バラエティ番組などに欠かせない“MA”の仕事とは? エンジニア&スタジオへの取材を通して学ぶ

それにしてもMA室というのは、こんなにもシンプルな機材構成で成立するものなのかと感心する。それを阿部氏に尋ねると、業界の方にも驚かれると話してくれた。
「制作会社さんから自前でスタジオを作りたいと相談を受けることもあります。この部屋を見てシンプルな構成にビックリされますが、ノウハウとスキルがあれば、十分仕事になります。そもそもMA室にはアウトボードってあまりないんですよ。あってもHA(ヘッドアンプ。いわゆるマイクプリアンプのこと)くらいです。MAという作業をする際、どこのスタジオでも再現出来ることが重要なんです」
なぜどのスタジオでも再現できることが重要なのか。
「MAの直しだけを別のハコでやるとか普通ですから、プラグインにしてもあまり尖った物を使うよりiZotopeやWAVESといった標準的なものを中心に使います。アウトボードを使って掛け録りをすると、スタジオが変わってナレーションの録り直しがあったりすると、音質が合わなくなってしまいます。シンプルにまとめるのはMAだからこその理由もある訳です」
いかに効率よくシンプルに、限られた時間で最高のものを提示できるかを追求しているという阿部氏。あくまで主役は映像であるため、エンジニアの自己満足に陥らないのはもちろん、クライアントの満足を常に考えるようにしているそうだ。
ここまでシンプルなシステム構成だと、自宅で作業するMAとスタジオでやるMAの違いや優位点が気になってくる。
「音もミックスするけど、人もミックスするのがMAの仕事だと思っていて、それが実現できるのがスタジオでやるメリットだと思います。多くのテレビ番組の作業では、最終チェックの時に関係者の方にスタジオにお越しいただいています。そこでああでもないこうでもないとディスカッションしながら、目指すべきゴールに向かって、みんなの意見を集約して作り上げていきます」
確かに人が一堂に会して活発なディスカッションをするならば、面と向かって集まった方がいい結論が導き出せる。機材やハコのメリットが一番に出てくると思っていたら、意外な側面に気付かされた。
「もちろん、環境面のアドバンテージもありますよ。例えば、正確な音を出せるモニター環境に加えて、スタジオ内のテレビからもすぐに音を出せるようにしています。モニタースピーカーでBGMが大きいと言われたとき、テレビから音を出してみるとそうでもないと分かってもらえたり。デバイスが変わると、音量バランスの変化が起こり得ますので、それも考えながら作るようにしています」
最後に、これからMAミキサーになりたい、あるいは興味があるという方にメッセージをいただいた。
「実は、日本工学院でMAコースの非常勤講師もやらせてもらっています。最近の若い方はテレビを見ないので、8割くらいがアニメの音をやりたい人、あとはドラマですね。バラエティからこの世界に入った自分としては、ちょっと寂しい気持ちもあります」
「特異な才能が無くても、音楽や音が好きなら、誰にでもチャンスがある仕事です。作品の意図や人の気持ちが分かれば、音に関係する仕事に就けるのは夢があると思いませんか。ちょっと自分は凡人だなって思った人でも、諦めずにトライしてみてほしいです」
月並みだが、今は学生だというMA志望の若者へのアドバイスもお願いしてみた。
「やっぱりいろんな作品を見た方がいいですね。インプットってすごく大事で、自分が経験したものでないと世には出せないんです。それがゆくゆくは貴方自身の味になります。今触れている作品の音をよく聴くことで、自分のやりたい音を見つけることができるでしょう。僕ら教える側の人間は、ゴールに向かうための手段は教えられますが、その人にとってのゴールは自分で見つけるしかありません。だから、たくさんの作品を見て、いろんな人に会って話をしてみてほしいです」
なお、機材やソフトを買うことはダメではないそうだ。なぜなら、ツールを買うという時点で、その人には“作りたい作品や表現したいもの”があるからだ。アウトプットするなら、誰かに見てもらうまでやってほしいとのこと。恥ずかしがらず、人に評価をもらうまでやってみてほしいと筆者も思う。
阿部氏は、自身のYouTubeチャンネル「MAミキサーのこと」でも発信を行なっているという。今回伺った内容もより細かく掘り下げて解説している動画がたくさんあるので、興味の沸いた方はぜひチェックしてみてほしい。
MAのお仕事は、とても創造的かつ繊細で、無数の工夫が凝らされた魅力的な世界であることが伝わっただろうか。いつも見ているその映像コンテンツ。音に少し注意を向けてみたら、また違った面白さが見つかるかもしれない。
























