ボカロP・きくお×VR空間アーティスト・三日坊主に聞く、VRChatワールド『よるとうげ』制作秘話

『よるとうげ』の演出コンセプトはいかにして生まれたか

Kikuo VRChat World "よるとうげ" (Yorutouge / Midnight Pass) Trailer

――ここからは、『よるとうげ』のワールドや演出について振り返っていきたいと思います。真っ暗な道から飛び降りると、真っ白い空間になる入口は、どのようなコンセプトで作られたのでしょうか?

三日坊主:“あの世”に繋がる感じにしました。一番最初の入ったところは、我々は「リンボ(※)」と呼んでいます。そこから下に降りていくことで、どんどん魂だけの存在になっていくみたいなイメージです。

【※リンボ(辺獄):原罪を背負ったまま死んでしまったが、永遠の地獄に定められてはいない人間が死後に行き着く場所】

 白いところは脱色された世界、そぎ落とされた状態です。白基調で周りに布が垂れ下がっているのは、きくおさんの髪の毛の布が、真っ白になっていっぱいあるイメージですね。

――きくおさんは、この段階からもう口を出さずに“おまかせ”にしたという感じなんですか?

きくお:そうです。実制作のところではほとんど口を出しててないです。むしろ、変に口を出してしまうことで、三日坊主さんたちの勢いが削がれてしまう方がいやで、それを一番危惧していましたね。

―― そこまで任せるというのは、勇気がいりませんか?

きくお:過去、いろんな方々とコラボしてきた中で、口を出すやり方だと爆発力のある作品が生まれなかったことがあって。それで、「自分が思っている以上に原作者は強い発言力を持ってしまっているんだ」ということを経験として知ることができていたんです。だから、信頼できる人にバッと任せて、自分の制御下に置かないぐらいの方が、仮に自分のイメージとは全然違ったとしても、絶対に起爆力のあるものができるだろうなと思っています。

―― 音楽とビジュアルを合わせる場合、MVスタイルになることの方がVRでは圧倒的に多いと思います。しかし「よるとうげ」に関してはDJイベントを模した形式になっていますよね。この案はどちらから出たのでしょうか?

きくお:三日坊主さんからですね。

三日坊主 最初にお話いただいた時に「きくおランド」のようなものも作りたいって話が出たりもしたので、そこも踏まえつつでしたね。星くん(※)が、向こう側の世界の案内みたいな感じでどんどん進んでいく感じにしました。

【※星くん:きくお作品のモチーフ的存在。キャラクターとしての明言はされていないが人気のある存在で、グッズ展開なども行われている。今回はDJとして、不思議な世界の水先案内人になっている】

――1曲目は鑑賞者の周囲を“音が周る”形で「闇祭」が始まります。ここはどういった狙いをもたれていましたか?

きくお:原曲も立体音響を使っている曲なので、VRでそれ見たらもう“グアングアン”になるんじゃないかと思って選曲しました。くわえて、ライブの冒頭がこのおどろおどろしい雰囲気で始まるというのも面白いんじゃないかと。そういう思いもありました。

Kikuo - 闇祭

三日坊主:「祭はぐるぐる回るもの」というのをキーワードにして演出を組んでいきました。音が会場を回っていくところは調整が難しく、VRで音を本当に回すかどうかみたいな話も出ましたが、最終的には音響担当のtktk(てけてけ)さんに頑張ってもらいました。Unityのオーディオソース(※)を音源にして、それを実際に聴きながらキーフレームを手付けしてアニメーションさせてぐるぐる回しています。

【※オーディオソース:音を出すスピーカーのようなもの。これを3D空間上で動かすと、連動して音の定位が変化する】

 でも、そのオーディオソースにすべての音を乗っけると、オーディオソースがない方向側からの音圧が低くなるので、音がスカスカになったりするんですよね。オーディオソースを回しつつ、会場を平面的として捉えたステレオ音源も鳴っている、みたいな感じの配分を、めちゃめちゃ頑張って調整してくださいました。

 

