8年かけて作り上げた『アクアリウムは踊らない』が大ヒット 制作者・橙々の“創作ルーツ”とあふれる情熱

橙々の“創作ルーツ”とあふれる情熱

キャラクターには広告塔の役割もある

――リリース後は非常に多くの反響が届いていると思いますが、そのなかでも特にうれしかったものはありますか?

橙々:単純にダウンロード(DL)数にびっくりしていて。それが一番衝撃的でしたし、うれしかったですね。1作目ということもあり、リリース前はDL数が本当に心配で、2日間で100DL行けばいいかなと思っていたんですが、実際は2日間で10万DLもしていただいて……。Steamにゲームを出していただいているGotcha Gotcha Gamesさんから「10万DL行きましたよ」と報告を受けたとき、本当に間違いだと思ったんですよ。桁違いすぎて。想像している以上に多くの方が待ってくださっていたというのは驚きであり、うれしいことでした。いまでも正直、実感は湧いていないですね。

――8年前に『アクアリウムは踊らない』を作り始めたとき、リリース時の状況は想像していましたか?

橙々:プレイした方の反応を常に考えて作っていたので、「こんな人がプレイしてくれるだろうな」「こういう二次創作をしてもらえるだろうな」「こんな人が配信してくれたらいいな」という想像はしていました。DL数だけは想像できませんでしたが、みなさんのリアクション自体は想像どおりでもあったんです。反応の量だけが、桁違いに想像を超えてきたという感じですね。

 自分自身、8年も同じゲームを作り続けることができるとは思っていませんでした。「そんな才能があったのか」というか(笑)。もともとは二次創作をやっていて、同人誌を書いたりしていたんです。絵を描くときも、「この絵を見た人にこんな気持ちになってほしい」「癒やされてほしい」ということを常に意識していたんです。だから、その延長線上で、ゲームづくりでも無意識に意識するようになっていたのかもしれません。

――ひとりのクリエイターとしての考え方でもあったんですね。

橙々:そのとおりです。同人では『艦隊これくしょん -艦これ- 』(艦これ)や『東方Project』(東方)を中心に描いていて、どちらもストーリーを深いところまでは語らないところが良さであり、二次創作ではその部分を埋めることが多い作品でした。ストーリー性を込めるという意味では、そのときに鍛えられた面はあるかもしれません。

――キャラクターデザインへのこだわりにも、そうしたルーツが反映されているのでしょうか?

橙々:『アクおど』の豆知識配信でもお話したことがあるんですが、東方のキャラクターデザインをすごく参考にさせていただきました。ほかの作品にも素晴らしいデザインはたくさんあるんですが、東方はそのなかでも抜きん出ていると思うんです。シンプルなのにわかりやすく、どのキャラクターなのかパッと見でわかる。東方のキャラクターを画面に並べて、どこが印象的なのかをノートに書いたりして、すごく研究しました。

 キャラクターは「ゲームをやりたいな」と思わせてくれる、広告塔のような役割もあると思うんです。「そこだけは絶対に手を抜かないぞ」と、すべてをやり尽くしました。ビジュアル面が特に大事だと思うからこそ、キャラクターの人気が均等になるように、性格や物語を一切明かしていない状態でTwitter(現・X)に絵を投稿、「どのキャラクターが一番好きですか」と投票して、結果が均等になるまで続けました。人気が凹んでいるキャラクターはどんどん改善したんです。結局、プレイするのはみなさんですから、みなさんから均等に受け入れられるように考えていました。

――話が少し戻りますが、ホラー嫌いを公言される一方、ゲーム制作のためにさまざまなホラーゲームをプレイされたと思います。かなり大変だったのではないでしょうか。

橙々:とても大変でした(笑)。もう怖くて怖くて、本当に怖くて……。ただ、嫌いではあるんですけど、ホラーゲームを作るためにはプレイしないわけにはいかない。だから、家に人がいる時間帯を狙って、目をそらしながら「ここはこういうシステムなんだね」とやっていました。そんな状態だったので、実況プレイをしてくださる方の動画はすごく助かりました。自分でプレイしなくてもシステムがひと目でわかりますし、一度見ていれば自分でプレイしても驚きが緩和されますから。

