“炎上ブログ”を参考に、AIがあなたをバズらせる 大成功の映画キャンペーン『絶対にバズるSNS Y』の仕掛人たちが語る裏側

AIによる生成と検証の「二段構え」システム
――この企画において、具体的にAIはどのように活用されているのですか?
芹川:AIの活用は、大きく分けて「生成」と「検証」の2つのフェーズに分かれています。社内では「二段構え」と呼んでいるのですが、AIをサービスに組み込むときは、基本的にこの両輪でコンテンツの品質と安全性を担保しています。
――まず生成フェーズについて教えてください。
芹川:AIの最も中心的な役割は、ユーザーが投稿した画像の特徴を読み取って「粗探し」を行い炎上コンテンツをリアルタイムで生成することです。
――まさに芸能人ブログの炎上を思わせるような。
芹川:具体的には、X風のリプライ、DM、トレンドワード、LINE風SNSでの家族や友人との会話、炎上をテーマにしたTikTok風動画の台本などを生成しています。裏側で動いているのは『Gemini 2.5 Pro』です。あ、僕たちは普段「ジェミニくん」って呼んでるんですけど......。
――ジェミニくん。ChatGPTの「チャッピー」みたいですね。
芹川:ジェミニくんは指示の追従性やクリエイティビティという意味で、いま最も使い勝手が良いAIモデルだと思っています。プロンプト自体はかなり長いのですが、綿密に作成しました。プロンプトによって生成しているコンテンツの内容を、我々が意図しない表現にならないように調整していくというのが最後までこだわった部分ですね。
――AIは画像のどのような部分を読み取って炎上を生み出すのでしょう?
芹川:基本的に隅々まで見てもらい、あらゆることにツッコミを入れてもらっています。ジェミニくんはマルチモーダル、つまりテキスト+画像など、複数の要素をかけ合わせて理解する能力が高いので、プロンプトを読んだうえで画像を認識する、といったことを高い精度で成立させてくれます。画像分析では、表情、視線、体勢、メイク、服装、清潔感、服のサイズ、シワ、季節感、ドレスコード、TPOなどなど、事前に項目を用意し、見てもらうようにしています。
――検証フェーズはどのように機能していますか?
芹川:これには「内容の検証」と「形式の検証」という2つの側面があります。私たちが目指したのは「理不尽で笑える炎上」です。そのため、内容の検証ではAIが人を深く傷つけるコンテンツを生成しないよう、事前に「何が不快な炎上か」を定義し出力の内容を調整しました。これは単なるNGワードフィルターではなく、文脈を理解し、不快な表現を避けるようなものです。

芹川:形式の検証では、技術的な側面から、AIの出力がシステムの意図通りであるかを常に検証しています。AIからの出力形式をJSONというデータ形式で指定し、「リプライは10個、DMは10個生成する」といったルールを設けています。もしAIがそのルールを破った場合、プログラムがそれを検知して、正しい形式になるまで自動で再実行し続ける仕組みを導入しています。これにより、予期せぬエラーを防ぎ、安定したユーザー体験を保証しています。負荷を抑えるために、検証フェーズでは『Gemini 2.5 Flash』を使用しています(※)。クリエイティビティを必要としない、ある種の機械的な作業はこちらで十分ですね。
【※:ここでいう「負荷」は、サーバーへの負荷ではなく、サービスを通じてGeminiが利用された際のレート制限(生成上限)への負荷を指す】
v0が実現した「30分で動くモック」という革命
――先程、モックを作る際に「v0」というAIツールの名前が登場しました。制作フローにもAIを活用しているんですね。
ブライアン:「v0」は自然言語でWebアプリケーションを生成できるAIツールですが、デザイナーの自分にとっては本当に革命的でしたね。デザインのガワだけでなく、実際に動くサイ トのUIのベースをAIが構築してくれるんです。
神山:特に今回のような案件では力を発揮しましたね。以前別の案件で使おうとしたときはオリジナルのUIを作る必要があったんですが、v0にいちからデザインを起こしてもらうのはなかなか難しかったんです。でも今回は、X、LINE、TikTokといった既存のデザインをベースにする制作スタイルだったので、完成イメージの共有が容易で、かなりの精度で作れました。
ブライアン:「v0」に「機能はそのままにUIだけLINE風に差し替えてください」と指示を出すだけでできてしまって、驚きましたね。生成されたUIに対して「利用規約を目立たせて」といった具体的な指示をAIと対話するように繰り返すことで、高速で改善を重ねました。おかげでクライアントに見せる初稿の段階で、ほぼ本番に近い完成度のモックができました。
――モックから実装に落とし込むのはどういったプロセスになるのでしょう?