―― 原曲のMVも「これは絶対にヘッドホンで聴かないとダメだ」といった感想が多かった曲ですよね。

きくお:そうですね。個人的に、ライブをしていく中で、みんな知ってる有名曲が流れてうれしい、みたいな盛り上げ方をどう超えていくかが課題としてあるんです。そんな有名な曲とかじゃなくても、曲の力で威力を出せないかなって考えていて、その思いも込めてちょっとマイナーな曲をチョイスしたっていうのもあったりします。

三日坊主:フレンドにきくおさんの10年来のファンがいるんですけど『よるとうげ』の感想を聞いたら「『愛して愛して愛して』が入っていないのは、逆に『そうだよなー』ってなった」と言っていました(笑)。

(一同笑い)

きくお:ディープなファンですねー(笑)。

――この後に「てんしょう しょうてんしょう」という有名曲が入ってきますが、これはどのように選ばれたんですか?

[Official HQ] Kikuo - てんしょう しょうてんしょう "Ten Sho Sho Ten Sho"

きくお:じつは、「てんしょう しょうてんしょう」ってニコニコ動画時代から知っている方からするときくお曲の中では有名、みたいな扱いなんですけど、最近知った人からすればマイナーな部類なんですよ(笑)。

――それは……意外でした(笑)。

きくお:最近知ってくれた人は、結構そういう感覚なんです。それでも、三日坊主さんだったら「きっと面白い雰囲気にしてくれるだろう」と思って選曲しました。

――ここから一気に、激しい演出になっていきますが、どのようなコンセプトで作られましたか?

三日坊主:見ている人の気持ちが高まってぐちゃぐちゃになってしまう場面にしたかったんですよ。「てんしょう しょうてんしょう」のところは、よるとうげチームの天才シェーダーアーティスト・Renardさんにお願いしました。最初に糸の演出システムをRenardさんに作ってもらい、最終的には僕がそれを使ってVJ感覚で色々と組み合わせていきました。

 じつはこのとき、偶然の発見がありまして。試作段階で糸を制御する2つのシステムを重ね合わせたら、バグったような挙動を示したんです。ただ、それがめちゃめちゃ良かったので、Renardさんに「ここのバグった挙動を制御するようにしてください」ってお願いしたんです。結果的に、整いすぎてない糸の動きが綺麗にハマりましたね。

――3曲目の「わたあめ」でがらっとテイストを変えていますね。ここの選曲理由も教えてください。

きくお:早くなったり、激しくなったり、ゆっくりになったり、怖くなったり……。いろんなことが起きた方がきっと楽しいだろう、みたいに考えてチョイスしました。

三日坊主:「わたあめ」すごいですよね。初めて聴いたとき、声が出ましたもん(笑)。

Kikuo - わたあめ

きくお:この曲、そんなに再生数が多いわけではないんですけど、うれしいことにクリエイターの方々からも「この曲はすごい」とおっしゃっていただくことが多いですね。不思議なことにライブでもすごく盛り上がるので、今回も行けると思って、選曲しました。

――ちなみにライブではどんなふうに盛り上がっているのでしょうか?

きくお:海外とかだと「めちゃくちゃテンポを落とすからついてこいよ!」みたいな感じで、ステージの前まで行って、思いっきり大きな動きで煽ります。みんなにそれと同じようなノリ方をさせると、ちゃんと盛り上がるんです。

――そういう意味では、本作の演出とも共通する部分がありそうですよね。三日坊主さんはどういったイメージで演出をされたのでしょうか?

三日坊主 :楽曲を聴いていて、この曲には思考とか雑念がどんどん頭から抜け落ちていくような流れがあるなって思ったんです。開いていく腕の間を抜けて、上空に球体が飛んでいく表現は、その雑念が離れていくイメージを表現しています。

――入口が真っ白だったのと通じるものがありますね。

三日坊主:そうですね。さらに綺麗になっていくイメージです。「わたあめ」が3曲目で、「てんしょう しょうてんしょう」から「わたあめ」になるギャップがすごく気持ちいいんです。燃え尽きた感みたいな流れが挟まることで、色が真っ白になっていくイメージが綺麗にハマりました。すごいセットリストです。

