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宮台真司の月刊映画時評 第7回(後編)

宮台真司の『シリア・モナムール』評:本作が『ヒロシマ・モナムール』の水準に留まる事実への苦言

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トランプ問題とEU離脱問題の共通性に社会の不可能性を見る

 『シリア・モナムール』を適切に評価するには、連載でも論じた『カルテル・ランド』と同じで、近代社会の崩壊過程を自覚する必要があります。お話しして来たように左右概念の陳腐化をもたらす近代の崩壊過程は、[①主権国家、②資本主義、③民主政]のトリアーデ崩壊として記述できます。その過程をイギリスのEU離脱騒動に即して、もう少し詳しく見ておきます。

 イギリスのEU離脱国民投票は、主権で幸せになるか(離脱派)、資本で幸せになるか(残留派)を、民主的に選ぶという形で、[①主権国家、②資本主義、③民主政]の今日的トリアーデを象徴しています。グローバル化による中間層分解&貧困化ゆえの資本主義イメージの悪化と、同じくグローバル化ゆえの移民流入を背景に、この二者択一では「主権で幸せ」が選ばれがちです。

 諸国がグローバル化する中で「主権で幸せ」を選べば、益々国際経済上の地位が沈下、益々中間層分解&貧困化が進み、理由がグローバル化による主権弱体化に帰属され、益々「主権で幸せ」を鼓舞する政治家が選ばれ、益々貧窮化…という悪循環が回ります。トランプ騒動も同じ悪循環を示します。これを支えるのが<感情の劣化>による民主政の故障です。

 逆に言えば、1960年代米国テレビドラマ的な「郊外家族のバラ色の夢」という資本主義への肯定的イメージがあったのは、非グローバル化を前提とした製造業の隆盛ゆえに、トマ・ピケティが言う「G(労働による利益)>R(投資による利益)」が実現して中間層が膨らんだからです。それがもたらす分厚いソーシャル・キャピタルが、メディアに直撃されない「公衆」を支えました。

 ところが1991年の冷戦体制終焉と、5年間の「平和の配当」を挟んだ後、とりわけ97年からの急速なグローバル化を背景に、中間層分解&貧困化が進んで資本主義イメージが悪化すると同時に、ソーシャル・キャピタルの減少が排外主義を餌とした<感情の政治>に釣られる<感情の劣化>を被った「大衆」を復活させ、民主政に墓穴を掘らせるようになります。

 EUはグローバル化を主権連携で制御する試みです。TPPも、無関税化が専ら焦点になりがちですが、潜在的にはグローバル化を主権連携で制御する試みです。ところがこの試みには二つの重大な欠陥があります。これから説明するような、⑴抜け駆け問題と、⑵広域民主政の困難です。それゆえに主権連携の試みは今後益々失敗しがちになることでしょう。

 ⑴から言えば、2014年に導入が図られたEUトービン税からのイタリアなど各国の離脱に象徴されるように、主権連携が進むほど抜け駆けによる利益が大きくなり、一国が離脱すれば「ぼやぼやしてると抜け駆けされる」と“蟻の一穴”的に抜け駆けが進みます。先に述べた<感情の劣化>もあるので、こうした方向への動きに民主政を以て抗うことは殆ど不可能です。

 次に⑵ですが、欧州議会選挙の低投票率ぶりに見る通り、ブリュッセル官僚の如き広域行政エリート(を操縦する政治エリート)が「我々」のことを考えてくれるとは思うのは困難です。それは、EU(欧州連合)に似た亜細亜連合が出来たとして、クアラルンプル官僚の如き広域行政エリート(を操縦する政治エリート)なるものを想像すれば、思い半ばに過ぎます。

 EUの如き主権連携的な広域政治は民主政に馴染みません。ルソーが『社会契約論』で民主政の人口上限を2万人に設定していた事実に関連します。上限内に収まれば、決定によって誰がどんな目に遭うか全員について想像でき、全員がそれを気に掛けます。これらが満たされる限りで討論した後なら、決定は多数決でも籤でも皆を気に懸ける王様でも良いーー。

 主権連携的広域政治を敷けば、政策は自ずと「お前には分からんだろう」的なパターナリズム(上から目線)になり、そこで政治を営む者は低投票率の選挙で無残な敗北を喫します。[①主権国家、③民主政]の組合せに依拠する限り、主権連携的な広域政治(に基づく行政)、即ち主権移譲に基づく超国家化は、②資本主義による中間層分解ゆえに不可能だと言えます。

 米国民主党大統領候補ヒラリー・クリントンのTPP反対への変節は、TPPが単なる非関税化よりむしろ主権連携によるグローバル化の操縦可能性を示す枠組であるのを思えば、「主権連携に民主政で支持を取り付けること」が、中間層分解下の<感情の劣化>を前提とした「感情の押しボタン」合戦の中では、高い知能を持つヒラリーにとってさえ難しいことを象徴します。

 ことほどさように[主権国家・資本主義・民主政]のトリアーデならぬトリレンマは、誰かがうっかり間違えたがゆえの困難ではなく、また、どこかに存在する巨大な悪がもたらしたものでもなく、誰が何をどうしようがどのみち陥らざるを得なかった困難だと言えます。それは、連載で何度も語ってきた通り、大規模定住社会が本質的に孕む困難に起因します。

 折しも京都市でOECD会議がタックスヘイヴン問題で「グローバル・ガバナンス」を討議しています。参加国が100に及びますが、「だからこそ」グローバル・ガバナンスに失敗するでしょう。多くの国がグローバル・ガバナンスに参加する程、抜け駆けした国の利得が増えるからです。グローバル化を主権連携で制御する試みの絶望的な困難さを指し示します。

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