『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』に端を発した新作展開の加速が、シリーズの未来と当時に与えたもの
『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』(以下、ムジュラの仮面)の発売は早かった。
前作『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(以下、時のオカリナ)の1998年11月21日から約1年半後の2000年4月27日である。それまでの「ゼルダの伝説」シリーズの新作発売スパンが大体3~5年だったのと比べてみれば一目瞭然。まさに異例の早さだった。
これほど早く発売できたのは、前作『時のオカリナ』のゲームシステムを下地に作られていたこと、「1年で作る」との目標を掲げていたことが影響したと、オリジナルのNINTENDO 64版のほか、2015年発売のニンテンドー3DS版『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面3D』の開発者インタビューにて何度か語られている。
また、「1年で作る」の目標が掲げられた背景には「(『ゼルダの伝説』の新作が)3年に1度しか出ないのはどうなの?」との声があがっていたことに対する、「ゼルダの伝説」生みの親・宮本茂氏の思いもあったようだ。
まさに『ムジュラの仮面』からだった。「ゼルダの伝説」シリーズの新作発売スパンが急激に加速したのは。そして、2025年4月27日をもって、『ムジュラの仮面』と同作に端を発した加速から25年が経った。
いまにして思う。あの加速は「ゼルダの伝説」シリーズにメリットがあったのか? 筆者は知名度と認知度の面で大きなメリットがあった一方で、プレイヤーの心理面と販売面にも大きなデメリットがあったとの考えである。
わずか5作に過ぎなかった新作が倍近くに増えた、加速後の「ゼルダの伝説」シリーズ
最初の『ゼルダの伝説』がファミコンディスクシステム向けに発売されたのは、1986年2月21日のこと。その翌年、続編の『リンクの冒険』が発売されたことで、「ゼルダの伝説」はシリーズ展開を見せていくようになった。
しかし、1980年代後半から1990年代に発売されたシリーズ作の総数はたった5作。移植版、派生作品を含めれば、もう少し多くなるが、新作に該当するタイトルに絞り込むとそれぐらい。発売スパンも大体3~5年と長めであった。
これに大きな変化をもたらした新作が『ムジュラの仮面』だ。そして、ここから先の「ゼルダの伝説」は、1年ペースで新作が出ていくようになった。
『ムジュラの仮面』が発売された2000年から2004年までの期間を例に出すだけでも、以下の計5(+1)本もの新作が発売されている。
◇『ゼルダの伝説 ふしぎの木の実 大地の章 / 時空の章』(ゲームボーイカラー、2001年2月27日発売)
◇『ゼルダの伝説 風のタクト』(ニンテンドーゲームキューブ、2002年12月13日発売)
◇『ゼルダの伝説 神々のトライフォース&4つの剣』(ゲームボーイアドバンス、2003年3月14日発売)
◇『ゼルダの伝説 4つの剣+』(ニンテンドーゲームキューブ、2004年3月18日発売)
◇『ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし』(ゲームボーイアドバンス、2004年11月4日発売)
新作のうち、3本は携帯ゲーム機「ゲームボーイカラー」と「ゲームボーイアドバンス」向けに展開。また、携帯ゲーム機向け新作の開発は「ストリートファイター」「ロックマン」「バイオハザード」などで知られるカプコンが担当している(※後に新たな代表格タイトルとなった「モンスターハンター」は、このころだとデビューして間もなかった)。
携帯ゲーム機向けの「ゼルダの伝説」も、1993年発売の『ゼルダの伝説 夢をみる島』以降、アレンジ版を除けば新規の展開がなかった。それも『ゼルダの伝説 ふしぎの木の実』(以下、ふしぎの木の実)を皮切りに変化が生じ、次第に据え置きゲーム機との両面展開がアタリマエになっていった。
新作展開の加速は、こうした両面展開をしやすい体制が確立されたのも大きかったと言えるだろう。おかげで2つのゲーム機で頻繁に「ゼルダの伝説」の名とリンクやゼルダ姫を始めとするキャラクターたちの姿を目にできるようになった(ガノンドロフはストーリーの関係で出たり、出なかったりだったが)。
