10年ぶりのデザイン言語刷新に乗り出すアドビ 担当者に聞く「Spectrum 2」誕生の経緯と目的

アドビがデザイン言語刷新に乗り出すワケ

プロフェッショナルのものだからといって、すべてがシャープで合理的でなくてもよい

ーー「Spectrum」のようなインターフェイス・ガイドラインを作るときにはプラットフォームとなるOSのガイドライン、つまりiPadならiPadの“お作法”を考慮する必要があるかと思うのですが、そうした既存のガイドラインと「Spectrum」が衝突(コンフリクト)するような問題もありましたか。

Shawn:ありました。これまで、私たちを含む多くの企業がやってきたことは、他で見た製品を“そのまま”iPadに押し込もうとすることでした。しかし、今後モバイルアプリを作っていく中では、iOSやAndroidの掲げる規定や規則をもっと重視しながら構築していくことになると思います。

 たとえばAndroid向けのアプリを作る際には、マテリアルを使いながら必要なものを追加していくというやり方です。おそらくそれがユーザーにとってもっとも適切でかつ自然だからです。

ーー「Adobe Illustrator」や「Adobe Photoshop」などのインターフェイス・デザインの根底にはかつてビル・アトキンソンが開発しスーザン・ケアがデザインを努めた「MacPaint」のデザインがあるかと思うのですが、「Spectrum 2」を実装するにあたり、こうした昔のインターフェイス・デザインについて振り返って検討することはありましたか?

Shawn:ごく初期の「Adobe Illustrator」や「Adobe Photoshop」が設計された時代には、参考になるような大きなアプリケーション群はなかったし、強力なルールもなかったんです。

 当時、スキューモーフィズムはコンピュータを使ったことのない人たちを助けるためのものだったけれど、現代にはそういう人たちはほとんど残っていないと思います。ユーザー・インターフェイスというのは言語であって、2、30年前にはなかった名詞や動詞、文化に対するコンテキストがあるので、それに対応した設計が求められるんです。

ーー若い人はフロッピーディスクを見たことがないけれど、それが保存のアイコンであることは知っているようです。

Shawn:実は、それに関しては我々も何年かテストをしているんですが、「フロッピーディスク」を実世界で見たことがない人ですら、あのアイコンの意味を知っていて、しかも残念ながらそれに取って代わるアイコン(意匠)がいまだに出てきていないんですよね。

 私の友人の子供は机の上のフロッピーディスクを見て、「なぜ“保存アイコン”の3Dプリントを持っているの?」と尋ねたそうです。繰り返しになりますが、これは言語であり、私たちは人々が理解できる言葉や概念でコミュニケーションを取るために、できる限り“発明”をしないように心がけています。

ーーつまり保守的な部分、既存の概念を保ち・守りつつも、かつてはいなかったようなユーザー、つまりこの10年間でぐっと増えたアマチュアのユーザーさんにも開かれた言語であることを両立する必要があったということですね。

Shawn:その通りです。「Spectrum 2」の実装はコンシューマー向けのアプリケーションから手がけているんですが、今後は「Adobe Illustrator」や「Adobe Photoshop」、「Adobe Premiere」といった製品への実装にも挑戦していきたいと思います。

 というのも、この実装を通してわかったことがあります。それはPhotoshopのユーザーがこぞって「良いものにはしてほしいけど、できれば何も変えないで欲しい」と、思っているということです。「900万人を対象としたとき、ディナーに何を頼むのか」というチャレンジにも似ています。

 しかし、これまでに私たちが行ったデザインや試作のいくつかに基づいて考えると、私たちがデスクトップ製品に持ち込もうとしているものに、ユーザーの皆さんはとても興奮してもらえるだろうと思います。私達自身もこれでいいと自信が持てる状態で、かつテストも行った上で出していきたいと思っています。

ーーデザインという言葉は、日本では結構「色や形を変えること」というような意味合いで使われることが多いのですが、本来は“設計(Architect)”というニュアンスを多分に含んだ言葉だと思います。企業やクリエイターはデザインによって製品を強く訴求することができる。こうしたデザインの戦略についてアドビが考えていること、自社の製品をどのように見て欲しいと思っているのか? どこに魅力があってどのように伝えようとしているのか?つまり、“アドビのデザイン”について、改めて教えて欲しいです。

