バラエティ番組などに欠かせない“MA”の仕事とは? エンジニア&スタジオへの取材を通して学ぶ

 使っているツールでも精度の差が出ると阿部氏は語る。映像編集で使われるソフトウェアはAdobe Premiereなどがあるが、MAの現場では7~8割がPro Toolsを使用する。サンプル単位で細かく音の編集ができるため、映像編集のソフトウェアで作業するより、精度が上がるそうだ。

 「MAの仕事をやってから映像編集もやれるようになれば、編集と一緒に音も作業することはできると思いますね」と話してくれた。とはいえ、並大抵のことではないだろう。

 ここで、阿部氏のパーソナルな話も突っ込んで聞いてみた。元々音楽のレコーディングエンジニアになりたかったという彼は、日本工学院の蒲田校に進学。しかし、授業の内容やクラスの雰囲気に付いていけず、このまま音楽に関わるエンジニアを目指すか悩んだそうだ。そんなとき、選択コースでMAと出会う。MAは、映像と一緒に音を触れるということを知り、迷わず選んだそうだ。

 「MAを学校で学ぶうちに、自分の進みたいジャンルについても考えました。当時20年前はテレビ全盛期で、僕は『めちゃ×2イケてるッ!』が大好きだったんです。どうせなら好きな番組をやってる会社に入りたいと思って、IMAGICAを受けて入社したという経緯です」

 これまで様々な番組や作品にMAミキサーとして関わってきた阿部氏。8割くらいはバラエティ番組のMAだというが、企業VPなどの広告系も手掛けるという。また、音楽系ではライブコンサートのダイジェスト版に関わる事もあるとか。特に印象的だったエピソードについて聞いた。

 「僕がやらせていただくバラエティ番組を例にしますと、実は音の作り方って指示がほぼ無いんです。つまりMAミキサーの裁量で決まります。以前に自分が担当したことのある『IPPONグランプリ』の話をしますと、この番組はスタジオで流れている進行軸と、別室で松本人志さんが喋ってる映像がありまして、別室側はずっと喋ってるんです。番組のステレオミックスとしては、スタジオと別室の声が両方流れたら視聴者が混乱してしまいますよね。そこで音声のどこを削ってどこを活かすかを考えるのですが、そのオン/オフは全てMAエンジニアに任されます」

 阿部氏の仕上げた音をディレクターに渡すと「素材だけで聞いてたときは、どうやって番組を成立させるか悩んでいたけど、MAを通すことで松本さんの芸人視点の解説も聞けるし、番組の進行も邪魔しないという形を作れました」と言われ、大きな達成感に包まれたそうだ。

 ここまで読むと、いったい映像はどういう状態でMAに持ち込まれるのか気になる方もいるだろう。阿部氏によると、最初は「白完」というワイプやテロップが入ってない、映像の流れだけをチェック出来るデータが上がってくるそうだ。いわゆるカット割りだけが決まっている動画だ。映像編集と平行してMAが進行するケースが多いため、白完のあとにテロップが入った動画も順次送られてくる。

 「字幕の煽りとかがまったくない状態でカット割りだけを見て、「このシーンの伝えたいことは何なのか」を理解出来ないと成立しない仕事です。進行台本も手元にありませんから、映像と素材の音声をチェックして、編集の意図を読み取る能力が必要になります」

 MAミキサーに求められる能力について「音に対する知識よりも、コミュニケーションとか人の気持ちが分かる能力が大事。逆に言えば、誰にでもチャンスがある仕事ですよ」と穏やかに語る阿部氏。筆者は、その責任の重さに驚愕していた。番組の面白さがMAに掛かっているといっても過言ではないからだ。

 印象的だったのは、「最初に番組を見る外部の視聴者はMAエンジニア」という言葉だった。それだけに、字幕や演出意図が伝わりにくいと思ったときは、視聴者目線でコメントして、番組をさらに良くする方向に力を尽くすという。

 専門学校では、技術的なノウハウや知識は学べるだろう。しかし、前述のような番組の演出に関わるようなスキルは、そうそう身に付くものでもあるまい。

 「IMAGICA時代、最初はもちろんアシスタントです。先輩ミキサーの横についてアシストをする過程で、やり方を学びました。本当に優れたスキルを持ったよき先輩たちに恵まれました。運が良かったと思います」

