『ゲームの歴史』炎上騒動から考える、「本当に読むべきゲーム史に関する本」

騒動の経緯とそこから見えてきたこと

 昨年11月に講談社から刊行された『ゲームの歴史』(岩崎夏海・稲田豊史著 全3巻)が、販売中止となるようだ。

 ことの経緯は、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社 2009)で知られる著者の岩崎夏海氏が、ゲームについての十分な知識がないまま独自の「史観」を正史であるかのように断定的に語ってしまい、それに対して複数の業界関係者が事実誤認を指摘したことにはじまる。

 その後Twitterを介して著者と一部読者とのあいだで直接のやり取りがあり、そのさい著者が“開き直り”ともとれる発言をしたことが、火に油を注ぐ結果になってしまった。結局、版元の講談社が声明を出し、現在はAmazonなどのオンラインストアでは中古品を除き購入不可となっている。

 とはいえ、ことの是非を傍に置けば、『ゲームの歴史』の絶版・回収騒動は二つの明るい事実も示している。ひとつは、きっかけさえあれば積極的に声をあげてくれる業界関係者が少なからずいる(ことがより広く可視化された)点だ。今後、音頭をとる人や組織があれば、彼ら自身によって、あるいは彼らの助言のもとで、いまだ明らかになっていないことも多い「制作サイドから見たゲーム史」が書かれる可能性もあるだろう。

 もうひとつは「この手の通史本に依然として根強い関心と需要がある」とわかったことだ。こうした問題が起きたこと自体は残念だが、同時に既存の類書に光があたる好機でもある。一応大学でゲームについて研究・教育している者として、筆者の手元にもゲーム史を知るのに役立つ書籍が何冊かあるので、そのなかで定評があるものをこの機会にご紹介したい。比較的入手が容易なものがほとんどなので、気になったものがあれば直接手にとってご確認いただけると幸いだ(一部は自治体や大学の図書館でも閲覧できる)。なお今回は国内編として、日本国内のゲーム史に関する本を対象とし、海外(欧米)の事情については次回以降に取り上げたい。

ゲーム史を扱う書籍における“ありうる4タイプ”

 最初に整理しておくと、ゲーム史を扱う書籍には少なくとも4つのタイプが見られると筆者は考えている。まず、できる限り広い範囲をカバーしようとする「全史」タイプ。つぎに特定のジャンルやハード、企業などの歴史を綴った、いわば「部分史」タイプ。三つ目が特定の視座にフォーカスした「史観」タイプ。最後に、かならずしも歴史書として編まれたものばかりではないが、その網羅性によって対象の変遷を知るのに便利な「カタログ」タイプだ。

 これらは互いに排他的なわけではなく、線引きが難しい部分もある。一般に個人が書いたものほど「史観」的色彩は強まるだろうし、どこまでカバーすれば「全史」と呼べるのかにも明確な基準はない。

 本稿での区分の仕方については以下の各項目であらためて説明するとして、重要なのは「どんな歴史書であっても一冊ですべてを語ることは不可能である」という認識だ。それぞれの読者の目的にもとづいて複数の書籍を参照することで、対象の変遷がより立体的に見えるようになることを強調しておきたい。

 また本稿で紹介する文献は紙版と電子版が並行して刊行されているケースも多いが、今回は電子媒体のみの文献は極力避けた。やはり出版社やプラットフォームの撤退などによる永続性への疑問と、専門書ほど紙媒体が優先的に刊行されるという傾向は軽視しがたい。ただ、とくに後者は今後状況が変わる可能性もあるので、大きな動きがあればあらためてご紹介することにしよう。

1. 比較的広範な領域をカバーする「全史」タイプ

 まずゲームの総体的な歴史を描こうとする「全史」タイプの書籍について。ゲームの歴史と言えばこのタイプを思い浮かべる方も多いかもしれないが、膨大な知識や同時代的な経験、さらにゲーム業界(あるいは学会、行政機関など)とのつながりも求められるため、質が高いものは数がかぎられる。

