キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第2回(前編)

アゲハスプリングス玉井健二社長インタビュー「今は邦楽を作っている人にとって大きなチャンス」

「邦楽は中国や東南アジアに対して、ものすごい訴求力がある」

ーー玉井さんの分析によると、欧米のポップミュージックにはブルースとカントリーがいつも根底にあって、本書ではそれを「ブイヨン」と呼んでいます。そして、そのブイヨンはいろんな形を取りながらも現在も効力を発揮していると。さらに「ブイヨンと出汁」という比喩で欧米と日本の音楽を比較していますが、それについて改めて教えてください。

玉井:「ブイヨンと出汁」としか表現しようがなかったのですが、単純に日本の音楽のルーツにはダンスという概念がないんですよね。もちろん、踊りという概念はあるんですけど、“聴くと踊り出してしまう”という種類のダンスはこれまでの日本にはなかった。幼稚園のお遊戯や盆踊りなどは形が決まっているもので、グルーヴを感じて踊るフリースタイルの文化がないし、そもそも日本語自体にもグルーヴはないんです。子音と母音の関係に対して、リズムが生まれないから、普通に喋っているとのっぺりとしている。その感じは演歌的というか、出汁的なニュアンスとして捉えられるかと思います。一方、英語圏では言葉にもグルーヴがあって、ブルースやカントリーの重要な要素になっている。それを新しいグルーヴにのせたり、色をつけたり、時代背景にのせたり、新しいテクノロジーを混ぜたりしている。ざっくりいうとそんな構造なんです。たとえばディスコのサウンドは、キックの位置とスネアがものすごく近い。なんでかというとその時代にハイハット専用のマイクが流行ったからなんです。それで録ると、スネアとハイハットが帯域的に喰いあうので、スネアの位置をキックと同じくらいの高さにすることになる。これは軸になるブイヨンに、テクノロジーが混ざって生まれたサウンドの一つと言えると思います。

ーー日本のポップスでは、ここ20年の間にブイヨン的な音楽が浸透してきたと言えますか。

玉井:たぶん、出汁とブイヨンが共存しています。90年代初頭くらいから、ブイヨン的な要素が一部の音楽通以外にも浸透してきたんじゃないかと。たとえば渋谷系といったものがそうですよね。渋谷センター街の奥のHMVで、ガラス張りのブースで白人のお姉さんが音楽をかけていた時代。普通の人たちも洋楽を聴くようになった時代です。当時、大学生の女の子の部屋に行くとちっちゃいコンポの横に4、5枚の洋楽のCDが立てかけられていたものです。でも、クローゼットを開けたらジャニーズのCDがどどーんと出てきたりして(笑)。

ーーそんな光景は見覚えありますね(笑)。一方で、近年はアイドルやボカロといったジャンルで、出汁的なものが増えている印象もあります。

玉井:2000年くらいから出汁ものが流通してきていますね。ジャンルが細分化してきて、邦楽っぽい洋楽じゃなくて、洋楽っぽい邦楽が圧倒的に増えました。たとえばトランスには「ジャパネイション」というサブジャンルが出てきました。これはトランスなんだけど歌謡曲で、とても象徴的にそうした流れを表していると思います。実は邦楽って、中国や東南アジアといった英語圏じゃない海外に対して、ものすごい訴求力があるんです。15年くらいまえにはじめて上海にいったときは、ラルクのポスターがいっぱい貼ってあった。浜崎あゆみさんも人気あったし、XJAPANとかもそうです。現地の方とカラオケ屋に行って安全地帯を歌った時は、とても喜ばれました。冷静に考えると中国の人口は公称13億人ほどですが、おそらく20億人はいる。そこにインドも加わるともう10億人加算される。そして東南アジアで2億人となると、合計33億人の市場になるんです。アメリカとヨーロッパを足しても10億人くらいなので、単純に3倍くらいの市場なんですよね。邦楽を作っている人、作りたい人にとっては大きなチャンスです。

ーーアジア諸国の所得水準が上がってきたら、音楽界のパースペクティブも変わっていくかもしれませんね。アゲハスプリングスとしても、今後はアジアを狙っていくのでしょうか?

玉井:そうですね。僕の中では恵比寿から発信している感覚があって、恵比寿から東京、東京から上海といった感覚です。僕らは恵比寿のいち工房ですが、本当に世界と繋がることができる。今、音楽業界はピンチだと言われていますが、僕らにとっては最大のチャンスだと思っています。本当にありがたい時代になりました。今までだと大きな会社とうまく繋がらないと世の中に対して訴求力を持てませんでしたが、今はそれ以外の道も出来てきました。たとえば、僕らのもとには既存の音楽業界以外の方も来てくれます。この間はある国家的研究機関の方からお話しをいただき、びっくりしましたよ。

ーー音楽を届ける方法が、海外や異業種への展開も含めて多様化してきたということですね。

玉井:本来、音楽という商品には形がなくて、コストがどれくらいかかって、捌いていくら回収してというのがないのが魅力で、プロデュースもまたそれ自体には形がない。形になるものに人気を与えていくということ自体が商品で、そこは世の中がどう変わっても何も変わりません。ただ、ひとつだけ変わるものがあって、それは僕らではなく、周りなんです。これまで作曲家のサクセスストーリーは、CDが100万枚売れて、JASRACから印税がはいってきて、いい車を買うといったものだけでしたが、それ以外の道もできる。単純にYouTubeで、通販で買ったものを紹介している人の年収が9億という例もあります。動画サイトでたくさん見られたものには価値があるということです。もしそれが僕らの曲だったら、価値が生まれているはずですし、買いたい人はいっぱい出てくるはずです。そういった人たちとちゃんと繋がっていることが重要で、逆に言うと、新しい環境やいろんなバリエーションで、ユーザーと作る人が繋がって両方がハッピーになれる形を作りたい。これはまだ僕らの世代が陣頭に立ってやることではないと思いますが、コンテンツへの支持率調査みたいなものができて、その支持率に応じて広告費が入ってくるという仕組みが形になるといいなと思います。数を求めるのか、深さを求めるのか、どちらでも構いませんが、この仕組みは広告を打つ人にとってもハッピーですよね。そういったハッピーな部分に対して、音楽やクリエイティビティーで貢献していれば、世の中の方が必ず変わっていくと、僕は考えています。(後編【アゲハスプリングス社長が語る、組織的プロデュース論「プロジェクト全体を組み上げる人材が必要」】につづく)

(取材=神谷弘一/構成=松田広宣)

■玉井健二
agehasprings代表・音楽プロデューサー。アーティスト活動や作詞・作曲・編曲家などを経て、1999年EPIC Records Japan入社。制作部所属プロデューサーとして多種多様の企画・制作に携わった後、2004年にクリエイターズ・ラボagehasprings設立。数々のアーティストのヒットを創出する。アニメ、映画、ドラマ、CM、ゲーム音楽プロデュースなど様々な分野でその手腕を発揮し、会社代表としては新たな才能の発掘も行っている。

■agehasprings
音楽×総合クリエイティブカンパニー。YUKI、中島美嘉、Superfly、ゆず、JUJU、flumpool、少女時代等々を手掛けるクリエイター集団。総合音楽プロデュース(2004年以降パッケージ総合売り上げが4000万枚突破)をはじめ、レーベル運営、広告戦略、映像制作、舞台演出など幅広い事業を展開。元気ロケッツやAimer、GOOD ON THE REELなどのアーティストマネジメントや、水口哲也、ジェーン・スーなどの文化系マネジメントも手掛ける。

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