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「DEAD AT BUDOKAN Returns」ライブレポート

Ken Yokoyamaはなぜ8年ぶりの武道館で「語り続けた」のか? 石井恵梨子がその理由を探る

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 本編と2回のアンコールを合わせて披露されたのは24曲。ボリュームたっぷりと思われるかもしれないが、そもそもKen Bandの楽曲は2分半前後のショートチューンが多い。単純計算すれば1時間でも24曲やりきることは可能なのだ。だから開演からラストまで2時間10分という演奏時間を考えれば、曲が少ない、あるいは曲数に対して時間がたっぷりある、ということになる。

 そのたっぷりの時間を使って、横山は終始、語り続けていた。演奏と同じくらいの時間をかけ、同じくらいの熱量を込めて、客席に言葉を投げ続ける。安定のシモネタや最近ブームらしい「コマさん」ネタで盛り上がる場面があり、なぜ日の丸を掲げるのかを熱弁し、明日で5年だと東北に思いを馳せるシーンが多々あった。さらには演奏に入る前、これはどんな気持ちで作った歌、どんなふうに受け止めて欲しいと、一曲ごとの簡単な説明も加えていく。そうして演奏しながらもスタンドマイクを移動させ、アリーナの歌声を、観客それぞれの声をなるべく聞き取ろうと動き回る。つまり、このライブの中心にあったのは、声であり、対話であった。

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Photo by Jon

 「音楽」を主語にするなら、別にやらなくてもいいことだ。だらだらとMCを垂れ流すくらいなら演奏で納得させてみろ、曲の解説なんて野暮だから歌で伝えろと、私も普段ならそう思う。さらにマイクの移動はケーブルが絡まるからスタッフも大変だし、ぐらつくスタンドが床に倒れることで不要な雑音が何度も演奏中に入ってくる。そういうことを全部わかったうえで、横山はこれをやるのだろう。「音楽」にとって「やらなくてもいいこと」が「俺」にとっては「やらなきゃいけないこと」なのだと、強い使命感すら感じさせる表情。彼の一語一句に大興奮している観客は、だから「音楽」を楽しみにではなく「横山健」を感じるために来ているのだ。曲が始まればモッシュとクラウドサーフの嵐だが、ただ馬鹿騒ぎがしたいというノリはまったく感じられない。前回の武道館公演と比べても、どれほどの変化だろうと気が遠くなる。

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Photo by Jon

 8年前はもっと軽かった。今思えば「俺たちのヘッドが大舞台に立つから、今日は祭りだべ」と騒ぐヤンキー集団のようなノリさえあった気がする。我ながらひどい喩えだが、当の横山だってきっとお山の大将だった。ハイ・スタンダードの呪縛から抜け出してようやく軌道に乗せたソロキャリア。家庭を持ち子供を授かったプライベートの幸福。そういう身辺を曲にしては喜び、初の武道館だからそのための曲も用意しようとノリノリで新曲も作り上げた。自分を肯定することが最重要で、祝祭は自分に付いてきてくれる人たちのために。そういう世界で完結していたのが2008年1月の話だ。

 だがそこから作品の色は急速に変わっていく。ぬるいロックシーンに突然牙を剝いた4th『FOUR』。東日本大震災を受けて必死のユナイトと愛を呼びかけた5th『Best Wishes』。さらには老いていく自分をロックンロールと重ね合わせ、存在意義はどこまであるのか、やり残したことはないかと自問を始めた最新作『Sentimental Trash』。すべてが熱苦しいまでの使命感を背負った、渾身のメッセージだった。

     
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