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宇多田ヒカル スタッフが語る、活動再開で得た実感「ポップミュージックの価値は目減りしていない」

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 2016年、8年ぶりのフルアルバム『Fantôme』のリリースで華麗なる復活を果たした宇多田ヒカル。今回リアルサウンドでは、1年を通して国内外の音楽シーンを賑わせた本作の誕生を支えたスタッフである、ユニバーサル ミュージック Virgin Music沖田英宣氏と梶望氏に取材を行った。邦楽アルバムとして“歌詞”と”声”を意識しながら制作され、その要素を確実に届けるための工夫が凝らされた今回の一連のリリースについて、制作面を支えた沖田氏と、プロモーションを担当した梶氏が、それぞれの立場から振り返った。なお、本取材後に宇多田ヒカルのレーベル移籍が発表されたが、彼らは引き続き彼女の音楽活動を支えていくという。(編集部)

宇多田ヒカルには「孤独」を「共感」にできる力がある(沖田)

ーー『Fantôme』は、宇多田ヒカルさんの声と言葉にフォーカスをあてて制作したと伝わっています。この発想はいつからあったのでしょうか。

沖田:2015年からデモを作りはじめていたのですが、その段階で一度再始動に関する打ち合わせがあり、邦楽にとって一番大事なのは“歌詞”と”声”だと思う、という発言がありました。だからその二つの要素には制作当初からとても自覚的だったのだと思います。宇多田ヒカルを宇多田ヒカルたらしめる要素はたくさんありますが、僕がはかねてから彼女の歌詞の独自性を感じていました。特にそれを強く意識したのは3枚目のアルバム『DEEP RIVER』の頃。J-POPで誰も使ってこなかった歌詞表現がどんどん顕になってきて、それは活動休止中にできた「桜流し」にも顕著に表れていました。次に完成した「花束を君に」でも使われているのは平易な言葉ですが、日本語がわかる人だったら誰もが“切ないボタン”をピッと押されるような、そんな鋭さがありました。

ーー仕上がってきた他の曲はどうでしたか?

沖田:予想を遥かに上回る鋭さと、ちゃんと「2016年にポップスのアルバムとして出すんだ」という目配せができていて。曲が完成するごとに興奮していた記憶があります。

ーー“言葉”と“声”のアルバムでありながら、サウンドがグローバルな仕上がりだったというのは、宇多田さんのクリエイティブがそこへ向かっていたということなのでしょうか。

沖田:彼女はロンドンに生活拠点を移し、まだ子供が小さいということもあって、制作は現地のミュージシャン、サウンドクリエイターと行っていくというのが前提としてありました。その中で素晴らしかったことのひとつが、ミックスエンジニアのスティーブ・フィッツモーリスとの出会いです。彼は宇多田ヒカルの音楽をとてもクリエイティブに捉えてくれました。『Fantôme』がJ-POPマーケットの作品とは違う肌触りを持っているとするならば、それが大きな要因のひとつだと思います。実際、僕らは奇をてらったことをやったつもりはなく、どこの国にでもあるような楽器や機材で作っていっただけなので、どちらかというと、オーソドックスなものを作ろうとしていた気持ちの方が強かったかもしれないです。

ーー梶さんはプロモーションを担当されていますが、まず本作をどのように届けていこうと考えましたか。

梶:宇多田ヒカルは老若男女、しかも国内外含め、とても幅広い層に支持いただいているアーティストなので、どこに届けるべきかということには悩みました。しかし、作品に明確なコンセプトがあったので、とにかく「声と歌詞にフォーカスする」展開を考えていったんです。まず一つは、タイアップでどことご一緒するか。そこで言葉の美しさ、日本語の良さが伝わるような、文学的な魅力を理解していただける層に届けるためのタイアップとして、朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(NHK総合)と『NEWS ZERO』(日本テレビ系)が候補として上がりました。

ーーなぜその2番組だったのですか。

梶:“言葉ファースト”で作品を受け取ってもらえる対象を考えた時、普段から文字に接している、新聞やニュースを見る人。そして、恋愛というよりは人の営みというテーマに対して興味を持っている人、小説を読んでる人というペルソナのイメージがあって。そういう人たちが見ているであろう番組として候補にあがってきました。また、この2番組のタイアップの魅力は、毎日楽曲がかかるということ。これはすごくいいなと思いましたね。さらに幸運なことに、どちらの番組のプロデューサーさんも宇多田ヒカルの大ファンだということで、話がよい形で進んでいきました。今の時代、取ってつけたようなタイアップはあまり効果が出ないんです。番組の作り手からもその曲が愛されないと視聴者には伝わらないし、広がらない。アーティスト、事務所および制作陣にも「こういうタイアップの話が具体的に決まるかもしれない」と提案したところ、タイミング的にもいいということで「花束を君に」「真夏の通り雨」でアーティスト活動の再始動が決まりました。

ーーその他に楽曲を届ける際に工夫されたことは?