きくお:いやー、うれしい(笑)。

――観た人がみんなおどろくのは、“アバターが輪切り”になるところですよね。

三日坊主:ここはチームのねむり木さんがメインで作ってくださっていたんですが……どんどんブラッシュアップしていく過程からすごくって。出来上がっていく様子を見て震えていましたね。

 手法としてはプレイヤーの「動きのデータ」を読み取って、それを輪になったパターンで展開するというやり方で演出しています。なので、身長や体、手の動きも再現できています。途中で輪切りにされた体が飛んでいくシーンは、意識と体が切り離されていくイメージでねむり木さんにお願いして出てきたものですね。

きくお:ここは三日坊主さんチームの解釈で思いっきりやってくれていて、もう最高でしかなかったですね。

――一方で、この後「ようこそ星の宿」に入ってからは一気に華やかな感じになりますね。

きくお:この曲に関しては「いろんな展開・演出の仕方ができる曲だろうな」と思っていれた楽曲ですね。「こういうボールを投げてみたら、三日坊主さんたちからはどんなものが返ってくるかな?」とワクワクしていました(笑)。

――三日坊主さんへの挑戦状ですね(笑)。そしてフタを開けると、少し聞き方が難しいのですがすさまじい空間の連続で……。どうしてこうなったのでしょうか?

三日坊主:どうしてこうなったんでしょうね(笑)。もともと、tktkさんと曲の中にある音を聴きながら、工場のベルトコンベアのようなもので進んでいくみたいな感じだと面白いんじゃないかという話が出たんですよね。なので、ここからはライド形式でにしよう、とそこで決めました。

 それから「ようこそ星のお宿」という曲名なので、“お宿っぽさ”は後に出していきたいと思っていて。ここでほぐされて、お宿の中に入っていく流れにしようと考えていました。ちなみに、最初の肉をミンチにするシーンは、整体のイメージなんです。結構、激しめですけど……(笑)。

 広い空間である「お宿」に入るところは、狭いところから広いところに出るとテンションが上がる心理を踏まえた演出です。中はいろんな存在が生活したり働いていたりと、営みが広がっていて、その環境にどんどん入っていく感覚にしました。“幼い地獄”みたいなイメージです。

――この空間に対する解釈は、ファンの間でも色々な意見で出ていますね。

三日坊主:そうですねえ。ただ、そこはご想像におまかせしたいと思っています。僕らから解釈を出しすぎないようにはしたいので……(笑)。

――そしてこの後「カラカラカラのカラ」が来るわけですけど、かなり激しいアレンジになってましたね。

Kikuo - カラカラカラのカラ STuPiD DaNCe ReMiX

きくお:ライブ用のアレンジですね。やっぱりこれもライブで盛り上がるので、それをさらに激しくした感じです。

―― 場面がバシバシと切り替わり、どんどんと加速していく感じでしたが、どういう風に演出を考えていらっしゃいましたか。

三日坊主:最終的にラストが1番激しくなっていく想定だったので、終わるための準備段階を作るというイメージで制作を進めました。ここは狙い通りにできたと思います。

―― ここは特殊効果として視界ジャック(※)が入っていたり、かなりいろいろな要素が詰まっていますね。

三日坊主:そうですね。飛び交っているものも、今まで出てきたようなオブジェクトを立方体で切り取って出したりしました。

【※視界ジャック:観ている人の視界に直接干渉して映像を見せる手法。首を動かしても視界に効果が映り続けるため、特殊な表現ができる】

――そして1番最後の到着地点では、ガラッと光景が変わります。きくおさんは、このシーンをご覧になっていかがでしたか?

きくお:激しく終わりを迎えてから、いきなりこれですもんね。もう、余韻がすごいですよ。

三日坊主:今回の全体コンセプトが「夜を越える」というものだったんです。いろんな方々がきくおさんの曲で救われて、“越えられない夜”を越えて来たんだろうな、と。だから、「夜を越える」というテーマで作っていくなら、最後には朝を迎えた表現が必要になるはず。

 なので、よく夕焼けと言われたりもするんですが(笑)、これは朝日なんです。夜を越えたときに現実的な場所に戻ってくるのではなくて、抽象的な朝に来ていいと思っていました。このワールドに来るたびに、朝の訪れを感じてもらえるといいなという願いを込めています。

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