連載「堀江晶太が見通す『VRChat』の世界」第1回:前編
新連載「堀江晶太が見通す『VRChat』の世界」 VRとの出会い、ハマったきっかけ、本業への還元を語る
「やろうと思ったら、やっていい」――音楽イベントで思い出した、当たり前の可能性
――『VRChat』は、ゲーム配信プラットフォーム「Steam」で配信されていますが、設計はゲーム的ではありません。その点はどのように受け止めましたか?
堀江:「ゲーム」としては、空白や余地が本当に多いものだと感じました。「始めたらまずここに行ってね」といったチュートリアル、ミッションやクエスト、ストーリーなどはなく、いきなり広大な『VRChat』の世界に放り出されます。予備知識がない状態で入ると「何をしたらいいか分からないゲーム」と受け止めてしまう方もいるかもしれませんね。
ただ、自分はそこが一番面白いところだと感じました。何をするか、何を生み出していくかは、ユーザーのモチベーションとアイデア次第。ある意味、究極のオープンワールドMMOみたいなものですよね。“遊びしろ”がたくさんあるところが、初めてログインした時に印象に残りましたし、個人的には嬉しい設計だと感じました。
――堀江さんご自身も、最初は友人と一緒に訪れたものの、いきなり『VRChat』へ放り出されたのだと思います。そこからどっぷりとハマっていくまでには、どのような経緯があったのでしょうか?
堀江:最初は、先駆けて入っていた友人からいくつかワールドを教えてもらいました。「Japan Town(※現在はワールド非公開)」や「FUJIYAMA」など、大きなパブリックワールドが主です。そこへ行き、その場にいた人に「今さっき始めたんです」と話しかけて。
すると、いろいろな人たちから、おすすめのワールドや設定を教えてもらったり、「一緒に行く?」と声をかけてもらったり、とても親切に接してもらったんです。
やはり、『VRChat』は「最初はなにをしたらいいかわからない場」であり、それをわかった上で居続けるほどには、この世界に愛着がある人が多いんですよね。だからこそ、本当に親切な人が多いし、自分が面白いと思うもの、愛しているものの良さを分け与えたい人がとても多いのだと思います。海外で道に迷ったときに、親切な現地の人が「一緒に来る?」「よかったらウチまでおいでよ!」と声をかけてくれるのと、近いのかもしれないですね。
こうして、コミュニケーションが好きなこともあり、最初から面白さは見出していました。ですが、一番どっぷりとハマるきっかけになったのは、やはり音楽イベントですね。
――差し支えなければ、一番のきっかけとなったイベントを教えてください。
堀江:オープンマイクイベント『Open Mic Bar Spot Light Talks』ですね。事前に応募していれば、いつでもステージに上がって、好きな曲を披露できるイベントです。最初期に知り合った人の中に、そのイベントのスタッフをされている方がいて、イベントを紹介してもらいました。
ある時、運営の舞台裏も見せてもらったことがあるんです。ライブハウスのバックヤードや、スタッフたちのチームワーク、誘導案内のオペレーション、音声コントロールや照明演出、アーティストのブッキングや音源制作、そしてお客さんの盛り上がり……イベントとして起こり得る全てが、有志の自主的な取り組みから生まれていることに、感動しましたね。
それを見て、新しい何かに挑戦することを、心のどこかで諦めていたことに気づいたんですよね。自分に縁がないもの、やったことがないことでも、やろうと思ったら、やっていい。PAの経験がなくてもPAをやっていいし、ライブハウス設計経験がなくてもライブハウス空間を作っていい。
そんな当たり前の可能性を放棄していたのだと、ハッとさせられました。「面白そうだからやる」を、すごいスピードで実践しているエネルギーと可能性に、すごく感動しましたね。
もっといろんなイベントを知って、それに取り組む人たちともっと話してみたい。そう思ったのが、『VRChat』に深くハマったきっかけです。実際、その後にはVRブルースロックバンド「JOHNNY HENRY」のボーカル・YAMADAさんが運営するライブハウス「AWAKE」も見せてもらいました。
