三井不動産×電通×任天堂の異色すぎるコラボで生まれた『スヌーピーコンサート』 知られざる傑作の足跡をたどる
30年前の1995年5月19日。『スヌーピーコンサート』というゲームが任天堂の家庭用ゲーム機「スーパーファミコン」向けに発売された。その名の通り、チャールズ・M・シュルツの人気漫画『ピーナッツ』を原作とするゲームだ。主人公も、タイトルに冠されているビーグル犬の「スヌーピー」が務める。
そして、本作の販売元は「三井不動産」と「電通」である。
正直、ゲーム好きに限らず、多くの人が耳を疑ったかと思われるが、いかがだろう。とりわけ三井不動産の名には、巨大なハテナが頭上どころか目前にも浮かんだかもしれない。
三井不動産と言えば、オフィスビルや大型商業施設などを手がける総合不動産デベロッパーの大手中の大手。三井グループの中核を担う企業であり、「三井物産」「三井住友銀行」と並んで「三井新御三家」の一角を占める存在だ。言うまでもないが、ゲーム会社ではない。それはもう一社の大手広告代理店として知られる「電通」も然り。
なぜ、そのような二社がスーパーファミコン向けのゲームソフトを出したのか? そもそも、この『スヌーピーコンサート』は二社がゼロから作り上げた、最初で最後のゲームだとでも言うのか?
答えは単純だ。三井不動産と電通は販売元であり、ゲーム本編の開発担当ではない。
では、どこの会社がゲーム本編の開発を担当したのか。ズバリ、任天堂である。大事なことなので繰り返そう。「マリオ」シリーズ、「ゼルダの伝説」シリーズなどで知られる、あの任天堂だ。そう、『スヌーピーコンサート』は任天堂が作ったゲームなのである。
ただし、任天堂公式ウェブサイトのスーパーファミコンの紹介ページに本作の名は一文字も記されていない。そのこともあって、本作は「隠れ任天堂タイトル」とも称することができる、文字通りの「知る人ぞ知る作品」なのだ。同時に知る人ぞ知る傑作でもある。
『F-ZERO』『MOTHER』『スーパーメトロイド』、さらに『新・鬼ヶ島』のスタッフも参加して作られた一作
とは言っても、「本当に任天堂が作ったゲームなのか?」と気になるところではある。
それについては、タイトル画面のスクリーンショットで簡単に説明できる。
下部に「(c)1995 Nintendo」とコピーライトが付けられているのだ。
同様のクレジットは、ゲームパッケージの裏面にも記されている。
加えてゲームを最後までクリアし、エンディングを迎えるとスタッフロールが流れるのだが、そこに多数の任天堂スタッフの名が出てくる。
しかも、その主要開発メンバーというのが実力派揃い。とりわけ異彩を放っているのが、ディレクターとサウンドスタッフとして名を連ねたクリエイターたちである。
ディレクターを担当されたのは清水一伸氏。1990年にスーパーファミコン本体と同時発売され、根強いファンを獲得したハイスピードレースゲーム『F-ZERO』のディレクターを務めた人物である(※)。ちなみに清水氏はディレクターと並行して、グラフィックのデザインも手がけている。
※参考リンク「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」発売記念インタビュー 第2回「F-ZERO篇」(任天堂公式サイト:トピックス)
https://www.nintendo.com/jp/topics/article/0e9c42d3-7d8a-11e7-8cda-063b7ac45a6d
サウンドは田中宏和氏、濱野美奈子氏の2人。田中氏は『バルーンファイト』『メトロイド』『MOTHER』『Dr.マリオ』といった数多の名作タイトルで音楽を担当されてきたベテランコンポーザーである。『スヌーピーコンサート』が発売された当時は、前年の1994年に発売された『MOTHER2 ギーグの逆襲』が直近の代表作となっていた。
濱野氏は『ゼルダの伝説 夢をみる島』『スーパーメトロイド』の音楽を担当した人物だ。氏は『スーパーメトロイド』以降の「メトロイド」シリーズと、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』(脳トレ)シリーズの楽曲担当として、後にコアなファンの間で知られる人物となっている。
この3名のほかにもプログラム、デザインには『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』『MOTHER』『ドンキーコング』(※1994年発売のゲームボーイ版)、そして『ハローキティワールド』などに携わった開発会社「パックスソフトニカ」のメンバーが名を連ねる。
発売40年の『バルーンファイト』 いまこそ“あえて”ファミコン版以外のシリーズ作品たちを振り返る
1月22日、ファミリーコンピュータ向けゲーム『バルーンファイト』が発売から40周年を迎えた。初代の陰に隠れた“ファミコン版以外の…さらに特別協力(スペシャルサンクス)にはアクションパズルゲーム『パネルでポン』の生みの親である山上仁志氏、「どうぶつの森」シリーズの"とたけけ"のモデルとしても知られる戸高一生氏、そして「ゲーム&ウオッチ」「ゲームボーイ」の生みの親である故・横井軍平氏などが名を連ねている。