ブライアン:デザインは「v0」で出力してもらった画面をベースに、HTMLからFigmaのデザインファイルに落とし込むプラグイン「Magic Patterns」を使って、ワンクリックでFigmaのデータに変換しました。工数のかかるワイヤーフレーム作成作業そのものが不要になるんです。最終的にFigmaで手直しして調整していくという流れです。
岡田:中身についてはAIの中身のモックもすでに完成しているので、それをv0に流し込むことで、仕様通りに近い状態で出力できました。ただ、実装のコードはそのまま使わずに、あくまで体験を見るための参考という感じですね。
――開発期間はどのくらいだったんですか?
岡田:炎上シミュレーターの企画が決まってから提案までは1~2週間くらいです。初期モックを作り始めてからローンチまでは2カ月でした。
ブライアン:僕がモックを作る1週間前に「こういうのあるけど」みたいな話が来て、一気に話が進みましたね。実質的な作業期間でいうと、本当に1カ月半ないくらいです。
岡田:リモートのメンバーもいる中でこのスピード感で完成できたのは、自分たちのことながら、普通に考えてすごすぎるかもしれないです(笑)。従来なら3~4週間かかることを、1週間でできる。AIがなかったら、この提案自体ができなかったと思います。
“予算オーバー”が証明する中毒性の高さ
――企画の中にAIを組み込むとなると予期せぬトラブルが想定されそうですが、いかがでしたか?
岡田:先程芹川が言ったように、今回の企画を通じて「プロンプトさえしっかりしていれば、AIはコントロールできる」ということがわかったので、制御がきかないというようなトラブルはありませんでした。むしろ今後の企画の幅も一気に広がった部分は本当に大きいです。
ブライアン:もちろん、事前にトラブルにつながりそうな要素は潰しているということもあります。先程お話したように単なる誹謗中傷のようなコメントが出力されないようにするのと、芸能人、著名人の顔が写った写真はアップロードしても弾かれるように、Amazonが提供する顔認証技術「Amazon Rekognition」も導入しています。
神山:制作の過程ではないのですが、強いて言えばGeminiのAPI利用料で予算を使い切っちゃったことはありましたね。予想以上の反響と利用数があって、最初に設定していた予算を大幅にオーバーしてしまったんです。
岡田:しかも正式に予算を増額してもらう前だったので、ある程度自社で肩代わりするということになったんですが、もうみるみる増えていって、やばいやばい! って感じで(笑)。
――なるほど。生成数に応じてAPIの利用料がかかるわけですもんね。今後AIを使ったサービスの成功指標の一つになるかもしれませんね。
岡田:映画の客足も好調で、Xでも狙い通りしっかりバズりました。結果的にクライアントが追加で予算を入れてくれることになりまして、最終的に合言葉方式にして、しばらくの間は映画を観た方が利用できるようなかたちで残していました。
――X上でもかなりユーザーの反響がありましたね。
岡田:中毒性の高さは想像以上でした。平均滞在時間が非常に長く、中には一人で200回もプレイしてくださったユーザーもいました。
――200回! “炎上”を楽しみきっていますね(笑)。
神山:最高ですね(笑)。意図しない遊び方の発生も面白かったです。ユーザーが自らプロンプトを改変してAIの反応を試し、その結果を共有するという、私たちが意図しない遊び方が自然発生しました。AIが中心にあるからこそ生まれた、新しい形のUGC(ユーザー生成コンテンツ)であり、新たな口コミを生むきっかけにもなりました。
ブライアン:あと一番ウケがよかったのは、TikTokでよく見かける共感動画“風”のパートですね。
――TikTokパートが流れた瞬間本当に爆笑しました(笑)。
ブライアン:誰もが一度は見たことがある種類の動画のパロディです。耳にタコができるぐらい聞いたピアノのフリーBGMにAI音声がニュースを読み上げる例のやつです(笑)。企業のプロモーションでここまで細部にこだわって作るのか、といった評価の声ももらいました。
