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石崎ひゅーい『Huwie Best』に見える変化とは? 菅田将暉らとの交流から紐解く

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  石崎ひゅーいが、2012年7月のデビューから2018年3月までの5年半のキャリアを総括するベストアルバム、『Huwie Best』をリリースした。ファンに投票を募って選ばれた14曲、代表曲である「花瓶の花」と「夜間飛行」のアコースティックバージョン(どちらも通常バージョンも収録)、そして新たに書き下ろした「ピリオド」の、全17曲が収められている。

  レーベルからベストアルバムの話を提案された。最初は「ヒット曲があるわけでもないのに」と躊躇したが、今の自分を鑑みたところ、制作に関してすり減ってしまっている、空っぽになってしまっている、ということに気がついた。特に2016年12月リリースの最新アルバム『アタラズトモトオカラズ』を作り終えたあとは、曲の作り方自体を忘れてしまいそうなくらい、何も出てこない状態だった。だから、ここでいったん自分の活動にピリオドを打つ、そして次のステップに行く、その区切りとしてベストアルバムを出すというのは意義があることだと思った。その“ここで一区切り”という意味合いと、次のステップの第一歩という意味合いで、「ピリオド」という新曲を書いて収録したーー。

 このベストアルバムのプロモーションタイミングでのインタビューで、石崎ひゅーいはだいたいどこのメディアでも、そのような話をしている。もうひとつ足すと、曲を作り始めて以来ずっと、自分が生身で体験したことやそこで考えたことをテーマにして、つまり自分の身を削って曲を作ってきたが、それがもう限界まで達してしまった。という事実から目をそらしてきたが、もう向き合って認めてしまおう、そしてそれではない新しい方法での曲の書き方を探していこう、という区切りとしてのベストアルバムだと。で、その、曲を書く新しい方法の模索の第一歩が、新曲「ピリオド」であると。

 とてもよくわかる話だと思う。で、ある意味、「ああ、よかった」と、ホッとするような話だと思う。純粋すぎて剥き身で赤裸々すぎる、表現に向かう際に自分を守ろうとしていなくてとても無防備、セーフティネットがない、だから聴いているとドキドキするし目も耳も離せなくなるくらい魅力的なのだが、同時に心配でもある。今この瞬間砕け散ってしまっても不思議じゃないような危なっかしさを感じる、それが自分にとっての石崎ひゅーいの音楽である──ということを、僕は2年ほど前に、このリアルサウンドに書いた(参照:石崎ひゅーいはなぜクリエイターの評価を集めるのか 兵庫慎司が“目の離せなさ”について考える)。

 その危うさが本当にデッドエンドを迎える前に、自ら舵を切ったんだなあ、という意味でホッとしたわけです。

 で、今後だ。そこで“身を削る”以外の新しい方法で歌を作ることができるのか。というか、それでいい曲を生むことができるのか。職業作詞作曲家みたいな仕事を彼に求めているファンは、おそらくいないだろうし。

 そこで「ピリオド」だ。各メディアのインタビューによると、春の歌を作ろう、春といえば別れ、じゃあ失恋の歌をーーという順で、彼はこの曲を発想したという。自分が彼女と別れたから書いた、とかいう話ではなく、まずテーマを決めてそれがしっかりと聴き手に届くように、作家として、プロとして書いたわけだ。どうでしょう。春に別れを迎えた人のつらい心にそっと寄り添う、素敵な曲になりそうなもんでしょう。

 なのに、そうやってプロとして書いたら書いたで、それはそれで大変に極端な曲を生み落としてしまうのが石崎ひゅーいであることを証明してしまっているのだった。未聴の方はぜひ聴いていただきたいので、微に入り細に入り説明するのは自粛するが、大意だけざっとお伝えする。本当の恋だった、まるで夢のようだった、だから悲しい歌にならないように誰もが羨むような素敵な結末を探したーーという話から始まって、恋が終わって自分が取り残されるんじゃなくて恋の終わりと共に自分もちゃんと散りたかった、僕を散らせてくれ、そして君も散ってくれーーという結論になる。そんな歌詞が、リリカルで流麗なトラックをまとったせつなく美しいメロディに乗って歌われる曲なのだった。

      

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