 社員時代からフリーを経て、会社を設立するまでに至った阿部氏。今では社員スタッフも抱えている。業界を長年見てきた彼は、よりよい作品を世に残すためのプロセスについて考えるところがあった。

 「オンエア直前まで映像編集をやっているのは、本来は変えた方がよいと思っています。編集が終わって完パケが上がって、中1日を空けてMAに回ってくれば、もっとクオリティを上げることができるはずなんです。どうしても、オンエア優先のスピード重視で作業する関係で、じっくり時間が取れず、MA的にも切り捨てる面がゼロではありません。スケジュールにもう少し余裕を持つことで、選曲とか音響効果の作業にもよい影響が出てきますから、プラスの効果は大きいと思います」

 ちょうど「選曲」というキーワードが出てきたので、バラエティ番組などにおける選曲とはどのような仕事なのか、説明をお願いした。阿部氏は音響効果の領域となる選曲も手掛けている。

 「番組のBGMというのは、ドラマやアニメのように専用のサウンドトラックが用意されていません。ですので、他の作品のサントラやJ-POPなどの歌を使って、曲を付けていきます」

 自分のMAする番組にどんな曲を当てるか。1からいろんな作品のサントラを聞いていたら仕事にならない。自前のライブラリがあるはずだ。

 「はい、作ってます。人によりますが、僕はサントラの作品ごとにフォルダ分けしてますね。アニメやドラマといった分類から、作品ごとに分けて、選り抜きせずに全曲アーカイブしておきます。だいたい覚えてますから、タイトルからあんな曲あったなと思い出して選曲する感じですね」

 ハプニングとか、不穏とか、切ないとか、シチュエーションや感情に合せて分類すると予想した筆者にとって阿部氏の回答は意外だった。さらに利用許諾についても突っ込んで聞く。

 「放送局であれば、日本レコード協会と包括契約をしていますから、同協会の検索サイトで楽曲名を入れて調べることで、自分のやっている案件で使えるか権利関係をチェック出来ます。日本レコード協会は音源そのものを使用するための「原盤権」を扱っていますが、JASRACのような著作権管理団体は作曲者(メロディー)と作詞家(歌詞)の権利を扱っています。こちらもJ-WIDという検索サイトで調べれば、用途ごとに使用可能かチェックできます。実際の権利処理は、放送局がやってくれますね」

 なお、インディーズなどの日本レコード協会と関係のない音源は、個別に利用許諾を得るという。

 この辺りで、スタジオの機材を見せていただくことにした。阿部氏がスタジオ立ち上げに関わったという、Roppongi-LabのMAルーム。それは想像以上にシンプルで威圧感を与えないスマートなものだった。

 「ウチのスタジオは、フリーのMAミキサーさんが来てもすぐ使えるようにしたいというコンセプトで作っています。Mac miniの電源を立ち上げれば、Pro Toolsから音が出せるようにしています」

 システムの内容は以下の通りだ。

オーディオインターフェース:AVID Pro Tools | Carbon
コントロールサーフェス:AVID S1
HA/モニターコントローラー:SSL SiX
モニタースピーカー:8320A (予備回線を使えば、持込みスピーカーにも対応可)
マイク:三研マイクロホン CU-41 ×2

 収録ブースはKAWAIの防音室を設置した上で、外側を木材で補強。見栄えと遮音性を高めている。いわゆる「金魚鉢」にするか悩んだそうだが、費用やデザイン面を考えて窓の設置は見送った。代わりにiPadを2台使って、収録ブースとMA室をFaceTimeで繋ぎ、顔を見ながらのコミュニケーションを可能にしている。筆者の自宅スタジオも窓がないブースなので、フェイスtoフェイスは諦めていたが、これは僥倖だ。さっそく真似しようと決意した。

 ちなみに阿部氏は、ナレーション収録の際、ディレクションは基本行なわないという。演出面はディレクターに委ね、自身は演者が最大のパフォーマンスを出せる環境作りに注力するそうだ。「演者側が技術側に歩み寄るのはよくないことで、技術側のスキルが足りないが為に、演者のパフォーマンスを下げるのはあってはならない」と語る阿部氏に、音声録音をやっている者として身が引き締まる思いだった。

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