Shawn:まず第1におっしゃる通り、アドビではデザインを問題解決のために使う“ツール”だと考えています。ツールというのはユーザーが直感的に使えるものでなければならず、人々がやろうとしていることを達成できるような道具でなければなりません。そしてそれらの道具がモダンで、使っていて楽しさを感じられるようなものでなければなりません。これは美的な問題です。

 「Spectrum 2」ではこれらの問題を踏まえた調整を行いました。プロフェッショナルの使用に足るものでありながらも親しみやすく、そして使って楽しいものを作ろうと試みています。プロフェッショナルのものだからといって、すべてがシャープで冷たい感じの、合理的な厳しいものばかりでなくてもよいのです。楽しくて、美しく、かつプロフェッショナルユースであることを実現すること、「Spectrum 2」はその一つの答えです。

 私は料理をするのが好きなんですが、そこで使うナイフはソフトウェア・ツールと似たようなものだと思っています。良いツールは美しさと機能性を兼ね備えているもので、料理をしているときに手が伸びるナイフというのは、それを高いレベルで両立しているナイフです。カメラもそういうツールですね。

ーーちょっと別の視点の質問を。現在アドビの数々のプロダクトに生成AIが実装されています。その実装の方法も非常にユニークだと感じました。生成AIをインターフェイスと統合した理由を教えてください。

Shawn:生成AIの統合についてはデザインの話というよりはビジネスの話だと思っていますが、とはいえAIは本当に素晴らしいテクノロジーなので、これを実装しない手はないと思います。多くの製品において確実にこれは人の助けになると思います。

 一方デザイナーとしてはまったく新しい慣例が導入されるため、魅力的な挑戦だと感じています。その中には、“チャット”のように従来からとても馴染みのあるデザインもある一方で、まったく新しいインターフェイスの可能性も見えてきます。たとえば何かタスクを実行したときに必要なインターフェイスがリアルタイムで生成されるようなものなど。

 なので、従来のようにパネルがありボタンがあり全部固定されている、というものではなく、もっと動的なインターフェイスを作れると思うんです。これは“Whole new world”です。いまはまったく新しい世界の入口に立ったばかり、これからいろいろ考えなければいけないところですね。

ーー“Whole earth catalog”に生成AIは載っていなかったでしょうしね。

Shawn:その通りです。スキューモーフィズムの例と同じように、人々が知っているアイデアを使うことと、可能性を解き放つような新しいアイデアを生み出すことのバランスが必要なんです。

 AIのための理想的なインターフェイスというのはまだ発明できていないと思いますし、仮に既に発明されているなら、人がまだそれについて行けていない状態ではないかと思います。理解を醸成して、そして共通言語というものを作っていくのには時間がかかりますから。

ーーー最後の質問です。アドビは「Creativity for all:すべての人に『つくる力』を)」というステートメントを掲げ、技術へのアクセシビリティを高めながらその実現を目指している企業だと思います。なぜこのステートメントを掲げているのか? そして、このステートメントが達成された世界はどのような姿をしているのでしょうか?

Shawn:これは明らかに目標への「Journey(旅)」であり、果たしてこれがいつ達成できるのか、そもそも達成できるのかということすらわかりません。しかし、アドビで15年以上働いた経験から、アドビで働く人々は多大な共感を持ち、このステイトメントを使命として受け止めていると感じます。

アドビがこれから目指す方向性についてひとつ言えるとすれば、私たちのソフトウェアはよりシンプルになる必要があります。今、「Adobe Photoshop」や「After Effects」を使おうとすると大きなディスプレイが必要で、そこにはパネルがあってボタンもあちこちにあります。こうしたスタイルに圧倒されてしまうユーザーもいるでしょう。

 本当に幅広い人々に貢献するためにはパワフルでありながらもミニマルにする、そのためにどうすればよいのかを考えるべきだと思っています。これは何年もかかる課題ですが、これまで学習してきたことから一つ言えるのは、とても具体的でピンポイントなニーズを抱えている人に向けて作ったソフトウェアというのは、それ以外の広くたくさんの人にとってもより良いソフトウェアになる、ということです。

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