バーチャル美少女ねむ × 崎村夏彦が語る、メタバース上での「分人とアイデンティティ」が実現する未来

 2024年現在、数百万人が暮らすオンライン仮想空間「メタバース」。ユーザーたちはメタバース内でコミュニケーションを取ったり、時には恋愛に至ったりしながら、思い思いの人生を送っている。

 メタバース内でユーザーの分身となるのは、「アバター」と呼ばれる3Dモデルだ。姿形、性別、国籍すら超えたアバターたちが暮らすメタバース空間に生まれた常識は、現実のそれと異なるものであった。

 本特集では、実際にメタバースに生きる“メタバース原住民”である「バーチャル美少女ねむ」が、各種先端分野の有識者との対談を通じて、メタバースとテクノロジーがもたらす人類の進化の“その先”に迫っていく。

 特に今回から始めるシーズン2では、これまでの対談で浮かびあがってきた、メタバースが作り出す新社会像「分人社会(ディビデュアル・ソサエティ)」=「自分の中の複数の側面 (分人) を切り替え、自己の魂の在り方と社会との界面を能動的にデザインできる新世界」について、より深く具体的な議論を進めていく。記念すべき第1回を飾るテーマは「メタバースとアイデンティティ」。ゲストには、デジタルアイデンティティ研究者であり、OpenID Foundation理事長や元Kantara Initiative理事、元野村総合研究所上席研究員の崎村夏彦氏をお招きした。先日デジタルアイデンティティ分野で顕著な貢献をした25人「The Identity 25」にも選出された崎村氏が語る、デジタル上での「分人とアイデンティティ」が実現する未来や「分人経済」によって成立すること、それらの課題などについて、じっくりと両名が語り合った。

■バーチャル美少女ねむ

メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリスト。
「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から美少女アイドルとして活動している自称・世界最古の個人系VTuber(バーチャルYouTuber)。2020年にはNHKのテレビ番組に出演し、お茶の間に「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」の衝撃を届けた。ボイスチェンジャーの利用を公言しているにも関わらずオリジナル曲『ココロコスプレ』で歌手デビュー。作家としても活動し、著書に小説『仮想美少女シンギュラリティ』、メタバース解説本『メタバース進化論』(技術評論社) がある。フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞などインタビュー掲載歴多数。VRの未来を届けるHTC公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命されている。

 

■ 崎村夏彦

デジタルアイデンティティおよびプライバシーに関する国際標準化を専門とし、全世界で30億人以上に使われる一連の関連国際規格のほか、「デジタルアイデンティティ」(2021, 日経BP社)を著す。米国OpenID Foundation理事長を2011年より、MyData Japan理事長を2019年より、公正取引委員会デジタルスペシャルアドバイザーを2021年より務める。著者・編者として関わった規格には、JWT, JWS, OAuth PKCE, OpenID Connect, FAPI, ISO/IEC 29100 Privacy framework, ISO/IEC 29184 Online privacy notice and consent などがある。
ISO/IEC JTC 1/SC 27専門委員会(情報セキュリティ, サイバーセキュリティ及びプライバシー保護 アイデンティティ管理とプライバシー技術)委員長。ISO/PC317 消費者保護:消費者向け製品におけるプライバシー・バイ・デザイン国内委員会委員長。OECDインターネット技術諮問委員会委員。総務省「プラットフォームに関する研究会」、デジタル庁「本人確認ガイドラインの改定に向けた有識者会議」を始めとして、多数の政府関連検討会にも参画。

メタバースの登場で、分人のアイデンティティが可視化されることに

ねむ:現在メタバース空間において、アバターを使って自分の分人(対人関係ごとや環境ごとに分化した、一人の人間が持つ複数の「異なる人格・アイデンティティ」)を切り替え、自分の魂のあり方と社会との関わりを自在にデザインできる時代が訪れつつあります。しかし、分人として十分に「経済活動」ができる世界にはまだなっていません。ID認証や取引、納税の仕組みが未整備で、私自身もかなり苦労しているところです。経済活動ができることで、本当の意味で「メタバースで生きていく」世界が実現すると思っています。

