YouTuberへの誹謗中傷となる“一線を越えたライン”とは? 弁護士に聞く刑罰や背景
YouTuberの誹謗中傷に関する相談数が増加 要因には“チャンネルの多様化”も
ーー書き込まれる言葉によって、どれに分類されるのかが違うんですね。最近、YouTuberの誹謗中傷に関するニュースが一昔前より増えている印象がありますが、相談は増えているのでしょうか。
河瀬:YouTubeに関する相談は数年間のなかで増えていますね。
ーー増えてきている背景や理由について、河瀬さんはどのようにお考えですか?
河瀬:YouTubeのマーケットがどんどん大きくなっていることが確実に関係しています。5年前にYouTubeを見ていた人は、ヒカキンさんやはじめしゃちょー、東海オンエアを視聴していて、3年ほど前はちょっとネット好きな人であれば、チャンネル登録者数トップ30のうち体感で25組ぐらいは分かったと思うんですよ。それくらい、みんなが同じYouTuberを見ていた。
それが最近はYouTubeというプラットフォーム内でもセグメントが切れていき、みんなが見ているわけではなくても、一定のファンがついているYouTuberがどんどん増えてきている。最近までYouTubeはテレビに対するカウンターカルチャーというイメージが続いていましたが、いまはもっと広い概念になっている気がします。
ーー人気YouTuberと呼ばれる方はたしかに増えましたよね。YouTuberの方々が開示請求を行う場合は、どのくらいの時間がかかるものなんですか?
河瀬:令和4年10月1日のプロバイダ責任制限法の改正によって、早くて半年、長くて1年間くらいかかっていたものが1回ごとの手続きの間隔が短くなり、3〜4か月に短縮されました。短くなったとはいっても、どういう条件を満たされれば開示されるのか、そのために必要なものは変わっていないですが。
ーー開示請求するためにはどういったものが必要になるのでしょうか。
河瀬:1番重要なのはその投稿が違法であるという証拠です。名誉毀損の場合だと、なぜ嘘といえるのか、書いてあることが嘘であることをどのように証明していくかということがいつも問題になっていると思います。
侮辱系の場合は「こう書いてあるのは許されない侮辱だ」という話なので、あまり証拠という概念はありません。そのため、あるYouTuberが「整形している」といわれ、それを名誉毀損だと考えた場合には、整形していない証拠を出すために子どもの頃から二重だった証拠が必要というような話になります。
ーーなるほど。開示請求など誹謗中傷に関して河瀬さんをはじめ弁護士に相談する際には、名誉毀損やプライバシーの侵害、侮辱なのかという法律構成で費用は変わるのでしょうか?
河瀬:弁護士は手続きを完走させるためにいろんな書面を作っていくことが中心ではあります。侮辱の場合は、ある表現が許されない侮辱行為に該当するかどうかを、過去の事例を用いて相手側の弁護士と議論することになるので、こういった工数の方が重要で、法律構成によって値段が変わることはあまりないように思います。特に人気YouTuberの案件は、一つの投稿だけを対象にすることはあまりなく、たくさんあって放っておけないというタイミングで投稿者特定などを行うので、どこまでを対象にするのかが金額を決める変数になります。
プライバシー侵害では、書き込みが1個しかないとしてもこの情報を出されるのは許せないというパターンがよくあります。自分については多少なりとも過去のことや悪口を書かれる覚悟はあるけれど、家族に関する情報だけは日々精査して、出たときには対処しますと、そういうところに線を引いたうえで対応していくこともあります。
ーーいろんな線引きをして、費用が決まっていくんですね。
河瀬:弁護士の仕事はある意味コンサルなので、「あなたが抱えている課題はなんですか」ということは常に問いますが、ネット上に悪口が1個でもあるのが許せないというのであれば殲滅することになりますし、ある程度数があるから減らすということであれば、消しやすいものを削除していくという話になります。なにを問題と考えて、なにをすればその問題が解決されるのか、そのためには具体的になにをすべきか考えています。
ーー刑罰についてもお伺いしたいのですが、ヒカキンさんの動画に、同じ人が1秒ごとに殺意を感じるコメントを書き込んでいたという話がありました。こういう場合はどういう刑罰になりますか?
