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栗本斉の「温故知新 聴き倒しの旅」

岡村靖幸が信奉され続ける理由は? サウンド・言葉・ダンスの独創性を再考

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 岡村ちゃんこと、岡村靖幸といえば、どこかぶっ飛んだシンガー・ソングライターといイメージがあるのではないでしょうか。なかには毛嫌いする人も多いかもしれませんね。嫌われる理由もわからなくはないです。エキセントリックな歌詞や歌い方、テンションの高い立ち居振る舞いなどは、あきらかにフツーの人ではないですから。でも、それ以上に、彼の個性に惹き付けられるファンも多く、カリスマ的な存在であることは間違いありません。だって、Mr.Childrenの桜井和寿やDREAMS COME TRUEの吉田美和もファンを公言しているのですから。とはいえ、やっぱり好きな人は好きだけど、そうでない人にはとっつきにくいというか、食わず嫌いになってしまうことも多いようです。

 たしかに彼は、1986年にシングル『Out of Blue』でデビューして以来、とにかく音楽もキャラクターも規格外の活躍ぶりで突き進んできたという印象があります。まず、言葉の使い方がとっても強烈。挑発的だったりセクシュアルだったりと個性の出し方も様々ですが、「19才の秘かな欲望」や、「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」といったタイトルのつけ方もセンスも独特でした。とくに、自己愛の究極の形ともいえるサード・アルバム『靖幸』(1989年)と、さらに尖った音楽性を示した4作目の『家庭教師』(1990年)という2枚の珍品大傑作を聴けば、どんだけ個性的なのってこともわかるはず。「どんなことして欲しいの僕に」では、“ねえ君のパンツの中で泳がせてよ”なんて語るし、「家庭教師」にいたっては、“靖幸ちゃんが寂しがっているよ”なんて言い出し始める始末。まあ、これじゃあちょっと引いてしまうんじゃないかなということは、ファンにとっても察しが付くでしょう。

 おまけに、彼のステージを観た人なら、もっと驚くかもしれません。とにかくクネクネと操り人形のように踊る姿は、思わず笑ってしまうほどすごい。デビュー当時からなんだかへんてこな感じだなあと思っていたのですが、最近のライヴ映像を見ても全然変わっていないどころか、さらにキレが良くなっているようです。たしかにダンサブルな楽曲が多いので、本人が踊ること自体には違和感はないのですが、歌うことと同等かそれ以上に力が入っていて、なんでアイドルばりに踊らなきゃいけないんだろう、なんて考えてしまうくらいなのです。

     
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