連載「音楽機材とテクノロジー」第10回:NSDOS
NSDOSに聞くインスピレーションの源 DIY的アプローチから生まれた"機材のハッキング"という手法
ーー以前、日本のDOMMUNEに出演した際は、teenage engineeringの『OP-1』や『OP-Z』をライブセットで使用していましたが、現在もこれらの機材は制作やライブセットで使用していますか?
NSDOS:もちろん、いまも使っているし、僕にとっては欠かせないものなんだ。それはなぜかと言うと、teenage engineeringの機材には、自分が子どものころにゲームボーイを改造した経験とも繋がる、ある種のノスタルジーがあるんだよね。
ーーなるほど。では現在、音楽制作においてコアになっている機材は?
NSDOS:まずハードウェアだとさっきも話した『OP-1』と『OP-01 field』のほかに、teenage engineeringの機材だとミキサーの『TX-06』、モジュラーシンセの『PO-400』、あとpocket operatorの全シリーズを使っているよ。それとErica Synthsのアナログシンセボイスモジュール『TECHNO SYSTEM』とSOMA laboratoryのアナログシンセ『LYRA-8』かな。
ソフトウェアだとコーディング用のサウンド生成ツールの『ORCA』、DAWの『Usine Hollyhock』、モジュラーシンセソフトの『Bespoke』や音楽とマルチメディア制作向けソフトの『MAX/MSP』だね。
ーー『MAX/MSP』からモジュラーシンセまで、デジタルとアナログ機材の両方を駆使して音楽を作っていますが、近年の音楽機材の進化は著しく、最近では音楽制作をしたことがない人でも簡単に扱えるものが増えています。このような状況をどのように捉えていますか?
NSDOS:たしかにそういうムーブメントが起きているとは思うよ。でも、このムーブメントの中には、おもちゃを使って音楽を作るようなコマーシャルな感じと、逆にすごく没頭しながら音楽を作るというふたつのアプローチがあると思うんだ。とはいえ、正直なところ、僕にとってはその違いは特に問題ではないかな。
たとえば、最近はオープンソースのソフトウェアで簡単に音楽が作れるものやそれを使う人も増えてきたけど、それがあることによって、音楽制作に関する価値観だったり、いま話したふたつのアプローチは本当にきれいに繋がっているんだよ。そもそもオープンソースというアイデア自体、誰がどうやってアプローチするかによって変わっていくものだし、個人的にはそこを気にしても仕方がないと思っているんだ。
ーー音楽制作の知識がない人でも音楽を作りやすくなるという意味では、最近はAIを活用したプラグインも人気です。そういったツールに対しては、どのような印象を持っていますか?
NSDOS:AIを使うという考え方自体は否定しないよ。でも、それを使うことでゴールは見えるけれども、「本当にそのゴールが見えることは必要なのか?」と思うことはあるね。僕が作品を作る上で1番気になるのはプロセスであって、結果に関しては別にそこまで興味がないんだよ。
実際AIは、ナイフやハサミみたいなものというか、要は使い方によっては活かすこともできるし、殺しもできる。そういうものだと思っている。
ーーつまり、AIはあくまでツールに過ぎないと?
NSDOS:そうだね。「ツールとして使う」というのはまずひとつあると思う。ただ、昨日、ほかのアーティストともAIについて話したんだけど、結局AIがリードを取ることによって、本来の自分のクリエイティブがちょっと損なわれてしまうようにも思うんだ。だからいま、ツールとして使うとは言ったけど、実際にはツールとして使うだけでなく、もうちょっとさらに次の次元の話というか、人間がAIと対話しながら使い方を考えていくことが重要だと思っているよ。そういう意味ではAIを使うにしてもAIにリードされるというより、それに依存しすぎないアプローチを見つけて、うまくバランスを取りながら使っていく方が僕の好みに合っているかな。
ーー今後、新たに何かテクノロジーを使って自分の音楽表現としてやってみたいことはありますか?
NSDOS:バイオフィードバックとジェネラティブミュージックに関しては、これまでもクラブやライブハウスに行って、そこで自身のパフォーマンスとオーディエンスを繋げる表現の手段としてずっと取り組んできたことなんだ。
その手法のひとつにモーションセンサーを使ったダンスがあるんだけど、それが実際にオーディエンスと会話したり、自分が伝えたい表現を彼らに伝えるものとして機能していると感じている。それと自分が伝えたい表現のために場合によっては、木や何か自然のものも使うこともあるから、特に機械を使ったテクノロジーだけがそのための手段だとは思っていないんだ。
あと僕がオーディエンスとシェアしたい世界は、本当に小さいところから大きなところまでといった感じだから、今後はもっとその両方にアプローチした表現ができるようになればいいかな。
ーー音楽機材を含めてテクノロジーとの今後、アーティストはどのような関係性を築いていくのが理想的だと思いますか?
NSDOS:将来的に人間はテクノロジーの進化によって、自分自身が美術館のように、ひとつの作品的なものへと変わっていくと思っている。たとえば、SNSのインフルエンサーと呼ばれる人たちがいるけど、インターネットというテクノロジーが発達したおかげで、いまではインフルエンサー自体がひとつの作品のような感じになっているよね? その結果、企業とインフルエンサーの関係性がどんどん出来上がっていき、それがビジネスとして成り立つようになった。でも、最近はその状態が広がりすぎて、ちょっと崩壊が近づいてきている感じがしなくもないけどね。
とはいえ、アーティストにとって、そういうテクノロジーに慣れて関わっていくということも自分の活動に影響を与えることだと思うんだ。アーティストの中にもそれを受け入れてがっつりお金を稼ぐことに使うという人もいれば、その反面テクノロジーをビジネスに使うことからは距離を取りたいという人もいるし、意見は別れると思う。その点で言えば、僕個人が目指してるところや、いま実際に置かれているポジションは、そのちょうど中間地点という感じかな。
僕はテクノロジーを使って自分の作品を作るだけではなく、世界中でワークショップを開催するなど、いわば伝承者のような立ち場で自分の持っている知識や技術をほかの人とシェアしているんだけど、テクノロジーにはそういう時に自分の持っているものをシェアしやすくしてくれるというメリットもあるんだ。
だから、一口にテクノロジーと向き合うといっても、そこにはいろいろな利便性があるし、向き合い方も人それぞれで違うんだよ。そのことを踏まえて考えると、今後もちょうど良い距離感でテクノロジーと向き合っていくことが僕の理想かな。