菊地成孔が綴る、“教え子”服部峻の音楽的才能「一目で天才であると解った」
服部峻が、11月13日ファースト・フルアルバム『MOON』をリリースした。映画美学校音楽美学講座の第一期生として15歳で特別入学を許可されるなど、若くしてその才能を評価され注目を集めていた彼であったが、高校卒業と同時に姿を消していた。それから数年後、6曲入りの処女作『UNBORN』(2013年)をリリース。映画音楽製作のため取材旅行で訪れたインドでインスピレーションの構想が膨らみ、今作『MOON』が完成したという。
今回リアルサウンドでは、映画美学校時代に彼が師事していたという菊地成孔氏による紹介文を掲載。作品に関しては、音楽ライター・小野島大氏による新譜キュレーション連載でも触れられているので、こちらもあわせてご覧いただきたい。(編集部)
「ゆったり、のびのびと才能を開花させて行って欲しい」(菊地成孔)
服部君が映画美学校のワタシのクラスに入学して来たとき、それはそれはもう、一人で家に帰れるの?というぐらいの危なっかしい美少年で、一目で天才であると解りましたが、ワタシは倉地久美夫とか藤本敦夫とか水上聡とかいったアウトサイダーの天才達と共演して来て、言わばアウトサイダー慣れ/天才慣れしているので、いやあ楽理科なんかにこんな天才が入って来て、彼が悪く傷つかなければ良いな、危険を感じたらすぐにドロップアウトして欲しいと願いながら講義を続けるばかりだったのですが、確か、楽理科だけではなく、録音技術科も受講していたので、そのせいもあったのでしょう、服部君は無事2年間の過程を終了し、随分とデモテープも貰いました。
当時のデモテープは、天才の修業時代としか言いようが無い、物凄い閃きと、自分をコントロール出来ない身体が混濁して、メチャメチャな音を出している。といった状態でした。ワタシはあらゆる天才達にして来たように、助言や褒め言葉等々は一切口にせず、黙っていました。
その後もいろいろあって、無事卒業した服部君は、これは「天才あるある」で、熱狂的な信者に事欠かず(中にはJ-WAVEのディレクターとかいました。確か)、「絶対にブレイクする」という、虐待的な期待のかけられかたをしてはワタシの要らぬ親心をヒヤヒヤさせたのですが、更に幾星霜、最後に会ったのは2年位前、作品集が出来たから渡したいと言って、アーバンギャルドのヴォーカルである大変美しい女性(親友だそうです)と一緒に現れ、ハイアットリージェンシーのピークラウンジでアフタヌーンティーをした時だったと思いますが、「これは美少年あるある」で、ちょっと見ない間に、すっかり精悍な青年になっていたので、 少しは作品にまとまりが生じて来たかなと思って聴いてみた所、まだかなりバラバラでした。
作品が同一性を持って独立し、メッセージを放つ、と、これは至極簡単に言うと「大人になる」という事ですけれども、もう少々様子を見るか、どうせいつかその時は必ず来るのだから、と思い、しばらくしたら本作が届き、ワタシは、とうとうこの日が来たなと思いました。
本作は大変素晴らしい出来である事に間違いはありませんが、天才が修業時代、不自立時代、習作時代を終え、やっと同一性を持った「作品としての第一作」であって、まだまだ服部君の才能はこんなものではないので
1)サンプラーやカオスパッドやMIDIや波形編集の効果やトライバルについてよく知らない、悪人ではないが、あんまり音楽の事が解っていないダメな大人達に過大評価されすぎないこと。
2)アルカとかクラップ!クラップ!といったような、自分と近隣するポジションとコンセプトにいる、同時代人の優れた音楽 を、徹底的に聴くか、あるいは一切聴かないこと。
の2点に気をつけて、ゆったり、のびのびと才能を開花させて行って欲しい、と願っています。
(文=菊地成孔)
■リリース情報
『MOON』
発売:11月13日(金)
価格:2,000円(税別)
<収録内容>
01. Startup
02. Old & New
03. The Sand Effects 04. She
05. Rickshaw
06. Borderline
07. Gravity
08. Chota Bheep
09. Pink
10. Soma
11. Partition
12. Forgive Me
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