「本当に任天堂が作ったゲームなのか?」との疑問に対する答えとしては、申し分ないと言えるだろう。厳密には外部の会社が関わっているため、任天堂単体が作ったとは言えないが、タッグを組んだパックスソフトニカは多数の任天堂タイトルに裏方として関わってきた実績を持つ。主に1980年代後半から1990年前半においては、何らかの形で参加していることの多い"馴染み深い"開発会社でもあった。
こうした実態もあって、『スヌーピーコンサート』は紛れもなく任天堂のゲームと言えるものになっている。ただし、なぜ任天堂が開発を担当したかまでは当時の雑誌などの資料が確認できないため、経緯は定かではない。
だが、任天堂自身にはスヌーピーとの縁がある。前述した横井氏の代表作「ゲーム&ウオッチ」のシリーズのひとつとして、『スヌーピーテニス』なるゲームを1982年に開発・発売したことがあるのだ。ちなみにその翌年1983年にも、任天堂は『スヌーピー』(※カラースクリーン テーブルトップ、パノラマスクリーンの2種)なる『スヌーピーテニス』とは別のゲームも開発・発売している。そのころの縁を踏まえれば、任天堂が開発を担った流れも腑に落ちるところがある。
販売を担った三井不動産も1995年3月16日、日本初の本格アウトレットモール「三井アウトレットパーク 大阪鶴見」を開業。そのなかに『ピーナッツ』をテーマにしたキャラクターショップ「スヌーピータウン」を近日オープンするとの事情を抱えていた。実際に『スヌーピーコンサート』のテレビコマーシャルでも「スヌーピータウン」オープンの件が宣伝されるなど、実質、その販促を兼ねている側面もあった。
そして、電通も1990年から1992年にかけて学生を対象とした「任天堂・電通ゲームセミナー」を開催したことを始め、任天堂とは深い縁があった。
そのような情勢が当時あったことを踏まえれば、本作はまさに色んな要素が絡みに絡み合った末に作られ、誕生したタイトルだったと言えるだろう。結果、「販売:三井不動産、電通」「開発:任天堂」という異色すぎるコラボが実現したのだ。
キャラクターゲームとしてでなく、アクション&アドベンチャーゲームとしても優れた完成度を誇る傑作
加えてこの『スヌーピーコンサート』は、ひとつのゲームとしても優れた完成度を誇る傑作である。
ジャンルとしては「バラエティゲーム」という感じになる。具体的にはアクション、謎解きアドベンチャーといった異なるジャンルで構成されたシナリオに挑んでいくという内容である。
シナリオは全部で4種類。いずれもプレイヤーはスヌーピーと小鳥の「ウッドストック」になって、シナリオごとのキーキャラクターたちが抱える悩みごとの解決に奔走していくことになる。最終的に全員の悩みごとを解決して、スヌーピーが主催するコンサートに観客として招待できればゲームクリアだ。
本作最大の特徴は、プレイヤーが操作するのはスヌーピーではなく、ウッドストックであること。彼をアイコン代わりに動かし、スヌーピーに掛け声をかけて移動、ダッシュ、ジャンプ、気になる場所を調べるといったアクションを指示していくのだ。いわゆる「ポイント&クリック」スタイルで遊ぶゲームなのである。
そのため、操作はスーパーファミコンの周辺機器『スーパーファミコンマウス』を用いる形になる。ただし、通常のコントローラによる操作にも対応しているので、マウス本体が無くても問題なくプレイ可能だ。
本作の魅力は、各シナリオごとに設けられたゲームの完成度の高さと巧みな個性付けにある。一部のシナリオを除き、操作は前述したウッドストックを動かして、スヌーピーを誘導していく形で統一されている。それでありながら、シナリオごとの遊び心地は別物。
「チャーリー・ブラウンの野球大好き!」のシナリオなら、物々交換を繰り返すアドベンチャーゲーム的な試行錯誤と探索が大半を占めるのに対し、「シューローダーの楽譜はどこ?」のシナリオでは行く手を阻む仕掛けをいかにして突破するかという柔軟な発想が常に試されるなど、まったく異なる遊びを打ち立てているのだ。それはほかの2つのシナリオも同様で、ひとつは制限時間ありのアクションゲーム、もうひとつは素早い判断とマウスさばきが試されるレースゲーム的なものと、まったくもって似通っていない。
さながら4本の違ったゲームを1本で遊べてしまうに等しい、凝った作りになっているのである。加えて難易度も本格的。とりわけ謎解き周りは、ヘタすれば「ゼルダの伝説」シリーズに肉薄するといっても過言ではないほど脳ミソがオーバーヒート寸前になるものが用意されている。
アドベンチャーゲーム的構成の「チャーリー・ブラウンの野球大好き!」も、割と入念な調査が求められる場面が多く、かつて『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』などのアドベンチャーゲームにも携わったパックスソフトニカの手腕が炸裂している。