 でも、『アクおど』のなかでホラー的な画像や1枚絵を書かないといけないときが、本当に苦痛でした。Google検索で「怖い画像」と入れてみて、そのなかから「怖いな」と思ったものを参考にしながら書いて、その画像をモニターに映していることを忘れてしまい、そのまま一度消えたモニターの電源を点けて腰を抜かす……なんてことも本当にありました(笑)。本当に大変でしたね。

――これだけ長い間、ホラーゲームと付き合ってくると、さすがに耐性も付きましたか?

橙々:全然、付かないですね(笑)。相変わらず怖いです。私は『Ib』がすごく好きで、10回はプレイしているんですけど、それでもびっくりしますし、恐る恐るのプレイになってしまいます。本当に苦手みたいで、全然慣れないんです。慣れているのは自分のゲームだけですね。

 ホラー嫌いとは言っていますが、実際のところは「好きだけど、プレイするのが怖い」という感じです。ホラー系の小説も読みますし、『きさらぎ駅』のようなネット上の怖い話もすごく好きで、読みに行っては毎回後悔しています(笑)。ホラーが嫌いだけどホラーを愛していて、その愛が『アクおど』になったような感覚です。

 ゲーム制作では、ホラー演出を作るのが一番楽しかったかもしれないです。自分で体験するホラーは苦手ですが、ホラーやいたずらして誰かを驚かせたりすることはすごく好きなんです。落とし穴をたくさん作っているようなイメージでしたね。「ここに落とし穴掘っちゃおうかな」「じゃあ、ここは上からなにか落ちてくるようにしちゃおうかな」みたいな感じで、ホラー演出を作るのは最高に楽しかったです。自分自身が怖いものに対して驚くタイプだからこそ、「こういうのってびっくりするよな」と誰よりもわかって、作りやすいところはありました。

橙々が考える、ゲーム作りに欠かせない要素

――実際に『アクおど』を完成させたからこそ感じる、ゲーム作りにおいて大切なこと、絶対に欠かせないことがあれば教えてください。

橙々:大きく分けて、ふたつあると思います。ひとつ目はやっぱり、いかにプレイする方の目線に立つかということですね。システムがわかりにくいとゲーム自体にイライラしてしまいますし、「なんでこんなことやってるんだろう」「全然動かないけどどうなってるの」と感じてしまって、ゲームに集中できなくなってしまうと思うんです。

 もうひとつはインディーゲームだからこそなんですが、明確な欠点として宣伝力がないので、いかにいろいろな方に“宣伝してもらえるか”ということを重視していました。二次創作が投稿されるようなキャラクター、ストーリーを考える、ということです。実際に『アクおど』は二次創作をたくさん投稿していただいていて、宣伝という意味でも本当に助かっています。これからインディーゲームを制作される方にアドバイスするとしたら、宣伝してもらえるような作り方を意識するといいと伝えたいですね。

――二次創作用のハッシュタグもご自身で広められていますよね。

橙々:そこも含めて、時代に合わせたやり方をしないといけないと思っています。二次創作はどうしても著作権の問題が絡んできますが、それよりもいかに盛り上げるかを考えた方が宣伝につながると感じていますし、「作者が言っているから、同人誌も出していいし、グッズも出していいんだよ」とアピールしています。二次創作をしてくださる方に安心していただくために、いろいろと取り組みをしてきました。私も二次創作をしていたとき、どうしても「大丈夫だよね?」という気持ちはあったので、その気持ちを少しでも払拭できるようにしたいですし、意識して「実況も大歓迎です」と言うようにしてきました。