 そんな考えを持ったうえで、今回はインターネットにおけるデジタルアイデンティティの標準化に取り組んでこられた崎村夏彦先生にお話を伺いたいと思ったんです。

崎村:私がここ25年ほど取り組んできたデジタルアイデンティティとは、実際の人間や物、会社などをインターネット上で認証し、本人・本物であることを確認するためのプロトコルです。みなさんがYouTubeでログインする際にも、実はOpenID Connectというわたしが主著者になっているデジタルアイデンティティの標準規格が使われています。

ねむ:「こんなすごい方をお呼びできるなんて!」とドキドキしています。

崎村:ねむさんのファンなので、大歓迎ですよ(笑)。

ねむ:私もデジタルアイデンティティがメタバースによってどう進化していくのか、という観点で非常に注目しています。普段からメタバースの住人がどのように生活しているかを調査していて、昨年「メタバースでのアイデンティティ」をテーマに定性調査レポートを公開したので、そのデータを参照しながらお話ししたいと思います。

 まずは「見た目が現実の姿に似ているかどうか」と質問したところ、28%が「ある程度現実の自分を反映している」、4%が「現実の自分と完全に同じ」、66%が「現実の自分とはまったく違う」と回答しています。現実に寄せている理由として「没入感を高めるため」と答えた人が多かった一方で、「違う姿にした方がメタバースに没入できる」と感じている人もいました。現実に似た姿で没入感を得る人もいれば、違う姿の方が没入できる人もいるということがわかります。興味深いですよね。

崎村:自分にとって違和感がない姿であることが重要なんでしょうね。たとえば私の場合、父親、夫、研究者、友人としての自分がいますが、それぞれ分けて考え、行動していると思っています。自分のアイデンティティを話す際には、その相手との間の文脈(=コンテキスト)を共有していて、そのコンテキストの中でこう見られたいというアイデンティティを確立していくことによって、関係性を築いているんですね。

ねむ:つまりこれはメタバース特有の問題ではなく、インターネット全体に関わる課題ですね。現実世界では会社と家庭とで使う自分をきっちり分けることができていましたが、インターネットだとそれは難しいですし。

崎村:インターネットの台頭で物理的な制約がなくなったことで分離が不十分になり、問題が顕在化しました。ただメタバースの登場によって、より手触り感が出て分かりやすくなってきていると感じています。実際に、ねむさんの著作『メタバース進化論』を読んで、こうやって説明すればいいのか、と思いました。

ねむ:おっしゃるとおり、メタバースではアバターを切り替えたりしてビジュアルで説明できますからね。分人をビジュアルで表現できなかったことがボトルネックだったとすると、本当の意味でのインターネットがようやく始まるのかなと思っています。

崎村:現実世界だとファッションやメイクで切り替えたりしますが、メタバースだとアバターを切り替えることが、同じ意味になるのでしょうか?

ねむ:アバターの切り替えは、より深い意味になりますね。現実でただ服を着替えるのとは違って、メタバースでは顔や声を含めて完全に変わるので、すべてのギアを入れ替えて、完全に別の自分になる感覚です。

 次のデータを見てみましょう。「メタバースの世界でのアイデンティティを、人生のメインアイデンティティにしたいですか?」という、究極の問いを投げかけてみたんです。結果は結構割れて、13%が「すでにVRのアイデンティティがメインである」、26%が「いずれそうしたい」と回答しています。合計すると39%の人が「メタバースのアイデンティティをメインにして生きたい」と答えているんです。 一方で、26%が「メインにするのは避けたい」と感じていて、さらに35%が「現実世界とメタバースのアイデンティティを混ぜて使っている」と回答しています。

 メインにしたい方々は、「なりたい自分で生きていきたいから」、「楽しく前向きに生きていきたい」など、現実世界で抱えている問題を解決したいから、メタバースを選んでいる側面がありそうです。したくない方は、「アイデンティティを分けておきたい」と回答しています。でもこれって少し不可解ですよね。「メインにしたいですか?」と聞いてるのに、「分けておきたい」と答えたのは、メインにすると混ざってしまう感覚があるのかなと。

崎村:現実世界とVRの世界が繋がることで、現実世界に影響が及ぶ可能性を恐れる人が多いのではないかと感じます。お互いにクロスの影響があり、両側のアイデンティティの分離が不十分になることを恐れているのではないでしょうか。

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