ワイルドなアメリカのBBQ姿がXで話題に 温かな異文化交流から感じるSNSの変化と“立役者”
最近、Xでは海外ユーザーによるバーベキューの投稿が、かなり盛り上がっている。とある日本人ユーザーが投稿した、アメリカ人男性が庭でバーベキューをしている画像に、外国人が続々と反応。「俺たちのやり方はこうだぜ!」と言わんばかりの勢いで、各々のバーベキューのスタイルが披露された。なかには動画で紹介しているユーザーもおり、それはもう楽しそうに肉を焼く姿が写っている。また、その投稿に対して今度は日本の焼肉の様子や、そこで知った海外の肉料理を試す様子なども投稿されている。
Xではたびたびアメリカ人の豪快なライフスタイルが注目を集めることがあったが、今回は単なるバズではなく、その投稿を見た日本人も巻き込んで自然な会話が生まれている。その裏で活躍しているのが、Xに先日から実装された「自動翻訳」機能だ。本記事では、この“異文化BBQ交流”を起点に、SNSの変化について考えてみたい。
何気ない日常から感じる文化の違い
大量の煙に包まれたアメリカ人が、笑顔で巨大な肉を焼いて「おいでよ、兄弟」と呼びかける。筆者はこの一連のやりとりを見たときに、「Xはもうずっとこんな雰囲気であってくれ……」と思ってしまった。それほどまでに、今回の交流は温かくて、ほっこりする。バーベキューというポジティブな内容だからというのもあるが、これまでのXが殺伐としすぎていたからこそ、そのギャップで、肉を焼いて手招きする彼らの姿がより眩しく見えたのかもしれない。
感覚としては、焚き火を見ているときに近い。スマートフォンを放り投げ、全身で自然を浴びているときに感じるような、開放感と癒しが、このバーベキューの写真から伝わってくる。本来は原始的で、直接体験するはずの自然の楽しさを、SNSを通じて摂取しているのも不思議な話だが、実際にYouTubeなどでは、キャンプや車中泊の動画が大きなコンテンツになっている。むしろ、SNSに疲れている人ほど、こうしたコンテンツに強く惹かれるのかもしれない。
また、“ほっこり感”と同時に、異国のカルチャーとの違いを新鮮に感じられたという点も、ここまで話題になった要因に感じる。そもそも、庭でバーベキューをするにはそれなりの広さが必要だし、人数も揃える必要がある。広大な土地があって、ホームパーティ文化が根付いているというのが、日本人にとっては新鮮だ。そして、投稿されている画像がいわゆる“映え”を意識したものでないところも、魅力的に感じられる。撮って出しの投稿だからこそ、現地のリアルな生活が伝わってくる。その何気ない日常を切り取った写真から、バーベキューというのはアメリカ人にとって、本当に日常の延長なのだな、ということを実感した。
Grokの「自動翻訳」機能はSNS本来の価値を取り戻す一助となるか
今回の“異文化BBQ交流”の流れにひと役買っているのが、X社が開発するAI「Grok」だ。GrokはXのシステムにも組み込まれており、昨年からアメリカでスタートしていた「海外言語の自動翻訳」機能が正式ローンチされると、瞬く間に言語を超えた交流が活発化した。そして、Grokの特徴でもある少しラフな口調は、SNS特有のやり取りにも向いているように見える。今回の海外ユーザーと日本人ユーザーとのやりとりは、このGrokの翻訳によって盛り上がっていたのだ。
SNSを通した異文化交流でいえば、以前にも似た事例がある。Xで“インプレゾンビ”が増え始めた際に、自国の文化を発信する方が有益だという呼びかけがあり、一時期はお互いの国の文化を発信して交流する動きがあった。
一方で、以降も“インプレゾンビ”の投稿は減ることがなく、バズった投稿のリプライ欄は実質的に機能していなかった。だからこそ、今回のやりとりは価値のあるSNSの変化だと思う。収益目的ではなく、単純に“自分たちが楽しいと思うことを知ってほしい”という動機が伝わってくるからだ。
最近は、よりSNS疲れが加速しているように感じる。メンタルの消耗や意図しない炎上を回避するために、“X断ち”をする芸能人の事例も見受けられる。SNSが発達し、情報の拡散がしやすくなった一方で、文脈を無視した切り取りや、発信者のキャラクターやイメージありきで発言を受け取られてしまうという一面もある。結果、Xを辞めた方がいいという判断になるのも理解できる。
今回の一件を経ても、Xの殺伐とした雰囲気や、アルゴリズムによって偏った情報が舞い込んできてしまう現実は変わらず、“インプレゾンビ”も消える気配はない。だが、今回の“異文化BBQ交流”という流行は、Grokの機能を含めて、「AIとSNSのいい使い方」として評価できる事例だろう。少なくとも、異なる国同士のユーザーが対話を交わすハードルは、Grokのおかげでかなり下がったと言える。
そして何よりも、SNS社会になった反動から「リアルな会話」や「人間味のあるやり取り」を求めていたユーザーは多いはず。今回の事例を見ても、ただ情報を受け取るだけでなく、日本のユーザーも「うちの国はこうだぜ!」と会話に参加しており、こうした交流を求めるユーザーが多かったことが伺える。
SNSの現状は変わっているわけではないが、今回の交流は「本来会話ってこうだったよね」という当たり前に気づかせてくれるような、素敵な化学反応だったのではないだろうか。