『ゲームの歴史』炎上騒動から考える、「本当に読むべきゲーム史に関する本」

3. 著者の歴史観にもとづいて対象を取捨選択する「史観」タイプ

 今回の騒動の当事者の岩崎夏海氏も使っているこの「史観」という言葉だが、本稿では「著者自身の洞察にもとづいて独自に構築された、客観的な資料に裏付けられていて説得力のある歴史」の意味でもちいている。著名人がネームバリューをかさに好き放題言っているものではないことをことわっておく。

 わざわざ最初にこう定義したのは、独自の系譜を唱える著者の多くが、自説の基盤に自身の体験をおいているように見受けられるからである。どの本にも程度の差はあれ著者の主観が入ってしまう以上、いかに客観的な資料で裏付けるかは重要なポイントだ。ちょうど筆者の手元に著者の史観にもとづいていると謳う二冊の新書があるが、両者はこの点で対象的である。

 多根清史氏の『教養としてのゲーム史』(2011年発売)では、新書としては比較的豊富な図版(スクリーンショット)と、著者自身のプレイ経験から得た気づきによって、テンポよく説明が進められる。一方、さやわか氏の『僕たちのゲーム史』(2012年発売)では、同様に多くの図版が配置されているのにくわえ、ゲームや時代背景の説明と著者の主張のあいだにしばしばページをまたぐ長めの引用が挿入され、ともすれば読書のリズムを阻害してしまいそうなほど、裏付けを重視した構成になっている。また後者は図版についても、ゲーム画面のスクリーンショットだけでなく、当時の掲示板の書き込みや広告など、実際にかつてあった言説を引用している。

 これによってどのような差が生まれたのかを、双方が言及している『信長の野望』シリーズを例にみてみよう。前者『教養としてのゲーム史』は、当初は大名のみ登場した同シリーズが『戦国群雄伝』以降は配下武将も登場させるようになったことについて、「子供がポケモンを集めるように、大人は武将を集めたがる」というプレイヤーのコレクション欲に合わせて進化していったのだという持論を展開する。

 他方で後者『僕たちのゲーム史』は、ゲーム史を「ボタンを押すと反応する」「物語をどのように扱うのか」という二つの軸で論じるという史観のもと、本作を物語の視点から読み解こうとする。ここで著者のさやわか氏は、『信長の野望』シリーズのプロデューサーである襟川陽一氏の言葉を引用し、彼が「プレイヤーが演じる人間ドラマ、プレイヤーはその主人公であること、そのようなコンピュータゲーム世界を作り出すために非常に重大な要素は、キャラクター性」だと述べていることに注目する。さらにゲームデザイナー/ジャーナリストの多摩豊氏の「『三國志』のゲームが『三國志』の小説のキャラクター像を描き出していなければ、たとえ史実に添っていたとしても面白いものではないだろう」という言葉をもってくることで、配下武将の登場が、たんなるコレクション要素にとどまらず、多様な群像劇の展開(をプレイヤーが追体験・改変する楽しみ)に貢献していることを主張する。

 急いでフォローしておくと、多根氏の『教養としてのゲーム史』にも、部分的には同様の主張をしている箇所はある。ただ、その多くが著者個人の洞察にもとづいているため、長年の経験によって培われたその感覚自体の卓越さは認められるのだが、議論を裏づける客観的な証拠に乏しいことは否めない。読み物としては十分面白いが、これを「歴史」として受けとるのには注意が必要だろう。

4. ほかの3タイプのビジュアル要素を強めた「カタログ」タイプ

 最後に「カタログ」タイプだが、内容的にはほかの3タイプのいずれかがベースになっている。以下、それぞれのタイプごとに紹介しよう。

 比較的「全史」に近いものとしては、『家庭用ゲーム機コンプリートガイド』(2016年発売)や『携帯型ゲーム機 超コンプリートガイド』(2017年発売)のように、幅広い機種を網羅的にあつかった本があげられる。この手の書籍は文字のサイズが小さいぶん、意外と当時の状況やその後の影響などについての記述も厚いのだが、やはりなんといっても圧倒的な図版の数ゆえにイメージをつかみやすいのが利点だ。最初の一冊としては、分厚い本よりもこうしたもののほうがいいかもしれない。

 「部分史」的なカタログは一番よく見られるタイプだ。『サターンのゲームは世界いちぃぃぃ!―サタマガ読者レース全記録』(2000年発売)や『10th Anniversary PlayStation & PlayStation2 全ソフトカタログ スペシャルセーブデータコレクション』(2005年発売)など、とくにレトロゲーム機を中心にラインナップは充実している。刊行時までに発売された全ソフトを短評とともに発売日順に並べたこの手の書籍は、検索性が非常に高いので資料としてもっておいて損はない。

 「史観」タイプのカタログには、本サイトでも過去に紹介した文化庁メディア芸術祭関連の出版物も含まれるだろう。同祭の15周年の節目に刊行された『メディア芸術アーカイブス 15 YEARS OF MEDIA ARTS 1997-2011』(2012年発売)では、「メディア芸術」の文脈において『ポケモン』や『バイオハザード』などのゲームが歴史的にどのように位置づけられてきたのかを、複数の有識者が解説している。同じく文化庁が支援するイベントの図録である『ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム from 1989』(2015年発売)では、先に紹介したさやわか氏のほか、石岡良治氏や宇野常寛氏らの研究者・評論家が、ゲーム自体の発展の歴史とともに三つのメディアを架橋する論考を寄稿している。カタログのもつ視覚的楽しみ(カラー図版でないのは残念だが)と、専門家による歴史解説の両方が合わさった質の高い一冊だ。

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 以上、4つのタイプの「ゲーム史」本をみてきた。本稿で紹介した書籍の刊行年をみてもわかるとおり、じつはゲーム史の本は、比較的クオリティが高いものにかぎってもコンスタントに発売されている。その多くが現在も容易に入手可能なものであり、価格も手頃となっている。ただ冒頭で述べたとおり、いずれも一冊ですべての範囲をカバーすることは不可能なので、読者の関心や用途に応じて必要な組み合わせをみつけるのに本稿が役立てば幸いだ。

 今回は日本国内の状況に焦点を合わせたが、次回は欧米のゲーム史関連書籍を紹介する。お時間があればそちらもお付き合い願いたい。

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