連載:作り方の作り方(第十一回)

『チ。―地球の運動についてー』作者・魚豊「自分の『面白い』という感覚を信じるだけ」放送作家・白武ときおに明かす“漫画論”

「自分の『面白い』という感覚を信じるしかない」

白武:学生時代に、魚豊さんが『FACT』の渡辺くんのような体験をしたことはありますか? 理解されないことへの憤りを感じるとか。

魚豊:マンガにおいて同じような気持ちになることが多かったですね。昔の僕は、好きな作品について「なぜこれが評価されないんだ」と強く憤っていた。僕はそういった被害妄想をするタイプだったので、渡辺くんの人物像を作るときに生きているところがあります。

白武:被害妄想というと「誰かが邪魔をしているんじゃないか」とか?

魚豊:過度にそう思っていたわけではないですが「世の中がおかしい」とずっと思っていました。そういった感覚は、多かれ少なかれ誰しも持っているものだと思うんですよね。

白武:いまもそういった憤りがモチベーションになっていますか?

魚豊:学生時代やデビューまではそうだったんですけど、もうあまりないですね。それに、"鬱屈"の様なものを過度モチベーションにするのはやめました。そもそも僕はずっと鬱屈としていたい人間では無いし、いつか尽きてしまって、そこから先がなくなるだろうと思ったので。売れていない頃の気持ちを込めた歌をミュージシャンに日本武道館で歌われてもな、みたいなことがあるじゃないですか。ネガティブを実存に置いたところで、僕は幸せになれないと感じたので。

白武:貧困だったラッパーが売れたら歌うことが無くなるみたいに。早い気づきですね。

魚豊:『チ。』がこんなにも評価してもらえて、自分の思っていたハードルを超えたから、というのもあります。だから、常に上を見続けて、社会に対して思うこともたくさんあるような人は本当にすごい。それほどの視野の広さは、僕にはなかったのかもしれないと思います。もちろん今後もマンガは描き続けては行きたいのですが。

白武:僕は燃えたぎる情熱みたいなものはないにしても、ずっと自転車を漕ぎ続けていられそうみたいな感覚はあるんです。違うことを思いつき続けられそうと。

魚豊:じゃあ白武さんは、将来こうなっていたいといったイメージを持っているんですか?

白武:自分が作ったものを世界中の人がポジティブに知っている状態が理想的ですね。海外へ行ったときにもし自分が作ったものが人々の身近な存在になっていたら、たとえば作ったボードゲームが海外の家庭で楽しまれていたら嬉しい。それが達成できたら満足するかもしれません。

魚豊:上を見続けられる人だ。すごい。規模が本当に大きい話ですね。

白武:自分でなくても凄い才能が日本以外にも広がるといいよなって気持ちは凄いありますね。たとえば、バラエティ番組で『¥マネーの虎』(日本テレビ)や『SASUKE』(TBSテレビ)、『ドキュメンタル』(Amazonプライム・ビデオ)のように、日本以外でも成立するような企画を生み出せたらなとも思います。魚豊さんは、作りたいものの理想はあったりしますか?

魚豊:そのときに自分が一番気になっていて、人間や自分の本質的なことを考えられそうだったら、興味はあります。だからスケールが小さいんですよね。いつかヒーローを作りたい気持ちはあるんですけど、それもぼんやりと思っているだけ。「こうすれば売れそう」みたいなこともまったく分からないし、好きなことをやり続けてきてしまったから、それしか考えられないんです。

白武:それでも活動を続けていったら、変わっていく可能性もあるんじゃないでしょうか。

魚豊:自分が面白いと思うことが変わる可能性はあっても、それを読む人が面白いと思うかどうかが本当に分からない。自分が最大出力を出せたらどんなに尖っていても3万人くらいは共感してくれるような気はするんですけど、それがスケールするイメージが湧かないんです。世の中で大ヒットしているものを見ても、それを人が面白いと思う理由が分からないことが多いので、再現もできないんです。

白武:本当に自分の感覚だけでマンガを描かれているんですね。

魚豊:あまりにも分からないから、自分の感覚を信じるしかないんです。

白武:むしろ自分軸しかないなかで、どうやって構想を考えているんですか?

魚豊:「なぜ面白いのか」を自分のなかで明確にして、エンターテインメントにしようとは思っています。読んだ人が面白いと思ってくれそうな理屈は、自分のなかには持っている。でもそれは、あくまでその作品の面白いを最大化させるための要素であって、ヒットするための適性みたいなところでは考えていないので。

白武:売れているマンガについて、売れている理由の分析などはしませんか?

魚豊:しません。もちろん大ヒットした作品にはなにかしらの理由が絶対にあると思いますけど、一方で全てがカオティックなものだとも思うから。それを探るよりは、自分が面白いと思うことを最大化したい。もちろん小さくまとまる気はないし、多くの人に読んでもらいたいとは思いますけどね。

白武:僕はすでにある企画の法則性をけっこう信じるタイプなんですけど、魚豊さんはそういったことはないということですよね。

魚豊:「こうしたから面白くなった」みたいな法則は理解できます。でもそれが「売れた」には接続しないと思うんです。僕のなかで「面白い」ものと「売れる」ものがあまり相関していないと感じているから。それに、法則に乗って失敗した人たちもたくさんいるわけじゃないですか。その差はなかかと考えたら「面白い」が自分のなかで明確になっているかどうかだと思うんです。

白武:その姿勢はすごくカッコいいし、憧れます。

魚豊:僕、本当に未熟でまだまだだと思いますが、ずっと心のどこかに小さくても確信的なマンガに対しての自信があって、自分が正しいという無根拠で圧倒的な思い込みがあるんですよ。自分が一番すごいと思っているというよりは、自分の審美眼を強く信じているということ。自分が神だと思っている作家さんは本当に神だし、偉大な人やみんなが良いといっているものでも、自分も良いと思うとは限らない。

白武:そのスタンスでやっていけるのはすごいことですよね。

魚豊:いや、分からないですよ。いけるかもしれないし、もうダメなのかもしれない。ギリギリで生きています。こんなことばかり言っていたら終わると思います(笑)ドカーン。

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