8年かけて作り上げた『アクアリウムは踊らない』が大ヒット 制作者・橙々の“創作ルーツ”とあふれる情熱

橙々の“創作ルーツ”とあふれる情熱

 リアルサウンドテックの連載「ゲームクリエイターの創作ファイル」では、“ゲーム作り”にフォーカスしてクリエイターたちにインタビュー。その真髄に迫っていく。

 第2回はフリーホラーゲーム『アクアリウムは踊らない』をたったひとりで完成させた橙々氏にインタビューし、多くのゲーム配信者がプレイするなど、話題を呼んでいる『アクおど』の制作秘話や、ヒットに至るまでのさまざまな努力、そして今後に向けての夢や思いを聞いた。(片村光博)

8年かけた『アクアリウムは踊らない』リリースは「うれしい」よりも「寂しい」

――まず、『アクアリウムは踊らない』完全版をSteamでリリースしたことについて、率直な感想を教えてください。

橙々:「うれしい」よりも「寂しい」の方が大きい感覚でした。約8年間かけて1人でずっと作っているゲームだったので、キャラクターへの思い入れがありすぎて……。「完成した、やったー!」というよりも「この子たちと一緒に物語を作っていくのは、これで最後なんだ」と思って、すごく寂しい気持ちになりました。燃え尽き症候群のようになってしまって、「ゲーム完成してから元気ないね」と言われたりしていました。子どもたちが家から出ていってしまうような感覚かもしれません。

――それだけ、ゲーム作りが日々の生活に根を下ろしていたんですね。

橙々:休日にやることがなければ、基本的にパソコンの前に座ってずっと作業していましたし、お風呂に入っているときや寝る前とか、1人になると必ず『アクおど』のことを考えていました。「続きはどうしようかな」「 こっちの方がおもしろいかな」と考えるのがもう当たり前のルーティーンになっている生活が8年間続いていましたね。ゲームが完成して、大きな穴がひとつ開いてしまったような感覚です。

――おひとりで完成させたゲームだからこそ、そうした思いも強いのでしょうか。

橙々:本当にそのとおりです。もともと一緒に作ろうとしていた友人がいなくなってしまい、「作ったキャラクターを捨てられてしまった」という思いもあり……。そこから「せっかく作ったキャラクターたちがかわいそう!」「ちゃんと完成させてあげよう」となった経緯があるので、本当に自分の子どものような感覚です。

――もともとイラストだけでなく、キャラクターに関するストーリーなども含めて担当されていたのでしょうか。

橙々:私とは別にシナリオ担当がいて、性格や見た目を含むキャラクター像や、ストーリーにどう組み込んでいくかなど、いろいろと話し合ってはいました。でも、基本的にキャラクターデザインや性格は私の考えていたものになります。

――そこからシステム面も含めて担当されるようになり、完成・リリースまで成し遂げられました。ゲーム作りのノウハウというのは持っていたのでしょうか?

橙々:本当に一切なかったんです。いま、この記事を読んでくださっている大半の方々と同じ状態でした(笑)。「はい、じゃあいまからゲーム作って」と言われたような状況ですね。最初にやったことはGoogleで「ゲーム」「作り方」で検索することでした。師匠のような存在というか、「この人に聞けばわかる」というような存在が誰もいなくて……。Googleがなかったら終わっていました。

――検索していくといろいろなフリーゲームに行き着いたと思うのですが、そうした先行事例からはどのような学びがありましたか?

橙々:基本的に「この演出がしたい」ということが出発点にあって、そのためにどういう知識が必要なのかを個別に学んでいきました。なので、特定のゲームから大きな影響を受けたりはしていないのですが、『Ib』や『霧雨が降る森』、『殺戮の天使』、『青鬼』、『ゆめにっき』などの名作は、ゲーム全体のシステムや雰囲気、わかりやすさの面で参考にさせていただきました。自分でプレイするのはもちろん、いろいろな実況プレイを見漁って、どんなシステムがわかりやすくて、どんなシステムがわかりにくいのか、とにかく勉強しました。いろいろな作品からちょっとずつ、「このゲームはこの要素」「こっちはこの要素」というように、少しずつ学んで、組み上げていったような感覚です。

――さまざまな名作がありますが、それらはすべてのエンディングをプレイされたのでしょうか?

