次第に割に合わなくなっていくのは必然です。

――クリエイティブなものには、単にお金では測れない価値がありますね。

伊藤:音楽には「世の中の人にどれだけ勇気や元気を与えたか」という目に見えない価値があります。例えば、自殺しようと考えていた人がある曲を聴いて、踏みとどまることだってある。数年前にMITのメディアラボを訪問したとき、入り口に大きなディスプレイがあり、画像認識してその人がスマイルしているかを測り、ある程度笑顔にならないと入れないというシステムがありました。そういった実感・感覚のようなものが、世の中で数値化できるものが仮にあったとしたら、クリエイターはそのために頑張ることができるかもしれませんね。例えば、体にセンサーをつけて、血流などのパラメーターから幸せの数値が測れたりすると、ゲーム感覚で楽しいこと、幸せなことをクリエイティブして競えるようになるのではないでしょうか。色々なものが「見える化」する方向性に世の中の技術は向かっていますから、お金だけじゃない「いろいろな価値」が数値化・相対化されれば世の中は大きく変わるきっかけになるでしょうね。

(取材=神谷弘一/構成=中村拓海/撮影=下屋敷和文)

■公演情報
『初音ミク「マジカルミライ2014」in TOKYO』
日時:2014年9月20日(土)
昼公演 OPEN 12:00/START 13:00
夜公演 OPEN 17:00/START 18:00
会場:東京体育館

公式HP

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