なお、当初の予定では、2005年末にニンテンドーゲームキューブ(以下、ゲームキューブ)向けに『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』の発売も予定されていた。しかし、こちらは後に延期し、2006年末に当時の任天堂の最新ゲーム機「Wii」本体との同時発売に改められた(※ゲームキューブ版も任天堂公式サイトのWEB通販限定という形で発売)。ここで一旦、1年ペースの展開は途切れている。
また『ふしぎの木の実』も、1999年8月末開催の「NINTENDOスペースワールド'99」での発表時点では、同年12月に最初の「力の章」を発売し、そこから続く「勇気の章」「知恵の章」が順次展開され、3部作になる予定だった。
最終的に3部作構想と供給予定は白紙となり、章の名称も「大地の章」「時空の章」に改められ、2作同時発売の形になっている。
つまるところ、当初の構想が実現していれば『ふしぎの木の実』が加速化の先駆けになるはずだった。そして『ムジュラの仮面』が加速化の先駆けに位置づいたのも、実際のところは「たまたまそうなっただけ」なのである。
とは言え、最終的に2000年代には、1980年代と1990年代の合計を大幅に上回る9作(※「大地の章」「時空の章」を個別カウントすれば10作)の新作が発売されている。派生作品、番外作品を含めてもかなりの数だ。
この結果からも、『ムジュラの仮面』は「ゼルダの伝説」シリーズの新作発売スパンに大きな変化を与える、先駆けの1作に当たるのは確かと言えるだろう。『ふしぎの木の実』の二転三転で偶然そうなった背景があるにせよ、だ。
知名度と認知度は上がったが、「難解なゲーム」とのイメージがかえってマイナスの印象と結果に?
新作発売スパンの加速は「ゼルダの伝説」シリーズにどんなメリットがあったのか。
まず知名度と認知度の向上に関しては、極めて大きなメリットがあったのは確かだろう。両面展開の本格化で「ゼルダの伝説」の名と姿を目にする機会が増えたのだ。1980年代から1990年代の3~5年スパンのころに比べたら、はるかに認知しやすくなっている。
ちょうどその当時、リンクが出演している対戦アクションゲーム「大乱闘スマッシュブラザーズ」(以下、スマブラ)の初代と続編(『大乱闘スマッシュブラザーズDX』)が発売され、100万本以上を売り上げるヒットを記録していた事実も見逃せない。同作を通じて『ゼルダの伝説』を初めて知り、興味を持ったプレイヤーにとって、新作が当時現役のゲーム機で展開されているとなれば、デビューもしやすい。
しかも、携帯ゲーム機で展開された新作は約4,000~5,000円の手ごろな価格で販売されたのだ。それが当時、1万円近くに及ぶ高価なゲームを買うのに高いハードルが存在した小学生のプレイヤーにとって、どれほどありがたかったかは想像にかたくないだろう。
なにより当時は『ゼルダの伝説』全体に勢いがついていた。1998年発売の『時のオカリナ』が国内だけで140万本を超えるヒットを達成し、週刊ゲーム誌「ファミ通」のクロスレビューで初の40点満点を記録するなどの話題を振りまいていたためだ。
その熱を冷まさせないための措置としても、発売スパンの加速は最良の一手だった。タイミング的にも申し分なかったし、『スマブラ』の存在もあって、若いファンを開拓する機会を作れたのはシリーズの未来のためにも良かったのはたしかと言えるだろう。
しかし一方、この急な加速で“胃もたれ”を発症したプレイヤーもいたのではないだろうか。
そもそも、当時から「ゼルダの伝説」シリーズには「難解で難しいゲーム」とのイメージが付きまとっていた。主にダンジョンで直面する謎解きと、それを解かなければゲーム本編を進めることがかなわず、行き詰まりを起こしてしまう厳しさに由来するものだ。しかも、基本的にそれらの謎解きに対するヒントは提示されない。ストーリー展開に応じた行き先の案内はあっても、謎解きは基本、自力でひとつの答えを目指して解くことを当時の新作は基本としていたのである。
そんなゲームが急に新作を次々と出すようになったのだ。最初は嬉々としてついていくも、「ちょっと……待って……」と、まるでわんこそばを食べているときのように蓋を閉じたくなったプレイヤーもいただろう。同様に初めて「ゼルダの伝説」をプレイした結果、その難解さに心が折れ、脱落してしまったプレイヤーも少なからず出たはずである。
そうした難解なゲームゆえの特色から、ついていけるプレイヤーをよりふるい分ける側面があったのは、加速のデメリットと言えるだろう。実のところ、筆者は胃もたれを発症し、一時的に「ゼルダの伝説」シリーズと距離を置いた人間である。「しばらく休ませて……」となり、それから7年にわたって新作をスルーし続けたのだ。