河瀬:『刑事事件』と『民事事件』という言葉があり、よく「刑事か民事かどちらか」という話になりますが、正確には「刑事かつ民事」なんです。誰かが誰かを攻撃したり、誰かに被害を与えたりという場合、登場人物は加害者と被害者、あとは国家です。刑事は加害者と国家の問題で、犯罪行為をした人間を国家が処罰したり、罰金を取ったりするものです。被害者は関係なく、被害者からすると、国家が加害者を処罰してくれても自分が救われないので、名誉感情の侵害で損害賠償を請求する。ここの関係を民事といいます。
侮辱罪で刑事告訴を行った場合の刑罰は、時効である3年以内に告訴し、有罪判決が出ると、1年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、拘留または科料といった感じです。民事側で損害賠償請求をし、加害者から謝罪がきて交渉があった場合は、損害賠償はなしで制約書にサインさせるといったところで決着することもあります。
名誉毀損に当たるかは“人数”も関係する
ーー刑罰もケースバイケースなんですね。SNSへの投稿や拡散、『いいね』が簡単にできてしまうことで、視聴者やSNSユーザーが気づかないうちに誹謗中傷に加担してしまうことがあると感じています。こういったことを防ぐために気をつけるべきことを教えていただけますでしょうか。
河瀬:基本的には内容の裏付けがないことは書かないことですね。SNSは根本的に情報量が少なく、Xの文字制限は140文字で、長文が投稿できるFacebookでも何千字も書く人はいない。情報が少ないものを受け取り、それをリツイートしたり、手を加えて投稿しやすいので、ソースを確認して一次情報を引用しながら併記するというような情報発信作法が抜け落ちてくる。抜け落ちた情報のやり取りを日々行っているために、裏付けがない情報を出しやすいというのが構造としてあるのかなと思います。
あとは普段自分の投稿を見ている人がたとえどんなに少数であっても、全世界に公開されているので、被害者がそれを見る可能性もあります。YouTuberの悪口を学校の休みの時間で喋っている学生は、あくまで狭い空間のなかで話していて、本人やその場にいない人がその会話を耳にするわけではないので許されていると思うんです。学校で友達と話している感覚でSNSに投稿すると全世界に公開されてしまう、YouTubeのコメント欄も公開されているという観点を忘れないことが大切です。
ーーちなみに、カギがかかったアカウントで誹謗中傷などに当たることを書いていた場合はどうなのでしょうか。
河瀬:名誉毀損を例にすると、4人ぐらいのLINEグループで書いた分には名誉毀損にはならないですが、数十人以上が見ている空間で書いたら名誉毀損になります。
ーー人数も関係しているんですね。
河瀬:『不特定多数』といいますが、法律概念としての不特定多数は「不特定or多数」なんです。多数というのは意外と多くなく、ボーダーラインは数十人ぐらいです。不特定というのが“誰でも見られる”もの。たとえば、マイナーなYouTuberが配信をやっていて、そこでヒカキンさんの悪口を言っているとします。同時接続は5人かもしれないですが、誰でもその配信に参加できるので「不特定」なんです。これが『不特定少数』です。
『不特定多数』という概念は「不特定or多数」なので、先ほどのマイナー配信にあたる『不特定少数』と数十人のクローズドLINEグループなどの『特定多数』、そして、不特定でもあるし多数でもある『不特定多数』が該当します。だから名誉毀損が成立しないのは、数人のLINEグループにあたる特定少数だけなんですよ。現実空間では特定少数のコミュニケーションはたくさんありますが、ネット上の空間では特定少数のコミュニケーションはあまりないんです。
SNSユーザーが誹謗中傷をしやすいというのは、文字情報が少ないことからくるソース概念の欠落以外にも、不特定多数という概念との関係があります。こういった概念に気をつけて利用していただきたいですね。