ボカロP・きくお×VR空間アーティスト・三日坊主に聞く、VRChatワールド『よるとうげ』制作秘話
いつまでも残る“激しい止まり木”を作りたい(三日坊主)
――『よるとうげ』の制作にあたって、特に大事にしたポイントや、大切にした部分があれば教えてください。
きくお:めちゃくちゃにしてください、とは言うものの、最初から「三日坊主カラーに染めてください」とお願いしてもさすがに広すぎるので、フリーゲームの『ゆめにっき』だとか、あとPlayStationのゲーム『LSD』だとか、その辺のレトロだったりローポリだったりといった感じ、かつサイケデリックで不条理なものが沢山飛び出してくるイメージはお伝えしました。これなら、超美麗な3Dポリゴンを多用せずとも、色んなことができるんじゃないか、と。
スーパーファミコンのゲームとかって、レトロではあるんだけど、今でもちょくちょく掘り返されたり、遊ばれているじゃないですか。そういう風に、長く楽しめるように置いておきたいなというのはずっとありましたね。そういうものをどうすれば作れるだろうと考えた結果、「なんじゃこりゃ、とんでもないものがあるぞ」と感じてもらうことに重点を置きたいというお話をした覚えはありますね。
三日坊主:今使われているさまざまな新しい技術って、未来から見たら「ちょっと枯れた技術」に見えると思うんです。だけど、技術一辺倒ではなくテーマに沿ったいいものを作れば、きっと何年でも何十年でも、いつの時代に見ても「いい作品」として見えるはずだから、そこをめざそうという話をしました。
――三日坊主さんとしては、「未来に残るもの」としてどのような形を最初にイメージしましたか?
三日坊主:もともと、きくおさんから何度でも体験できる形で公開したいというお話があったので、ワールドとして公開する方向で動き始めました。
というのも、『VRChat』での音楽と演出込みの体験はイベント形式になってることが多い気がしていて。『Sanrio Virtual Festival』しかり、『FZMZ』しかり、何回かきりなことが多かったんです(※)。これはもちろん、色んな狙いがあってそうしていると思うのですが、やはりタイミングが合わないと体験できなかったり、新しく『VRChat』を始めた人とまた見たいと思っても見れなかったりするところはあったので、繰り返し体験できるワールドの形にできるというのはありがたいなぁと思いました。
【※『VRChat』のイベント:『VRChat』の音楽パフォーマンスは、時間を決めて観客が集まり、そこから回数を決めて上演する形式でおこなわれるものが比較的多い。とくに大型アーティストが主導するものはそうした傾向が強く、何度も繰り返し体験できる『よるとうげ』のような形式は珍しい】
先程の僕が取り組んでみたかったことの話にも繋がるんですが、この作品をある種の“安全な基地”にしたかったんですよ。きくおさんの曲って、すごくダークな曲調のものもあるんですが、どこか綺麗で、不思議な部分を僕は感じていて。そういう感覚を、『VRChat』の何度も見れるワールドとして、どういった形で落とし込んでいけるか、というところを最初に考えていきました。
――セットリストはどのように決まっていったのでしょうか。往年の名曲から、比較的マイナーな曲まで、かなり幅広い選曲でしたよね。
三日坊主:僕も、当初はいわゆるきくおさんの超・代表曲メドレーみたいな感じのものになるのかなとイメージしていたんですが、きくおさんから仮MIXのデータをいただいたときに、めちゃめちゃ激しいセットだったので驚きましたね(笑)。けど、その段階で“激しい止まり木”のような「感情を発露することで得られる安らぎの場」をテーマにしたものを作ってみたいと考え始めました。
きくお:最初は有名曲メドレーみたいな感じにしようとも思ってたんです。けれど、それだとただ単に「ボカロPがVR化したんだな」ってなっちゃいそうな気がしたので、一旦ボツにしました。
そこで、もうちょっとマイナー曲の中でも、VRで調理しがいのあるものと、きっとこれはいろんなイメージが膨らむだろうなみたいなものを入れ込んで行きました。自分のライブでもそうなんですけど、やっぱり1曲の間隔を短くして、どんどん次の曲に行く方が飽きが来ないっていうのがあったので、そのスタイルで行きました。
先程の“激しい止まり木”の話もそうですけど、自分の曲で人が救われるみたいなことはもともと全く考えたことがなくて、想像したこともなかったんです。でも、曲を発表して年月が経っていくうちに、「救われました」と言ってくれる人にライブでも沢山会うようになって。
「人を救う」というと、一般的には強い光で「一緒に前を向いて頑張っていこうぜ」みたいな印象を持っていたんですが、逆に“ものすごく強い影”を落とすことによって、光の方が照らされるみたいな、そういう救われ方をしてる方々が多い気がしています。
だからこそ、思いっきりやろうって。激しくするパートは思いっきり激しくして、暗くするパートは思いっきり暗くしちゃう。「きっと、それで救われるひともいるだろう」という気持ちでセットを組みました。それも三日坊主さんがばっちり汲み取ってくださっていたので、感動しましたね。
三日坊主:ありがとうございます! 制作チームで曲の歌詞と流れを読み解いていったのですが、「これはめちゃめちゃ意図して作られている、さすがだな」みたいな話をしていましたね。おかげで、これはしっかり汲み取ってやっていかないといけないという決意が、チームに生まれました。
きくお:ありがたいっす!
――『よるとうげ』を観た方の感想はご覧になりましたか?
きくお:見ました。うれしいです。直近だとストリーマーのスタンミさんが遊びに来てくれいていた配信をみんなで見ました。みんなのコメントも「わあ、なんじゃこりゃ!」「すげえ!」みたいな感じでいっぱい溢れていて、面白かったです。
三日坊主:スタンミさんが『よるとうげ』を見てくれていたとき、ちょうどきくおさんと制作スタッフで打ち合わせをしていたタイミングだったのですが、思わず会議を中断して、みんなで見てしまいましたね(笑)。
きくお:スタンミさんの『よるとうげ』訪問配信が始まって、視聴者さんたちの反応を見て……すごく楽しかったですね。圧倒されているコメントが目まぐるしく流れていく様子は、“うれしさ100パーセント”って感じでした。