 そのなかで、500ページを超えるボリュームでゲームが社会にどのような影響を与えてきたのかを詳細に記述する『現代ゲーム全史』(2016年発売)は白眉だ。特長的なのは、批評誌『PLANETS』の副編集長でもある著者の中川大地氏が、本書の大部分を同誌や関連メディアに連載原稿として執筆していたこと。その過程で得られた多くのフィードバックやファクトチェックをふまえて書籍化されたという点でも、本書は信頼性が高い。

 ただ、『現代ゲーム全史』はゲームの社会・文化的な側面に光があてられており、いまや日本を代表する(輸出)産業としての側面にはそれほど踏み込んでいない。それを補完するのにうってつけなのが『日本デジタルゲーム産業史 ファミコン以前からスマホゲームまで 増補改訂版』(2020年発売)だ。本書もまた、400ページを超えるボリュームと豊富な資料にもとづいて、中川氏とは異なるアプローチでゲーム史を提示している。たんなる市場動向にとどまらず、技術面での変遷も丁寧に追っているため、なぜその技術が可能/採用になったのか、その後にどのような帰結をもたらしたのかを、事実にもとづいた流れのなかで把握できるのが本書のすぐれた点だ。刊行年度が比較的新しいため、短いながらもeスポーツや実況動画などの文化についての記述があるのも強みと言える。

 この二冊のいずれか、あるいは両方を起点に、各自の関心に合わせて以下の文献を補完的に組み合わせるのが筆者のおすすめだ。

2. 狭く·深くを意識した「部分史」タイプ

 「部分史」タイプにはいくつかの種類が考えられる。たとえば特定のハードに限定したものだ。このカテゴリーはしばしば「カタログ」タイプと重複しているので、いくつかはそちらで紹介するとして、ここでは『ファミコンとその時代』(2013年発売)をあげておきたい。本書はファミコンの開発者である上村雅之氏自身が執筆にかかわっているだけあって、ファミコンについて知りたいのであれば、情報量・信頼度ともにまずはこれを参照すべきといえる書籍となっている。それ以前の日米の基本的なゲーム事情についても説明されているので、まさに「その時代」を知るのに役立つはずだ。

 ハードではなく特定のジャンルにフォーカスしたものもある。本稿では電子媒体、とくにウェブサイトはできるだけ避けているが、例外的にこれだけは紹介しておこう。『ホラーゲーム大年表β版』(https://news.denfaminicogamer.jp/hr-history)は、2016年に『電ファミニコゲーマー』の企画「総力特集 ホラーゲーム」の一環として作成された、ホラーゲームや映画などの年表である。節目ごとに挿入された考察が各作品を横軸でもつなぎ、時代背景を概観しやすくしているので、作品のおかれた文脈を理解するのにも便利だ。

 このように限定された範囲であっても、個別的なレベルで周辺の時期や関連メディアなどとの結びつきを示すことで個々の文脈を浮き彫りにする点が、全史とは異なる部分史の強みでもある。

 少し毛色の異なるものとして、『日本の「ゲームセンター」史 娯楽施設としての変遷と社会的位置づけ』(2022年発売)も面白い。大学院で著者の川崎氏と同じ研究科に属していた筆者は、その研究の軌跡を数年にわたって見てきたが、彼はとにかく「足」で書くタイプである。本書も実際に彼が自分の足で、つまり各地の「ゲームセンター」におけるフィールドワークによって得たものがベースになっている。そうしてできた本書には、喫茶店から近年のアミューズメントパークにいたるまで、マクロ・ミクロ両方の視点からの日本の「ゲームセンター」の歴史が凝縮されている。

 ほかにも特定の企業やシリーズ作品に特化したものなど枚挙にいとまがないが、すべて紹介していると長期連載になってしまうので、とりあえず本稿では「そうしたものも存在する」ということだけ共有して、「史観」タイプの紹介に移ろう。

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