青木優の8/17日比谷野音ワンマンレポ

ドレスコーズが日比谷野音で見せた新境地とは? 音楽的アプローチの変化を分析

 

 気がつけばこの日のライヴは、ドレスコーズが4月にレーベル移籍をした際の志磨の「そしてこの移籍発表をもって、ぼくらのあたらしい季節の幕開けをここに宣言します。新しいテーマは“ダンスミュージックの解放”です」というコメントをしっかりと裏づける内容になっていたのだ。それがまずは『Hippies E.P.』という形になり、さらにライヴの場でこうして姿を現したわけである。

 とはいえ、この新作からの曲以外では、まったく今までどおりのドレスコーズがいた。「トートロジー」や「Trash」で衝動を爆発させ、エイトビートの鼓動の上で激しくシャウトする志磨。それだけに今度のEPの世界は、新生面としての印象をさらにくっきりと残すことになった。

 今回のライヴ後、志磨は自身のブログを更新( http://artistblog.jp/blog/dresscodes/ )し、そこで「やっと聴かせることができた新曲群は、フアンの方に賛否両論だって聞く」「気に入っているぼくらからすれば、それはとても愉快なことだ!」と綴っている。つまりバンド側は今度のアプローチがファンに波紋を与えることを予想していたわけである。

 このことから思い出すのは2010年から2011年にかけてのことだ。そう、毛皮のマリーズを率いていた頃の志磨遼平が巻き起こした、あの一連の騒ぎである。荒々しいロックンロールを打ち鳴らしていたマリーズが、一転して人なつっこいメロディを唄い、スタジオ・ミュージシャンを動員しながら作り上げた一大ポップ・アルバム『ティン・パン・アレイ』。バンドの終わりをテーマに見据えて制作された最終作『ジ・エンド』。そしてこの2作の前後に起こったさまざまなことだ。ファンの期待をかわし、バンドとしての体裁を超越し、その危うさのまま突っ走った当時の志磨は、それでも自分の衝動に忠実に音楽を鳴らすことを遵守したのだった。ちなみに彼は奇しくも、これも先月のブログ( http://artistblog.jp/blog/dresscodes/comment49199.html )で、□□□が2011年に発表したアルバム『CD』について「個人的には、同時期にぼくが作った『ティン・パン・アレイ』というアルバムの兄弟作だと思っている」と触れている。

 

 もっとも現在のドレスコーズとあの時のマリーズでは、状況があまりに異なるのも確か。バンドとしての終わりを自覚し、捨て鉢の状態で激走した後期マリーズに対し、現在のドレスコーズは音楽的な新たなアプローチをアレンジャーを含めた全員で模索し、有機的なグルーヴに結実させるよう意識しているのだから。このへんはドレスコーズがミュージシャンとしての意識が高いプレイヤーを集結させたバンドであることの強みだろう。

 ということは、9月にEPをリリースしたドレスコーズは、その後も「ダンス・ミュージックの解放」に向けて突き進んでいくのだろうか? ……いや、ことバンドの方向性については自分のもくろみ通りに進まないことが多い志磨のこと、そう易々と、わかりやすく事が運ぶような予感は、あまりしない。果たしてこのバンドの新段階がどう展開していくのか、注視していきたいところだ。「ヒッピーズ」の<ああ 始めないと終われない/ああ なにもないとなくせない>というフレーズが、ないものねだりの、駄々っ子の志磨らしいなと思いつつ。

■青木優(あおきゆう)
1966年、島根県生まれ。1994年、持ち込みをきっかけに音楽ライター業を開始。現在「テレビブロス」「音楽と人」「WHAT's IN?」「MARQUEE」「オリジナル・コンフィデンス」「ナタリー」などで執筆。

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