しかも折悪しく、この加速時に出た新作には、極端に難易度の高いものが存在した。『ムジュラの仮面』と『ふしぎの木の実』だ。
特に後者は完全なエンディングを目指すなら「大地の章」「時空の章」の2作クリアは不可欠で、最終的なプレイ時間も必然的に長くなる(加えて章単体の難易度も高い)。このあたりでデビューしたり、今後も追いかけていこうとしたプレイヤーの中には脱落者も相応にいたのでは、と思うのだが、いかがだろうか。
当時発売された「ゼルダの伝説」シリーズの新作の販売本数が右肩下がりになっていたことからも、実情は推察される。『時のオカリナ』こそ大ヒットはしたものの、加速後はこと国内においては伸び悩みを見せ続けたのだ。当時をリアルタイムで過ごした世代なら、ゲーム販売店のワゴンセールに並ぶ「ゼルダの伝説」の姿を目にした人も少なくないのではないだろうか。
伸び悩みの背景にはゲームキューブの苦戦、当時のゲームに対する世間の風潮が悪化していたことなども何らかの影響を及ぼしていると考えられる。またこの当時、ゲームキューブ向けに『スターフォックスアドベンチャー』に『エターナルダークネス 招かれた13人』、『メトロイドプライム』といった「ゼルダの伝説」シリーズと似たタイプのゲームが相次いで発売されていた事実も見逃せない。
ただ、それでも「ゼルダの伝説」シリーズのように難解なイメージがつくゲームにとって、短い発売スパンはプレイヤーのふるい分けと先細りを促進させる一面があったのは否定できない。
そのことを思うと、もう少しスピードを落としても良かったのではないのか、と思ってしまうところだ。同時に、もしも2005年末に『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』が予定通り出ていたら、どんな未来になっていたのかと考えてしまうところである。
少なくとも、「ゼルダの伝説」シリーズ自体は海外人気が当時から非常に高かったことから、打ち切りはまずなかったと思えるが。
課題も出たが、加速の意義は間違いなくあったと言える
ちなみに2000年代に新作展開の加速が起きたのは「ゼルダの伝説」シリーズだけではない。「マリオ」シリーズも特に派生タイトルの新作が異様な頻度で展開されていた。「メトロイド」シリーズも、「ゼルダの伝説」シリーズに匹敵する加速をこの時期に見せている。
「ゼルダの伝説」もだが、2025年のいまはこういった加速していくケースは著しく減少した。ゲーム開発の大規模化で、定期的な新作展開が難しくなっている時勢の影響もあるだろう。
それでも2024年には『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』が2023年の『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』から1年弱ほどのうちに発売。2025年にもスピンオフ作品だが、『ゼルダ無双 封印戦記』がNintendo Switch 2向けに発売予定であるなど、当時を思わせる動きが再び見られるようになっている。
昔のように定期的な新作展開が難しくなり、反動で若い世代間での知名度が急低下するシリーズ作品の問題が議論されるこのごろ。「ゼルダの伝説」シリーズはタイプの異なる作品を出したり、新作でも前作とは違ったアプローチをとって新鮮な驚きを提供することに尽力している点で、頑張っているタイトルのひとつなのは間違いない。
また、一時的に加速を図ったことで知名度と認知度を上げたのも、その後の未来を思えば重要な布石だったのは事実。ゲーム側でも近年はヒント機能の充実、謎解きの解法をひとつに限定させない仕組みが新たな“アタリマエ”になったのもあって、追いかけやすいゲームに変化してきているところもある。
正直、過去に胃もたれを発症した人間としては、当時の再現はもう勘弁してほしい思いではある。ただ、近年のように明確にタイプの異なる新作が展開されつつ、遊びの面でも刺激的なアプローチが図られるスタイルは、願わくば変わることなく、続いていってほしいと思う。多少の加速があろうとなかろうと、ブランクが空いたとしても非常にいい塩梅の傾向になっているためだ。
これも長らく国内で伸び悩みを見せた過去を経験し、アタリマエの見直しという大きな課題に尽力した賜物だろう。いろいろ酸いも甘いも経験したからこそ、いまの「ゼルダの伝説」は盤石なイメージすらある。
今後もそれがより磨かれ、時にプレイヤーが思いもしない変化を見せたりしながら、「ゼルダの伝説」シリーズが末永く続いていくことを願うばかりである。