――それくらい意識的にならないと、インディーゲームを広めることは難しいということでもあると思います。

橙々:難しいですね。宣伝方法やマーケティングの本を読んで参考にしていました。全然ゲームとは関係のない、商品を売るためのマーケティングや営業方法、それに話し方の本も読みました。本当にいろいろなところから知識を得て、試していったという感じです。現実的な話になってしまいますが、どれだけ良いゲームを作っても、知ってもらわなければプレイしてもらえません。だから、ゲームの内容はもちろん、宣伝にも同じくらいの力を入れた方がいいと思っています。

――メディアミックスについても聞かせてください。コミカライズは以前より継続されていますが、今後はさらなる展開があるのでしょうか。

橙々:まだまだ言えないことがたくさんあって残念なのですが、『アクアリウムは踊らないZERO』の漫画家さんには、今後も連載をお願いしていく予定です。一緒にグッズ展開もしようかと思っているところですね。

 これは私個人の希望というか、夢になってしまうのですが、リアル謎解きイベントは『アクおど』と相性がいいと思っていて、なにかできたらなと思っています。謎解きも全部自分で考えて開催したいと思っていて、いまはそのために「水族館 貸切」で検索して、全国の水族館をいくらで借りられるか調べている段階です。本当に調べているだけです(笑)。でも、いつかはやりたいと思っています。

 もうひとつ、これも夢のような話ですが、一番の目標はアニメ化です。アニメ化していただくために、なにができるかを考えているところですね。

――意図を持って、尻込みせずに広めようとする姿勢が、『アクおど』のヒットにつながっているように感じます。

橙々:ありがとうございます。やっぱり入口はできるだけ多くしようと思っています。私はいまVTuberもやっているんですが、そこから入ってくださる方もいれば、『ブルーアーカイブ』の二次創作から知ってくださって「この人、ゲーム作ってるんだ」と入ってくださったり……。一点集中よりも、いろいろなところに入口を作った方が知っていただけると思いますし、とにかくいろいろなものに手を出しました。

――これからも『アクおど』での展開が続いていくとは思いますが、今後の創作活動で目指したいことはありますか?

橙々:『アクおど』は1作目ながら、これだけ多くの方にプレイしていただけたので、ゲーム作家として生活していけるようになることが、一番の夢ですね。もともとイラストは書いていましたが、本業は普通の会社員をしていて、趣味の範疇で描いていました。それがいまは、ゲーム作り1本でこのままやっていけるのか、というところまで来ているので、このまま勢いを落とさないようにしたいです。まだわかりませんが、2作目やスピンオフのようなものをゲームという媒体で出せたらいいなと思っています。

――次回作を作るとしたら、今度はひとりではなく……?

橙々:逆に、絶対にひとりでやります! 部分的に委託したり、テストプレイだけお願いしたりということはあると思いますが、ゲーム全体を誰かと一緒に作る、というのは100%ないですね。本当にありがたいことに、「一緒に作りませんか」とお誘いいただくことはあるんです。ただ、嫌ということではなく、「たぶん無理だと思います」とお答えしています。私は実際に、やる気を出しすぎて一緒にゲームを作っていた友人が蒸発してしまったこともありますし……。

 先日、新婚旅行でイタリアに行ったんですが、現地の街並みを見ていても「このお店でスーズが働いていたらかわいいな」とか「ここの窓際にクリスさんがいたらいいな」みたいなことを無意識に考えてしまうので、それと同じ熱量を持ってもらうのは難しいと思っていて。それが私の欠点であり、長所でもあると思っているので、「申し訳ありませんが、ゲームはひとりで作らせてください」と言っています。

――次に作るゲームはもっと短い期間で完成させる予定ですか?

橙々:もちろんです(笑)! これまではフルタイムで働きながら、帰宅してからゲームを作ったり、土日をつぶしたりという日々でした。そうした環境から、ゲーム作りに集中できるくらい、みなさんから応援していただける状況になっています。次は8年もかかりませんし、みなさんのことを待たせません!

©Gotcha Gotcha Games Inc.

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