もともと、自分は昔から、新しい場所で生まれる熱量がとても好きなんです。たとえばネットゲームも、オープンβ期間が一番面白いと感じるんですよね。クエストの進め方も、攻略法もわからないから、ひとまずみんなでいろいろ試行錯誤して、たまに無駄に終わることもある。そんな空気からしか生まれない熱量を摂取するのが生きがいなんです。
それこそ、ニコニコ動画やVOCALOIDの始まりと似た火種が生まれている感覚が、『VRChat』にあるなと。そこに気づいてから、ちゃんと追いかけて、その“火”の近くにいたいなと思うようになったきっかけが、音楽イベントでした。
――たしかに、『VRChat』のユーザーを見ていると「この人たち、お金や名誉のためじゃなく、本当にやりたいからやってるんだな」と感じる瞬間が多いですよね。そこに“火”を感じたと。
堀江:そうです。やっぱり、そこがいいんですよね。
制約と欠如から生まれる、新しい文化
――堀江さんは、過去にも様々なネットコミュニティで活動されてきました。コミュニティとしての『VRChat』に近い空気感を感じるのは、やはり先ほども挙げられていたニコニコ動画でしょうか?
堀江:ニコニコ動画に限らず、YouTubeから生まれたYouTuberやVTuber、あるいはTikTokやInstagramで生まれた特有の文化全般が好き、という方が正しいかもしれません。プラットフォームの特性から生まれたものが好きなんですね。なぜなら、それらは「できないこと」から生じるアプローチから生まれたものが多いからです。
たとえばショート動画のプラットフォームなら、長尺の楽曲が投稿できない制約に合わせて、短尺の楽曲が生まれたり、ニコニコ動画の初期ならば「顔出し」の概念が普及していなかったのでイラストを用いたり、大胆なボーカルワークで面白さや驚きを重視したコンテンツが沢山生まれました。
これは商業の世界でも同様で、たとえばアニソンにも言えることですよね。オープニング映像は1分29秒と尺が決まっていて、その制約下でもフルサイズと思わせるような、ちゃんと美しく描ききる楽曲が生み出されています。
環境に欠けているもの。作り手に欠けているもの。それらのシナジーから生まれるミクスチャーを、自分はずっと追いかけています。『VRChat』の文化にも、その傾向があるのかなと思いますね。
――制約から生まれるカルチャーはたしかにとても魅力的ですね。一方で、『VRChat』には純粋に人が入りにくいような制約も一部存在すると思います。堀江さんご自身が『VRChat』に対して、もう少しよくなったらよいなと思うことはありますか?
堀江:間口の広がりと、行ってみようと思えるきっかけが増えることには期待したいですね。そのためにはデバイスのハードル低下や、ひとつのインスタンス収容上限を80人から引き上げる、などが必要かなとは思います。気軽に、大勢の人がアクセスできるようになれば、より多くの人が入ってきやすくなるはずです。
『VRChat』には、面白いことや、心と血の通ったものを発信している人がたくさんいます。そして、その中にはもっと多くの人に見つかってほしい人もたくさんいます。参入のハードルが下がることで、そうした人や場がもっと多くの人に知られてほしいと願っています。
とはいえ、もちろんそれに伴って失われてしまう部分もあると思います。拡大することにより、小規模なコミュニティで温めていたものがないがしろにされる瞬間が、どこかで起きてしまうはずです。これは人間の歴史ではよくあることなので、仕方ない部分もあるのですが、一ユーザーとしては、発展だけを優先させるのではなく、もとからあるものと新しいものが調和しながら広がっていくとよいなと考えています。
これは自分ひとりでどうにかできることではないと思いますが、自分は『VRChat』の内側と、ビジネス的な側面で関心や可能性を寄せている外側の、両方の畑にいる人間です。両者のパイプがつながる時に、その間に入って、なにかできたらいいなと思いますね。