橙々:そうですね。自分でエンディングの分岐も作りたかったので、最後までプレイしました。そのうえで「この分岐はわかりにくいな」「分岐が簡単すぎて思い入れができないな」という感覚もあったので、調整に活かしました。

――よく見ていた実況者さんはいらっしゃいますか。

橙々:キヨさんやレトルトさんが大好きで、ゲームを作り始める8年前よりもっと前から見ていたんです。その影響もあり、実況者さんにプレイしてもらったときに“映える”作品というのを意識して作っていました。だから、リリース後に多くの配信者さんにプレイしてもらっているのは、狙いどおりな面もあるんです。配信者さんの気持ちを知るために、私も配信者になりましたからね。プレイしながら「こういう要素があったらうれしいな」とか、「こんなギミックがあるとリアクションしやすいな」とか、自分で実況するからわかることもありますし、コメントしやすい状況になるかどうかも、ゲームを作る際には意識していました。

――その意識から入れた演出について、可能な範囲で教えてください。

橙々:メタ的なことになってしまうんですが、ホラーゲームを実況する人は、「きゃー!」となるようなリアクションを視聴者に見てほしいんです。だから、怖いことが嫌いでもホラーゲームを実況する方は多くて、じわじわした怖さよりも、びっくりする要素でリアクションを取りやすいシーンは多めに作りました。

 もうひとつは、心理テストの要素ですね。物語にも謎解きにも全然関係ないんですが、配信者さんが読んで「私はAだと思うけど、みんなはどれだと思う?」とコミュニケーションを取りやすくしてみました。心理テストの結果は、あえてちょっと辛らつな文章にして、どの選択肢を選んでも視聴者がイジりやすいようにしています。配信者側から見ても、視聴者のコメントに対して「◯◯さん、この選択肢ってことは、こんなこと気にしているんだね」と、話しかけやすくしています。

――実際にいろいろな方の実況プレイを見てきて、印象的だったことはありますか?

橙々:ゲームを作るときにリアクションを重視していたので、「配信内で泣かせる」ことを目標にしていたんです。実際に配信を見ていて、生放送でちょっと涙ぐむ方がいたり、セリフが読めないような状況になったりしているのを見たときには、「作ってよかったな」と思いました。みなさんが感動する姿は印象的でした。

 もうひとつは、舞台が水族館ということもあり、お魚好きの方もよくプレイしてくださっていて、ドット絵で出てくるお魚を楽しみにしてくださっているんです。そういう方がいるからこそ、お魚の知識も正しいものにしないといけないと思いましたし、すごく一生懸命調べて作りました。

――水族館を舞台にするというのは、いつごろ決まったのでしょうか?

橙々:もともとは船のゲームだったんです。船の上で幽霊が出て、襲われて……という。私はもともと水族館が好きな一方、海洋恐怖症でちょっと怖さも感じていて、じっとりした感じの怖さを表現できると思ったんです。それに、ホラーゲーム×水族館という組み合わせもあまりなかったので、おもしろくなりそうだと思い、舞台を水族館に変更したんです。シナリオ担当がいなくなったタイミングで、自分が作ったキャラクター以外は全部新しくする、という狙いもありました。

――『アクおど』には5つのエンディングがありますが、初期構想時から、エンディング数の増減などはあったのでしょうか?

橙々:基本的に、エンディング数は最初に作り始めたときから変わっていません。内容は少し変わっても、話の大きな流れはほとんど変わっていないんです。削った部分もほぼありません。「自分がやりたいことを全部入れたら、こんな長編になっちゃった」という感じですね(笑)。

――『アクおど』をプレイしていると、図書館や喫茶店がすごく凝っていると感じました。特に注目してほしい演出やエリアはありますか?

橙々:注目してほしいところは、マップだとやっぱり図書館のエリアです。あとは駅のエリアがすごく上手にできたと思っていて、見ていただきたい部分にはなりますね。ホラーゲームって、どうしても背景が同じようなものになりがちなんです。たとえば学校が舞台なら学校、病院が舞台なら病院と、背景が固定されがちなんですが、『アクおど』では緩急をつけたかったので、水族館という舞台ではありつつ、図書館やバーを入れたり、背景でもできるだけ飽きさせないようにすることは意識して作りました。ぜひマップも注目していただけるとうれしいですね。

――『アクおど』のシステム・仕様面で、制作に最も時間がかかった部分を教えてください。

橙々:追いかけてくるヤドカリは、圧倒的に時間がかかりました。ひとつのイベントを作るのに5日くらいかけましたね。あれだけは本当にうまくいかなくて……。もう公開していますが、それでもまだ納得いっていないイベントなんです。ほかのゲームを見るとすごく上手に設定されているなと思うんですが、どうしてもうまくいかず、本当に本当に大変でした。今後のアップデートで納得いく形にする可能性もありますし、それ以外にも納得できていない部分はたくさんあるんです。そのなかでも、会話に立ち絵を表示させるというアップデートはやりたいなと。立ち絵に瞬きを追加したり、これは夢ですがフルボイスにしたり……。もう1本ゲームを作るくらい大変な作業になるとは思うんですが、そこまでやりたいと思っています。

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