梶:五感の中で一番強いのは視覚ですよね。今回インパクトの中心はあくまで声と歌詞にしたかったのと、アルバムレコーディング中だったこともあって、あえて本人をしばらく出さない戦略を考えました。9月28日が発売日だったんですが、4月4日に新しいアー写と楽曲を公開して、本人のMVを出したのは9月6日。完全に楽曲中心のプロモーションを5カ月間行いました。その間は歌詞サイトで歌詞に対する感想をファンから集めてウェブ上で本人とコミュニケーションしてもらったり、テキスト上で質疑応答コーナーを作ったりということをやっていきましたね。

沖田:焦らしましたね(笑)。

梶:(笑)。それで9月6日に初めて「花束を君に」のMVで本人を登場させたんです。宇多田ヒカルにはファンクラブもないので、初出しの本人映像で一気にファンとの6年間のブランクを縮めたかった。なので、MVも本人が目の前にいるかのような、セルフィーに近いクリエイティブにして。その後は椎名林檎さん、KOHHさん、小袋成彬さんとのフィーチャリングをギリギリで告知したり、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で歌う「桜流し」のMVを『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』制作チームに作ってもらって1日限定で公開するという話題づくりをしていき、サントリー「南アルプスの天然水」の大型タイアップを経て、最後に『SONGS』(NHK総合)で今作が「母親に捧げるアルバム」だということをテレビで初めて本人が伝えたわけです。実はこの順番がとても大事で。彼女の曲は100人が聴けば100の景色があることが、多くの方々に支持されている一つの理由でもあると思います。本人のイメージだけで最初からプッシュしてしまうと、曲やアルバムが持つポテンシャルを殺してしまうことになりかねない。なので、発売までにしっかり楽曲を浸透させて、リスナーそれぞれの景色が描かれたあとで作品テーマを伝えていきました。順を追って伝えたからこそ、今作のテーマにも共感していただけたのだと思います。

ーー『SONGS 』で最後に歌われた「道」も、エピソードを聞いてから聴くと違った印象を受けました。

梶:それが、結果SNS上での話題性にもつながっていきます。僕は「語らせてこそ情報として伝わる」ということをずっと説いていて。とにかく楽曲について絶え間なく語ってもらう。溢れる情報の中で情報を滞留させるためには、常に話題にしてもらうことが重要なんです。だからその会話のための慣らし期間とネタ期間と最後の大ネタという文脈を作り、その話題の流れを成立させていく仕組みを走りながらですが、丁寧に作っていきました。

ーー宇多田ヒカルさんの歌詞の特異性については、どうお考えですか。

沖田:僕は、ポップミュージックとは共感を生むための優れたメディアだと思っています。例えば松任谷由実さんだったら、聴き手はその歌詞の世界観に「憧れ」を抱いたり、忌野清志郎さんを筆頭とするロックンロールのアディテュードでは「長いものには巻かれないぜ」というシンパシーを生んでいたりすると思いますが、宇多田ヒカルにとってのそれは「孤独」しかないと思っていて。そして、その孤独を「私は寂しいんです」という旧来の歌謡曲的アプローチではなく、「誰しもが孤独を抱えているんだ」という、「孤独」を「共感」にできる力があった。だから、アーティストが発信する価値観に対して、「いいな」と思うのが今までの聴き手と歌詞の関係性だったとするならば、喩えるなら風邪をひいたかな、と気づいた時にはすでにひいていた、みたいな、宇多田ヒカルの歌詞をいいと思った時にはもう自分の中の孤独と呼応していたという、そんな特性があるのではないかなと思っています。

梶:彼女の作品のすごさは、主語が変わると景色が変わるところにあると思います。「花束を君に」にしても<普段からメイクしない君が薄化粧した朝>というフレーズで、リスナーはとと姉ちゃんやご自身の恋人や奥さんとのお出かけ前の景色を思い浮かべたかもしれない。でも、彼女の中では、母親が亡くなった時の死化粧なんです。これがヒットメーカーの言葉の選び方というか、誰にでもできることではないなと。だから僕も、伝え方は間違えちゃいけないと思いましたね。最初からお母さんのことを歌っているという共感で届けていくことをしていたら、完全に失敗していたでしょう。楽曲の持っているポテンシャルを最大限に引き出すための戦略を考えるのは、とってもシンプルだけど、とっても難しいことです。プッシュ型でやっていくほうが楽なんですよ。でも「こういうイメージだから、こういう共感を呼んでこういう風に受け取ってもらえればいい」とやってしまうと、今の世の中の人たちがNOなんですよね。イメージを決めて、大量露出を図れば右向け右となった時代も20年前ぐらいにあったのは事実ですが。今はそういったコミュニケーション、押し付けがましいものは途端にスルーされてしまう。ですから、受け取り側の気持ちに立ってどう我々は楽曲を届ける環境を作っていくかということを、とにかく考えていきましたね。

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