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西廣智一『日本ヘヴィメタル/ラウドロック今昔物語』第1回「LOUDNESSが我々に残したもの」

X JAPAN、BABYMETALの海外進出を準備した? 先駆者LOUDNESSの音楽的功績を振り返る

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西廣智一
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 80年代にヘヴィメタルと呼ばれていた音楽がいくつものサブジャンルを産み落とし、そこからいくつもの変遷を経て、2000年代にヘヴィメタルとは似て非なるラウドロックというジャンルへと進化した。聞くところによると、このラウドロックという呼称は日本特有のサブジャンルだという。実際、どんな音がラウドロックと呼ばれるものなのかを想定してみると、実はその幅が意外と広いことに気付かされる。そりゃヘヴィメタルだってパワーメタルからスラッシュメタル、デスメタルやブラックメタルまで含まれるわけだから、一概に「こんな音がヘヴィメタルです」と説明するのは難しい。でもリスナーによっては「これはヘヴィメタル」「これはラウドロック」と聴き分けできるはずだ。

 今回から始まったこの連載では日本のヘヴィメタル黎明期……ここでは1980年以降とさせてもらう……から“ジャパメタ”と呼ばれるバンドたちの活躍、そして90年代の冬の時代〜取って替わるように誕生したヴィジュアル系、2000年代以降のラウドロックまで、この30数年にわたる決して長くはない歴史を振り返りながら、特徴的なアーティストたちを紹介していきたい。

 さて、初回にどうしても紹介しておきたいバンドがいる。それが今回の主役、LOUDNESSだ。

 アラフォー以上の方々には今更説明は不要だろうが、彼らがいなければその後のジャパニーズヘヴィメタルシーン、もっと言えばV系もラウドロックも存在しなかったのではないか……そこまで断言させてほしい。アラフォー以下の人たちからしたら、もしかしたら(現在も精力的に活動しているにも関わらず)過去の遺物と認識しているのかもしれない。でもね、僕ら世代にとってLOUDNESSは君たちにおけるLUNA SEAやラルクであり、ワンオクやSiMなんですよ。

 80年代半ば、ちょっとギターのうまい奴らはみな、高崎晃のギタープレイを完コピしようとした。「CRAZY DOCTOR」のギターソロや「S.D.I.」のタッピングが弾けたらちょっと周りに自慢できるくらいの、そんな存在だったのだ、僕たち世代にとってのLOUDNESSは。

 LOUDNESSがデビューしたのは1981年。イギリスではNWOBHMが勃発して数年経ち、アメリカではL.A.メタル界隈がブレイクを果たそうとしていた時期だ。日本ではこれに呼応するかのように、LOUDNESSをはじめとするいくつかのバンドが結成され、日本独自のムーブメントを確立させようとしていた。これがのちに“ジャパメタ”と呼ばれるジャパニーズヘヴィメタルシーンへと成長していき、数々のフォロワーを生み出していくことになる。

 その先陣を切ってメジャーデビューを果たしたLOUDNESSは、もともとメンバーの2分の1(高崎晃と、今は亡き樋口宗孝)がアイドルバンド・レイジーとして活躍していたこともあり、そのデビューは鳴り物入りだったと聞く。「聞く」というのは、その当時自分はまだ小学生低学年だったため、彼らの音はおろか名前すら知らなかったからだ。その後の彼らの快進撃は、オフィシャルサイトのプロフィールやWikipediaを追えば一目瞭然。やはり今から30年前にアルバムを全米チャートTOP100入りさせ、オープニングアクトとはいえマジソン・スクエア・ガーデンのステージでライブを行ったという事実は、今でこそX JAPANやL'Arc-en-Cielが同会場でワンマンライブを行ったりもしているが、「洋楽>邦楽」が当たり前のように思われていた80年代半ばにこの快挙を達成させたことは、やはりものすごい偉業だったと断言できる。事実、全米チャートにしてもLOUDNESS以降はDIR EN GREYが躍進するまで20年以上も間が空くし、ラルクがMSGで単独公演を敢行したのも2012年の話だ。そう考えれば、改めてその凄みをご理解いただけるだろう。

LOUDNESS『THUNDER IN THE EAST 30th Annversary Edition』ティザー映像

     
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