芹川:「AIってこんなことができるんだ」という驚きの声も多くありましたね。特に、物議を醸すことも多い画像生成AIとは異なり、テキスト生成AIはある意味で平和的な活用法。多くの方に好意的に受け入れられたことは大きな発見でした。
生成AIの基本は「ベストプラクティス」を選ぶこと
――今回のお話を伺っていて、メンバーの皆様全員が企画へ強くコミットしていると感じました。
岡田:面白いアイデアをいっぱい思いつく人と、AIが作ったコードをちゃんと監修できる人と、指示を具体的に出せる人、それぞれの役割分担が重要です。なおかつ我々はみんな面白法人カヤック出身のメンバーなので、お互いのこともよくわかっている。阿吽の呼吸で案件に取り組める最小人数であり、これがベストな形だと思っています。
――そこにAIが組み合わされば、まさに鬼に金棒ですね。AIとうまくコミュニケーションを取るにはどうすれば良いのでしょう?
芹川:プロンプトを作る際にまず基本として知っておくべきは、各AIモデルにはベストプラクティス、つまりこういう書き方をすると期待通りのアウトプットが出やすいとされる、プロンプトの構成や文法があるんです。ロール(役割)とゴールを設定してあげるとかもそうで、基本的にはこれに沿った形で書く。AIモデルごとにそれぞれ提供企業が公開しているので、それを学ぶのが一番ですね。あとはこういった使い方をする際は参考となる例文を出しておくのもすごく重要だと思います。

――下手に自己流でやろうとせずに、まずは説明書を読むことが大事だと。
神山:はい。そして、企画の部分ではやはり言語化が超大事だと思います。面白さをAIに落とし込むとき、そこの橋渡しをできるかできないかで全然変わります。私たちのチームの場合、私が言語化し、芹川と細かくすり合わせをしてから、芹川がプロンプトに起こしてAIが実行、という流れです。これができると、AIを操作しているというより、なんというか“マヴっている感じ”になるんです。
――マブダチ……あ、「マヴ(※テレビアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』に登場した架空の戦術「M.A.V.戦術」において、二人一組の連携を行うパートナーのこと)」の方ですか?
神山:そのマヴです(笑)。本当にうまく連携できていると、AIともシンクロしている感覚になるんです。
岡田:本当にそういう世界になってきたなって思いますね。ディレクションとプロンプトスキルが大事なんですけど、そこの指示を出してくれれば、いろんな方が絶対にAIを使いこなして面白いものをいっぱい作れると思います。特にフロントエンドエンジニアの価値はめっちゃ上がると思います。
「絶対にバズるSNS Y」スタッフクレジット
企画制作:no plan
企画・プロデューサー・プロジェクトマネージャー:岡田晃治
クリエイティブディレクター・アートディレクター:神山紗貴子
企画・コピーライター:日野原良行
テクニカルディレクター・バックエンドエンジニア:芹川葵
デザイナー:skinnybrian
フロントエンドエンジニア:Yos:Q、入江信之介
バックエンドエンジニア:鈴木聡
映画『俺ではない炎上』のストーリー
大手ハウスメーカーに務める山縣泰介(阿部寛)は、ある日突然、彼のものと思われるSNSアカウントから女子大生の遺体画像が拡散され、殺人犯に仕立て上げられる。家族も仕事も大切にしてきた彼にとって身に覚えのない事態に無実を訴えるも、瞬く間にネットは燃え上がり、“炎上”状態に。匿名の群衆がこぞって個人情報を特定し日本中から追いかけ回されることになる。(中略)無実を証明するため、そして真犯人を見つけるため、決死の逃亡劇が始まる――。
『俺ではない炎上』より
■関連リンク
『俺ではない炎上』
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