逆に言えば、ゲームに不慣れな人には厳しい難易度である。もともと、テレビコマーシャルの時点で「かわいいのになかなか手ごわいぞ」と紹介されていたのだが、中身は体感2倍ほどの手ごわさがあり、腰を据えて挑む必要がある。ただ、理不尽さはなく、目前の要素を把握したうえでしっかり考えたり、トライ&エラーを繰り返せば突破可能なバランスだ。
何より、この難易度のおかげでエンディングに到達できたときの達成感が格別。特に締めくくりでは、大変に“エモい”体験が得られるという見どころがある。普通、ゲームをすべて終えたなら「THE END」と最後に表示されるパターンを想像するだろう。だが、本作は違う。何が表示されるのかはヒミツとさせていただくが、きっと「じーん……」となってしまうはずだ。
キャラクターゲームとしての出来にも抜かりない。とりわけ原作『ピーナッツ』のタッチを忠実に再現しきった淡い色彩のグラフィックは2025年のいま見ても芸術的な仕上がりを誇る。それと共に奏でられるジャズ調の音楽も驚異的な親和性を発揮している。
スヌーピー、チャーリー・ブラウンといったキャラクターたちのセリフもシニカルで哲学的なものになっており、原作の『ピーナッツ』を知る人ならば「これだよ、これ」と唸ってしまうこと請け合い。本作でしかお目にかかれない名セリフも盛りだくさんなので、その種のネタが好きなファンも満足できるだろう。
コントローラ操作だと一部、不必要に難易度が上がる部分があったり、途中経過の記録がパスワード方式などの難点もあるのだが、総合的な完成度は極めて高く、紛れもなく傑作と言い切れるものになっている。特に原作の『ピーナッツ』およびスヌーピーのファンなら、半ば意地でも遊んでみてほしいと言いたくなるほどである。
単純にひとつのゲームとしても「任天堂の本気」とも言える遊び応えを誇る。特に『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島』を始めとする、任天堂製アドベンチャーゲームの発展形とも言える見どころもあるので、その種のゲームが好きな人なら要チェックである。
権利面での課題から絶望的と思われる復刻。このまま歴史に埋もれていく運命なのか、それとも……
……と、推しはしたものの、残念ながら本作はスーパーファミコン実機以外でのプレイ手段はない。1995年5月の発売後、他機種に移植されることもなければ、ダウンロード配信で復刻されるようなこともなかった。
無理もない。多数の版権が絡むキャラクターゲームだ。しかも、コピーライトに記されているように、関わっている会社などの数も大変多いことから、権利面でクリアしなければならない課題が多数あることも容易に想像される。
残念ながら、本作が将来的に最新の環境で復刻されて遊べるようになる可能性は限りなく低いだろう。もし、実現すれば「奇跡が起きた」と言ってもいいぐらいだ。
筆者個人は、Nintendo Switch 2の新型Joy-Con(Joy-Con 2)ではマウス操作も可能になっているとの情報を見て、「『スヌーピーコンサート』も遊べるようになればいいんだけどな……」と時々思ったりもしているのだが、前述の通り現実は厳しい。とはいえ、非常に高い完成度を誇る作品なだけに、このまま幻となっていくのもどうかとの思いだ。
2025年のいまとなっては、本作が販促も兼ねていた「三井アウトレットパーク 大阪鶴見」も、2023年3月をもって建物の老朽化を理由に閉館し、『スヌーピーコンサート』が発売当時に残した足跡も薄れつつある。
しかしながら、「スヌーピータウン」は2008年に株式会社キデイランドへと事業が継承され、2025年のいまも「スヌーピータウンショップ」として全国区に展開されるなどして健在。スヌーピーを始めとする『ピーナッツ』のキャラクターたちも根強く愛され続けている。
そして、任天堂と三井不動産も2024年には『スプラトゥーン3』を通したイベント開催で久しぶりに絡みを見せていたりと、『スヌーピーコンサート』の足跡はギリギリ保たれ続けている。
また、2025年は原作の『ピーナッツ』が誕生から75年を迎える記念すべき年でもある。そのことから、復刻に関する大きなチャンスが控えている。とは言え、乗り越えなくてはならない課題は多く、機会を活かせるかは不透明である。
しかし、キャラクターゲームとしてもひとつのゲームとしても高い完成度を誇り、「隠れ任天堂タイトル」とも言える極めて稀な存在。これからこのゲームにどんな未来が待っているのか、それともないまま埋もれていくかは分からない。ただ、この記事が少しでもそのようなゲームが存在した記録のひとつになれば書き手としては幸いである。
欲を言えば、前述したJoy-Conのマウス操作で遊べるようになったりしないかと思うところなのだが。もしくは思い切ってリメイクしてみるのも選択肢……なのだろうか。それはそれで、見てみたくもあるこのごろだ。