連載:クリエイティブの方舟(第8回)
水溜りボンド・カンタ×Naokiman対談 情報過多な社会で、影響力を持つクリエイターが果たすべき役割とは
「『AIなんて』と拒絶反応を示しているのは、僕たちが最後の世代」
ーークリエイティブとテクノロジーの関係についてもお聞きしたいのですが、お二人はこれからの「AI時代」をどう捉えていますか?
Naokiman:僕はぶっちゃけ、3年もすれば僕たちが「クリエイティブ」と呼んでいる概念のすべてが根底から覆ると思っています。それこそ、有名俳優の存在意義すら変わってしまうような時代が来るかもしれない。「AIなんて」と拒絶反応を示しているのは、僕たちが最後の世代なんだと思いますよ。
カンタ:僕も仕事でAIをテーマにした番組や映像に関わっていますが、すでにとんでもないクオリティのものが生成AIによって実現できるようになっていますよね。AIが進化するスピードは人間の学習能力を遥かに超えていると感じます。
Naokiman:物心ついた時からAIネイティブな子どもたちは、「なんでAIが作ったものじゃダメなの? 便利じゃん」とすんなり受け入れるようになると思います。いまの子どもたちがテレビの画面を見てスワイプしようとしているように、AIと人間の作画の境界線なんて彼らには意味を持たないようになる。
さらには、イーロン・マスクが手掛ける「Neuralink」のように、脳にチップを埋め込んで情報を直接ダウンロードする技術もすでに数人規模で実現しています。3年以内には数万〜数十万人規模になるかもしれない。
カンタ:進化と呼ぶべきか、退化と呼ぶべきか怖い時代ですね。僕はずっとGoogleのアルゴリズムと戦いながら映像を作ってきたので、自然に帰りたくなるときもあります(笑)。すべてがAIによって高度に代替され、誰もが簡単にハイクオリティな映画や作品を作れるようになった時、僕たちクリエイターはどう立ち回ればいいんでしょうね?
Naokiman:AIが作り出す表現が完璧になればなるほど、最終的に人間が求めるのは「AIの手が加わっていない不完全なもの」へのプレミア価値だと思います。人間が作った野菜や、巨匠が作った家具などに数億円の価値がつくような世界になるかもしれない。
だからこそ、僕がこのスタジオを作ったように、リアルに人が集まり、腹を割って話せる「コミュニティ」の価値がこれから爆発的に上がっていくはずです。リモートだけでは満たされない感覚的な繋がりを、人間は本能的に求めているともいえます。
AIが発展した後の社会は「誰もが暇になり、世界平和に繋がる」
カンタ:AIによって仕事が奪われて暇になった人類は、どうなっていくんでしょうか?
Naokiman:暇になるからこそ、70億人全員がAIをツールとして使って、無限の表現ができるようになると思っています。ある意味、表現が広がることは「世界平和」に繋がるんじゃないかと考えているんです。
カンタ:どういうことですか?
Naokiman:例えば、強盗に遭って包丁を突きつけられた方がいたんですが、その体験を100回人に話すことでトラウマを克服できたそうなんです。ラッパーが怒りを曲にして昇華するように、誰もが自分の苛立ちや悲しみを、AIを使って3秒で映画や作品として吐き出せるようになれば、他人に直接攻撃性を向けることが減るんじゃないかと。
カンタ:なるほど。嫌なことがあったら、悪口を書く代わりに作品の中で発散するわけですね。一方で、メディアが分散し、情報が錯綜する中で、大勢の人を動かすことの恐ろしさも感じませんか?
Naokiman:すごく感じます。過去に僕がネタのつもりでついた嘘を、多くの人が本気で信じてしまったことがありました。その時、大勢の人を動かすのは本当に簡単で、反射的・自動的に情報を信じてしまう人が多いことに恐怖を覚えましたね。
カンタ:都市伝説や様々なニュースを扱うNaokimanさんは、そうした状況の中でご自身の役割をどう捉えていますか?
Naokiman:今はもう、単なる情報そのものにはあまり価値がないと思っています。何が真実か見極めるのが難しい時代だからこそ、「これを信じろ」と押し付けるのではなく、情報を整理し、まとめてみんなに伝える役割が最も重要だと感じています。X(旧Twitter)などで、インプレッション稼ぎのためだけに中身のないコピペ発信を繰り返しているような人たちは、AIの台頭とともに必ず淘汰されます。ゼロからイチを作れる人だけが残っていくはずです。
「クリエイターは攻め続けることでしか自分を安心させられない生き物」
カンタ:先ほどコミュニティの価値についてお話がありましたが、どんな人と繋がるかも重要になってきますよね。
Naokiman:そうですね。僕はYouTuberの友達がほとんどいなくて、企業のお偉いさんや政府関係者など、他のジャンルの方々とのパイプが多いんです。色々な世界の人と繋がることで、情報の見え方も変わるし、より本質的な会話ができるようになっていると感じています。
少し言いづらい話ですが、稼いでいる人とそうでない人のコミュニティって、周波数やエネルギーの違いで明確に分かれていくんですよ。例えば、ファミレスの会話と、予約の取れない高級店のカウンターでの会話は、質が全く違います。類は友を呼ぶというか、結局はその人の「気遣い」や「心の質」が、属するコミュニティを決めているんだと思います。
ーーお二人とも、YouTubeという一つのプラットフォームに留まらず、次々と新しい挑戦を続けていますが、その原動力はどこにあるのでしょうか?
Naokiman:同じことを続けていれば稼げることは分かっているんですが、それだけをやっていると、視聴者も自分もその表現に耐性がついてしまって面白くなくなってしまう。だから同じことを伸ばし続けるのではなくて、横に広がるような動きをして、全く新しい解釈を加えたり、新しい場所で試したりするんです。
このバカ高い家賃のスタジオを構えたのも、ある意味で自分を追い詰めるためなんですよ(笑)。明日から収入がゼロになるかもしれないというヒリヒリした状況の中で、新しいチャレンジをする方が圧倒的に刺激的で楽しいんです。
カンタ:僕たちクリエイターは、常に攻め続けることでしか自分を安心させられない生き物なんですね。ただ、周りからの期待に応え続けなきゃいけないという使命感で、休むのが怖くなる瞬間はありませんか? 僕は毎日投稿していたときにパニック障害みたいになったことがあって。「ぼーっとする大会」を開いて、何もしない幸せに気づかなきゃいけないなと思ったこともありました。
Naokiman:めちゃくちゃわかります……。期待されるとそれに応えなきゃいけない気がして、使命感に駆られますよね。成功者が死ぬ前に「もっと家族を大切にすればよかった」と後悔する一方で、家族を大切にした人は「もっと仕事をしておけばよかった」と後悔するようなもので、結局どっちが正しいかは言えません。
カンタ:仕事で生き生きしたい時もあれば、休みたい時もある。そのバランスをうまく取りながら、自分が本当に信じるクリエイティブの軸をズラさずに生き抜くことですね。今日は本当に、普段のYouTubeでは聞けないような、クリエイターとしての思想の根幹に触れるお話がたくさん聞けました。
Naokiman:こちらこそ、楽しかったです。クリエイティブについてここまで深く語り合う機会はなかなかないので、すごく新鮮でした。